カリフォルニアの魔女2
「いや、何いってんだ? オレ達はおめぇが本当に世界遺産型吸血鬼なのか、それを調べにきただけだぜ」
「そんなまさか!確かにピーコックはヴェッキーさん達が私共の家を守ってくださる、と言っていたのですね……」
そこまで聞いてようやく合点が行く。
この件ウィリアムが裏で手を引いているに違いない。
「おい、トラノフ。おめぇ何かーー」
「オイラは知ってたんだけどねー。きっとこうなるかなーって思ってたのさ」
嵌められた。
「くそっ、あの成金ナルシスト! いつか絶対ぶっ飛ばしてやるわ」
ミリアーナは早くも頭を抱えながら物騒な言葉を呟いている。マルタウスは呑気にハスラーにお茶のおかわりを頼んでいる。
「でもさ、もし依頼を受けてくれたら、それなりの報酬をくれるんだよね?」
「もちろんなのですね」
彼女が世界遺産型吸血鬼なのかというツッコミはあえて避け、ヴェッキーは考え込んだ。
ウィリアムの作成した規約では『旅先での世界遺産型吸血鬼と無理のない接触をする』ことが決められていた。
つまり、彼女が世界遺産型吸血鬼だと分かった瞬間から彼女との接触をしなければ規約違反となり、支援を打ち切られても文句は言えない。
「オレ達は大人しく護衛任務に徹するしかないってわけか……ウィリアムの野郎、やるじゃねぇか」
ヴェッキーは覚悟を決めて立ち上がった。逃げ場はないと分かった以上、やるしかないのだ。
「分かった。受けるぜ、この話」
「ちょっと、何アンタの一存で決めてくれてんのよ」
「オレ達はやるしかねぇだろ? これからの旅がかかってんだぜ」
「……チッ、分かったわよ!」
渋々ミリアーナも了承する。マルタウスは衣食住完備であることに感激していた。事情を知っていたトラノフスキーは言わずもがな。
こうしてヴェッキー達はシャルロッテの邸宅ガードマンをすることになった。
「アリゾナ最強最悪の吸血鬼」として数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼にとって、護衛任務など珍しいことでもなかった。むしろあの頃の感覚を思い出し、武者ぶるいしかけていた。
♢
彼らはシャルロッテとハスラーに連れられ、邸宅のまだ見ぬ奥へと足を踏み入れる。長く続くひんやりとした大理石の廊下。そこに面した一つの重厚な扉を開き、中へと入る。
そこは書庫だった。ハスラーの管理が行き届いているのか、古めかしい古書もあるが保存状態は極めていい。
「こんなところに連れて来て一体何のつもりだ?」
「皆様にはお願いしたいことは一つ。何が何でもある本を守っていただきたいのですね」
「え?どこだ、どこだ?」
マルタウスがキョロキョロして書庫の中を見回す。
「バカかおめぇは。大事な本を、他と一緒にするわけねぇだろ」
「ヴェッキー! やはり君は頭がいいな!」
シャルロッテは書棚の一つに近く。そして軽く膝を折り、下から二番目の段に頭を潜り込ませる。そのまましばらくごそごそしていたと思うと、ヴェッキー達の前にあった別の書棚がゆっくりと横に滑り、その奥へと続く空間を露わにした。その先には無機質なコンクリートの横穴だけがあった。
一行はその薄暗い穴を深く深く進んでいく。後ろを振り向けばすでに書庫の明かりは遠くに見える。
「そろそろ出口なのですね」
シャルロッテが同様に暗がりの中にあるスイッチのようなものを押すと、行き止まりだった壁がスライドして取り除かれた。その先には同じく無機質な立方体の空間が広がっていた。
一辺五メートルほどの立方体の中に全員が入るのを確認すると、シャルロッテが話し始めた。
「目の前にあるこの本が例の一冊です」
それはアクリルのような分厚い箱に閉じ込められていた。茶色いハードカバーの分厚い書物で、ほとんど読まれていないのか黄ばんだり、折れたりしている様子はない。
「これは四半世紀前に書かれた一点物の書物で、その内容からある者達に狙われているのです」
表紙には何も文字が印刷されておらず。アクリル箱の中で閉じられている状態では、一握りの情報も掴むことはできない。
「この本の作者はヨハン・ベーカリーという人物なのですね」
ヴェッキーは、不意を突かれた。今ここでその人物の名前が出てくるとは誰も予想すらしていなかったのだ。
「ヨハン・ベーカリー……ですって?」
「左様でございます。お嬢様はそのように仰いました」
「悪い……今オレの中でいろんなものが混乱してるんだが、その、差し支えねぇならその本の内容を教えてくれねぇか?」
「この本は著者ベーカリーが形質エネルギー論に基づいた事象のエネルゲイア(現実態)化効果を、実践的な段階での応用方を交えて系統的に解説したものなのですね」
ヴェッキーは以前、ミリアーナと彼女の自宅でした話を思い出した。
…………。
物理的因果法則としての自然の面のみでは、すなわち質量(ヒュレー)のみでは存在者を実体(ウーシア)とすることができない。
質量のうちに可能性的に孕まれる、存在者を当の存在者とする原理、すなわち形相(エイドス)があって初めて存在者は実体(ウーシア)となる。そして形相は、質量に先立つ。
「てことは……形相エネルギーと質量エネルギーついての本ってことか?」
「まぁ! ヴェッキーさんは形質エネルギー論をご存知なのですね! 博識なお方!」
「へっ、まぁな!」
「アタシが教えたんだけどね」
ミリアーナが余計な一言を付け加えた。
「この書物はそれを応用して、実践的な段階で事象を現実態(エネルゲイア)にする術(すべ)、が解説してあるのです」
「そっそれってつまり……」
「魔術です。この本は形質エネルギー論を用いて、人智を超えた現象を現実にする術を具体的に説いたものなのですね」
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