ドライブスルーで異世界転移?@ノイブラー王国 ガルムント

「緑の多い場所だな……」


 柔らかな陽の光を浴びてさわさわと照る草たち。先ほどまで砂漠を進んでいたのに、こんな小川の流れる田園の真ん中に放り出される訳がない。


「必死に運転しすぎて北部に来たんじゃないのか?」

「まさか、バカなこと言わないでよ」


 マルタウスは未だに白目をむいて気絶しているようだった。


「とりあえず、道に迷った時は近くの町まで行って情報を収集するのが定石ね」

「その場所が分かれば苦労しねぇだろうが」

「こういう時は小川の流れる方向に行くのよ。集落ってのは大抵水辺の近くにできるものだから」


 ミリアーナはゴツゴツした悪路の上を時速20キロぐらいにキープしながら、小川の流れる方向へと向かって行った。途中には何台かの荷馬車が通って行ったが、ひとまずは集落を目指したかったので話しかけなかった。荷馬車の御者たちは皆、こちらを不審な目つきで見ていたが気にしないことにした。

 草原の一本道を抜けるとそこには大きな建造物が現れた。


「なんだ、ありゃあ?」


 それは白い石造りの壁だったが、高さはゆうに30メートルを超える勢いだった。壁は緩いカーブを描いておりどうやらこの中の何かを守っているように見えた。

「おそらくこの壁の向こうに人が住んでいるわ」

 その時ミニクーパーの元に一人の人影が近づいて来た。


「おい、お前たち!一体何者だ!」


 それは銀色の甲冑を身につけた青年で、正義感の強そうなまっすぐな目つきをしていた。


「その奇妙な乗り物から降りろ、ここから先は王都だぞ?」


 ミリアーナが運転席のパワーウィンドウを降ろして、言い返す。


「ハァ?ここは合衆国よ。アンタどうかしてるんじゃないの?」


「何を言うか!ここから先はノイブラー王国王都、ガルムントであるぞ。ふざけたことを抜かすな!」


 ミリアーナは呆れたような顔をしてヴェッキーの方を見た。


「あぁ〜どうやら運悪くヒッピーのコロニーに迷い込んだようね。あの男完全になりきってるわよ」


「時代錯誤もいい加減にしてほしいもんだ」

 ミリアーナは言ってやった。

「あのねぇ……こっちはチンケな「ふぁんたじ〜ごっこ」とか求めてないから、簡潔にここがどこか教えなさいよ」


「言っているだろう、ここはノイブラー王国王都、ガルムンーー」

「もういいっつーの!」


 男の台詞を全て聞き終わるまでもなく、ミリアーナは車を発進させた。とりあえず、この男のやって来た方向に回れば入り口を見つけられそうだ。そうすればもう少しまともな話のできる奴がいるかもしれない。


「轢かれたくなかったら、黙ってそこをどきなさい」


 何やらぷりぷり怒っていた男をけたたましいクラクションで追い払うと、クーパーはぐいぐいと前進を始めた。


「あ、どうやらあれが入り口見たいよ」


 前方には複数の人々が行き交う大きな街道が見えて来た。列をなす隊商、ロココ調の可愛らしい馬車、そしてどういう原理で走っているのかもわからぬ天井も壁もないオープンな四輪車。

 その先に石造りでできた大きなアーチ状の門があり、一般市民が多数そこを出入りしていた。

 それらすべてがとても現代のものとは思えないのだった。


「つくづく徹底してるわね。ここの住人はきっとホットドッグとカキコーク、黄金の組み合わせを知らないって設定に違いないわね」


「考察はいいけどよ、あそこを突っ切るわけにはいかねぇだろ」


 ほら、とヴェッキーは指をさす。

 門の入り口には先ほどと同じような銀色の甲冑に身を包んだ男が、ヴェッキーたちのような不審者を規制しているようだった。


「あぁそうね、降りて行くわよ」

「行くって……どうやって?」

 

「正面からに決まってるじゃない。世の中ではね、不審者みたいなやつが不審者扱いされるのよ。おかしな身なりと行動をしていなければ、何も奴の目に止まることなんてないはずだわ」


 マルタウスを車内に放置したままヴェッキーとミリアーナはクーパーを乗り捨て、街道を行き交う人々の群れに紛れ込んだ。

 周りが古風な服装であるため、逆にフリースを着たヴェッキーは悪目立ちしてしまう。ただですら身長がでかくて目につくというのに。

 これでは声をかけられても文句は言えない。


(頼む、気づかないでくれっ!)


 ヴェッキーは少しでも気配を消そうと門番の手前5メートルから息を止めて進んだ。

 次第に門番との距離が近づいていく。


(3メートル、2メートル……1!)


 ヴェッキーは体から尋常じゃない量の脂汗を瞬間的に放出したような気がした。

 そして思考停止させたまま門番の前を通り過ぎたのだった。


(うおぉぉぉぉっ! よっっしゃあああっ!)

 心の中で全力のガッツポーズを作った。


「おい、そこのお前」

「何、アタシ?」

「そうだお前だ」


 門番は体格的に目立つヴェッキーではなくミリアーナを引き止めた。


(嘘だろ?)


 そして、ミリアーナの隅から隅までを注意深く観察していた。中身はともかくは外見にはこれといってツッコミどころがないミリアーナに何の用なのか?


「お前は、痴女か?」


「ハァ? 変態みたいな目つきで見ておいて、痴女ですって? ヴェッキー、この野郎アタシのファッションをスケベ脳の言い訳にしてるんだけど」

「そんな露出の多い格好は痴女以外何者でもない」


 ミリアーナの黒いタンクトップにホットパンツと言う服装のことを言っているのか。別に暑い時期ならこれぐらいの格好はいくらでもいるし、街中に行けばもっとすごいのが山ほどいるというのに。

 無理もない。こんな前近代的な文化の中で暮らしていれば、フラッグスタッフの田舎娘すら刺激的に見えてしまうのだろう。ヴェッキーは門番のことが少しかわいそうに思えてしまった。


「いや、実はそこで上着をなくしちまったんだよこいつ。な、そうだよな、ミリアーナ?」


 ミリアーナは舌打ちして仕方なくヴェッキーに話を合わせその場を乗り切った。

 こうして二人は豪勢な門を比較的簡単に潜り抜けたのだった。


 壁の向こうには賑やかな商店街が広がっていた。石畳の街道を挟んで両側に様々な生鮮食品店や雑貨屋が立ち並ぶ。

 ここなら人も多いし、今いる場所についての情報を収集できそうだった。ヴェッキー達はとりあえず近くのカフェに入ることにした。街道に面したテラス席で人々の行動を観察して、フィクションの中に隠された真実を見抜くためだ。


「しっかし何なんだこの場所は。架空の世界をモチーフにしてるんなら相当凝ったセットだぜ」

「えぇ、住民の服装は近代のものに見えるし、テレビとか携帯電話とかの電子機器も見当たらない」


 テーマパークみたいだわ、とミリアーナが言った。住民はパークのキャストのように決められた世界観に乗っ取り、一つのキャラクターになりきっている。

 確かにその説は有り得る。

 その時カフェのウェイターがヴェッキー達の座るテラス席へとやってきた。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「ウォォォッ⁉」


 ヴェッキーは思わず叫び声をあげた。

 ウェイターの服はモノクロのシックなデザインで、古臭い街並みに見事に調和していた。

 それは良かった。だが、完全なるミスマッチが起きていたのだ。ヴェッキーはウェイターを震える手で指差した。


「おめぇ……どうして頭が……ねぇんだ?」


 首から上が見事に欠けていた。だが、ヴェッキーとミリアーナ以外の客は何事もないかのように楽しく食事をしている。一体この男は何者なんだ?

 ウェイターは肩を揺らして笑った。

 とは言っても顔がないので笑い声だけなのだが。


「あぁ、これのことですか。なぜですかって……?」


 よく聞くとその声は目の前から発せられてはいなかった。

 ヴェッキー達の座るテーブルの真後ろ。そこの席から発せられていた。ヴェッキーが背後を振り返るとーー

 シルクハットを被った紳士がサンドイッチを食べていた。テーブルの上に並ぶは新鮮な素材で作られたろう色とりどりのサンドイッチ、可愛らしいティーポット、小ぶりなティーカップ、綺麗に髪を剃り上げた男の生首。

 生首はこちらを見ていた。


「お前の胸に聞いて見たらどうだァー! 人殺しイィッ!」


 ヴェッキーに向かって真っ赤に血走らせた瞳で怒号を飛ばしてきた。スキンヘッドの頭を見てようやくヴェッキーは思い出した。それはヴェッキーがあの恐ろしい村で吹き飛ばしてしまった、バーテンダーの生首だったのだ。


「「ギイヤァァァ!」」


 あまりにもサイコシュールな絵面。

 恐怖に身を震わせたヴェッキーとミリアーナはたちまちその場を逃げ出した。できるだけ、できるだけ遠くに逃げなければ。落ち着きを失った二人は途中で何度もつまづいては転げ、つまづいては転げ、一心不乱にあてもなく走った。

 たどり着いたのは小さな噴水のある広場だった。そこで地面に倒れ込み天を仰ぎ見る。

 いい歳の大人二人が人目もはばからず大の字で石畳に寝転がっている。

 ヴェッキーはこれ以上走れそうになかった。


「ダメだ、やっぱりこの街狂ってやがる」

「そんなの最初からわかっていたことよ! 間違いなくイかれてるわ!」

「あの生首……オレが村のバーで吹っ飛ばした男の首だった」

「じゃあ、アンタが悪いんじゃない! アタシは何も悪くないのに、どうしてこんな目にあうのよぉ〜!」


 ミリアーナは半泣き状態で肩を震わせながら地面にうずくまってしまった。ヴェッキーもこの街にいたらまた生首に追いかけられそうな気がした。


「もうここを出ようぜ、マルタウスのいる車へ戻って別の街へ行こう。この場所はヒッピーのコロニーにしては徹底されすぎていて、テーマパークにしては悪趣味すぎる」


 その時直径20センチぐらいのボールが二人の元へ転がってきた。その後ろを走る幼い男の子。どうやらボールが思わぬ方向へ転がってしまったのを追いかけてきたようだった。遠くの方で男の子に向かって同い年ぐらいの女の子が手を振っている。


「ちょっと待ってて! 今取るからさ!」


 男の子が女の子に言った。そしてまたボールを追いかける。ボールは項垂れるミリアーナの前に転がってきた。


「お姉さん、そのボールとってよ」

 ミリアーナは仕方なくそれを拾いあげて立ち上がった。

「もっとむこうの方で遊びなさいよ、アタシはアンタみたいなガキと関わりたい気分じゃないのよ」

 そう言ってミリアーナがボールを空中に放り投げて男の子にパスする。ボールは空中で弧を描いて男の子の方へと飛んでいった。


「いてっ!」


 ミリアーナのパスを上手にキャッチできなかった少年。ボールは彼の小さな額にコツンと当たる。

 見た目以上の質量だったのか、ボールは地面にごとりと崩れ落ちるとレンガの上をわずかに転がった。

「ハッハッハッ! 坊主そういう時はしっかり見てキャッチしねぇと!」

 ヴェッキーがその様子を見て思わず笑う。彼は自分の方に転がってきたボールをしゃがんで拾い上げようとした。そして、その手を止めた。


「え……」


 それは今しがたボールを額にぶつけた、おっちょこちょいな男の子の、頭部であった。

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