奇妙な案内人たち@カリフォルニア州 トポック

「マルタウス、ここから先は車内で飲むのは絶対に許さないわよ」


「心配ないさ!だってこうやってワインの香りを楽しーー」


 思わずミリアーナは後部座席に乗り出し、マルタウスの持っていた銀色の小瓶を車外にぶん投げようとブレーキを踏みかけた。ヴェッキーがマルタウスの持っていた小瓶を没収する。


「やめとけマルタウス。ミリアーナもおっかねぇが、ポリも同じぐらいだ」


 すでに西日が傾き始めて腹の空く時間だった。

 あれほど手こずっていた車の修理工は結局半日で修理を終えたので、17時ごろには長居する羽目になってしまったキングマンの街をようやく脱出することができた。


 キングマンから西へと続く州間高速道路I-40を50分、ヴェッキー達がこれから入ってゆくカリフォルニア州は飲酒運転を厳しく取り締まっている、どれくらい厳しいかというと合衆国一厳しい。マルタウスの当てはまりそうな罪をカリフォルニア州の基準を元に見てみよう。


①マルタウスは車の中で度々酒を飲む。これは許されない。運転手・同乗者関わりなく車内でアルコール飲料——アルコール分含有率0.5%以上のものーーを飲むことは禁止されている

②マルタウスが車の中で酒の匂いを嗅ぐ。これも許されない。車内に栓を開けたアルコール飲料を持ち込むことは、飲んでいようと飲んでいまいと違法だ。

③マルタウスが酒の入った小瓶をポケットに入れている。それもダメだ。購入したアルコール飲料は全てトランクに入れて持ち運ばなければならない。


「そんなぁ。楽しい旅に酒と歌は欠かせないのに、あまりにも酷だ!」

「嫌なら降りていいわよ」

「そいつは断るね!」


 仕方なくマルタウスがポケットに忍び込ませていたーー彼はなんと同じような酒入りの小瓶を3本持っていたーーそれらをトランクに収納するためクーパーをインターステートの脇に停めた。そこは大きな川にかかる橋の手前だっった。


「ちょうど橋を9割渡ったところからカリフォルニアよ。ところで、マルタウスにもう一つよくないニュースよ。あなた、この川の名前を知ってる?」


 道路の脇から、川の水面を覗き込む彼。ヴェッキーはそれを見て密かに、ミリアーナは鬼畜だと思った。


「うんむ……よくわからないが、この川はとても美しい青色をしているね」


「でしょう?その川の名前はコロラド川、レドリヴェールコロラートというのよ」


「なんだってぇ⁉」


 ウィリアムズで出会ったとき、マルタウスはこんなことを言っていた。


『この近くに“|色のついた赤い川(レドリヴェールコロラート)”があると聞いてね。そこに行けば吸血鬼の僕が一生かけても吸いきれないような、真っ赤な血の川があると考えたのさ!』


「アンタの探してた色のついた赤い川はこれよ、青色よ」

「あっ……青い!残酷なほど青い!」


 ミリアーナは、この事実を知った無知なマルタウスはショックを受けただろうと思っているのか、腹を抱えて高笑いしていた。

 ヴェッキーは大人気ないミリアーナのやり方に苦笑する。まぁ彼に比べればミリアーナなどちびっこも同然で、彼女を大人だとは思っていない。しかしマルタウスは驚いてはいるものの、思いの外落ち込んでいないようだった。

 ふぅ、と息を大きく吐くと、青い川に背を向け何も気にしていないように歩き始めた。


「ちょっと!アンタ悔しくないの?探してた赤い川が青かったのよ!」


「あぁ……とても残念だ、悔しいよ。でもね……でもねしかし、僕の旅のゴールは変わってしまった、ここじゃないよ。君たちの進む道がある、僕もその道を行く。その先が僕のゴールだ。ここは旅の途中の一通過地点にすぎない、僕の中でそう変わったんだ。だから、悔しくないといえば嘘になるけど、落ち込んではいないよ。」


「ヘッ! くせぇセリフ吐きやがって!」


 ヴェッキーは鼻の下をむず痒くして思わず指でこすり、そう言い捨てた。

 そんな話をしていると、車線の後ろ側から二台の大型バイクがやってきて、ヴェッキー達の車と同じように路肩に止まった。

 そしてバイクから降りた二人の男がこちらに近づいてくる。

 ヴェッキーは初め彼らを追っ手のヴァンパイアハンターではないかと少しひやひやしていたが、すぐにそんな大層な奴らではないと分かった。

 若気の至りからか改造バイクでアメリカを旅しているらしい不良だった。

 一人の男は星条旗のプリントされたヘルメットの下に大きなサングラスをかけていて、すらりとしたプロポーションをした、結構ハンサムで聡明そうな男だった。

 彼の身に着ける黒い革ジャン、やや行き過ぎた長さまでフロントフォークを延長したチョッパーバイクの両方にはこれまた星条旗が入っていた。

 もう一人の男は豊かな口髭ともみ上げを蓄えていて、頭のテンガロンハットから上着、ズボン全てがよれよれで霞んだ茶色だった。

 なんとなくヘルメットの男より不潔な気がした。そしてその男も同じように大きなサングラスをかけ赤色のチョッパーバイクを使っていた。


「てめぇら……イカしたバイクに乗ってるじゃねぇか」


「えぇ、アンタ達自身が前前時代の遺産よ」


「褒められている気がしないが……改造ハーレーだ、いいだろ」


 髭の男が自慢げに笑うと、彼は興味深い話を持ちかけてきた。最初からその話をするつもりだったのだろう。


「実はあんたらに関する話を情報筋から聞いてね、是非あんたらと話しをしたくて予定を変えて旅の途中で引き返してきたんだよ」

「と、いうと?」


 ミリアーナが警戒して、男達の挙動に気を配りながら聞いた。


「俺たちと同じ……そう、不思議な能力を持っている吸血鬼がいるらしい。なんといったけその……」


 ハンサムなヘルメットの男の方が、思い出せないのか腕を組みながら言う。ヴェッキーが思い当たる節は一つしかなかった。


「世界遺産型吸血鬼のことか?」


 ヴェッキーが尋ねる。


「そうだ、世界遺産型吸血鬼だ!俺たちも……多分その世界遺産型吸血鬼って奴だ!」


 

☆不定期開催豆知識

 テレビなどでグランド・キャニオンの急流下りツアーなどをやっている映像を見ます。

 その川がコロラド川で、グランド・キャニオンの急流ポイントは今回ヴェッキー達が通った地点の上流にあたります。川の水は両岸の土砂を削り取ってミネラルを含み茶色く濁っています。

 しかし、茶色く濁ったコロラド川の水が青く変わるポイントがあります。

それが今回通った地点の少し上流に位置する超巨大な湖、ミード湖です。

 ミード湖はこれまた超巨大なダムであるフーヴァーダムによってコロラド川が堰き止められできた人工湖で、日本中のダムで堰き止めている水を全て足したさらにその1.6倍、400億トンもの水を貯めているまさにマンモス貯水池ですね。

 結局はミード湖に流れ込んだコロラド川の水に含まれる泥や砂は沈殿し、フーヴァーダムを通り過ぎたあとは綺麗な青色になっているという話です。

 この莫大な量の水がアリゾナ州、カリフォルニア州、そしてアリゾナ州の西にあるネバダ州に届きます。

 中でも砂漠にあるカジノとホテルの街ラスベガス(ネバダ州にあります)にはこのミード湖からの水、そしてフーヴァーダムの水力発電による電気との関係は切っても切れないのです。

 日本にはダムカレーという名物があって、ルーで作った湖を米飯のダムが平皿の上で堰き止めています。これを決壊させて食べるのがダムファンの間で人気だそうで、中でも日本最大のアーチ式コンクリートダム、黒部ダムのダムカレーは格別なんだとか。黒部ダムのダムカレーと同じ縮尺で、フーヴァーダムカレーを作ったら何人前になるのでしょう。オチとしてはルーが多すぎて、ご飯との割合が最悪といったところですか。

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