目指すぜ、ロサンゼルス!

 

 吸血鬼は外部から|形相(けいそう)エネルギーを得れば、自らの質量エネルギーを使って事象を実体化させることができる……。

 ヴェッキーはいきなり突きつけられた超自然的な論理に疑念を隠せなかった。


「ちょっと、待てよ……おめぇはオレが十年間グランド・キャニオンで眠って、その形相エネルギー(?)を吸収したことで、何か突飛なことが起こせるになったと言いたいわけか?だが、現に俺は超能力なんて目覚めてから一つも使えてねぇじゃねぇか」


 ミリアーナは手を叩いて笑った。


「鈍い男ね……もう使ってるわよ」


「なんだとぉ⁉」


 ヴェッキーは椅子から転げ落ちた。

 自分はすでに超能力を使っているというのか?


「いってぇ〜」


「バカみたいなリアクションしてんじゃないわよ」


 ミリアーナに引き上げられる。


「国道US-89でアンタが出会ったヴァンパイアハンター、アイツの武器をアンタは両手で受け止めたじゃない?」


 それがどうかしたというのか。

(確かにあの時オレはあの兄ちゃんの剣を素手で受け止めたが……、!)

 ヴェッキーは何かを思い出した。あの双太刀についてミリアーナが何かを叫んでいたのを思い出したのだ。何かとても大切なことを言っていた。双太刀を受け止める直前に。

 あの時、彼女がクーパーの車窓から叫んでいたこと。


『わかったわ……ヴェッキー!その武器、攻撃した箇所の凹凸を削り取ってつるつるにしてしまうのよ!』


 その言葉が頭の中でぐるぐると駆け巡る。攻撃した箇所の凹凸を削り取る武器。あの時はそれを受け止めることに必死だった。

 だが、言われてみればなぜ自分はあれを素手で握れていたのか?


「あの妙な武器に普通に触れたなら、オレの指は残らずソーセージにされてたはずだ。だがオレは触ることができないはずの武器を受け止めた……あれはオレが現実態(エネルゲイア)にした事象か?」


「その通りよ、ヴェッキー。アンタはあの時ヤスリのように凹凸をこそぎ取る刃を持った武器に、素手で挑んだ。本来ならアンタの両手の指は全部もぎ取られてた。でもあなたは素手でそれを掴んだのよ。どうやってだと思う?」


「いや、見当もつかねぇ」


「それはね、手の中で刃を侵食するという事象を現実態(エネルゲイア)化したからよ!」


 それがアンタの能力よ、といってミリアーナが思わず左手の中で握りしめていた粘土を指差した。テニスボールほどの大きさがあった粘土が、ごつごつとした力強い指の隙間から、粘っこい音を立ててレバーペーストのように漏れ出る。ミリアーナはそれを集めて一つの塊にした。


 その体積は集めると小ぶりなミートボールほどに減っていたのだ。


「粘土の体積が減っている。それはアンタの手のひらが粘土を侵食したからよ。コロラド川が、地塊を侵食作用で大峡谷に変えたように……。

 キーワードは『侵食』よ。それこそ世界遺産グランド・キャニオン国立公園がアンタに与えた形相エネルギー、その範型(パラティグマ)にアンタ自身の質量エネルギーが流し込まれることで現実態(エネルゲイア)化した現象よ。いうなればアンタは世界遺産に|纏(まつ)わる能力を手に入れた、世界遺産型吸血鬼「グランド・キャニオン国立公園」ね」


「世界遺産型吸血鬼?」


「その通り!」


 ミリアーナは銀色のティースプーンをびしりとヴェッキーに突きつける。


「あつっ! おい、コーヒーを飛ばすんじゃねぇ!」


「悪かったわね、でもここからが本題よ」


 少し興奮気味だったミリアーナが深く座りなおした。


「アンタの能力については分かってもらえたかしら? 話を元に戻しましょう。さて、ヴェッキーその力はどうやって手に入れたの?」


「グランド・キャニオンに十年間埋まって、でいいのか?」


 ミリアーナは話のわかるやつだと言わんばかりに何度も頷いた。

「じゃあ、誰がアンタをグランド・キャニオンに埋めたの?」


 ヴェッキーの中でようやく話が繋がった気がした。

 十年前に自分を襲い、仮死状態でグランド・キャニオンへと葬った男。そいつこそが謎の鍵だった。


「ヨハン。ヨハンベーカリーだ」


「そうね。ヴァンパイアハンターであるヨハン・ベーカリーはアンタを襲い、世界遺産「グランド・キャニオン国立公園」に仮死状態のまま十年間封印した。そのヨハン・ベーカリーこそが、アタシつまりミリアーナ・ベーカリーの、実の父親よ」


「親父?」


 ヴェッキーは再び椅子から転げ落ちそうになった。

 彼女はそんな重要なことを黙っていたのか。


「アタシ、家名はベーカリーって名乗ったはずだけど。気づかなかった?」


「おめぇの親父さんがあのジジィなのか⁉ だが、ヴァンパイアハンターが何のためにオレを生かしたんだ? 普通に殺せばよかっただろ!」


「その通りね、なんで殺さなかったのかしら」


「しかもどうしてこんな訳の分かんねぇ力を与えた?」


 ヴェッキーは息を荒げて席から身を乗り出し、テーブルに体重をかけた。二人のティーカップと受け皿がカタカタと音を立て、コーヒーの水面が波立つ。


「気になるでしょうね」


「気になるに決まってるだろ! おめぇの父親なら話が早い、今すぐ会わせろ! 聞きたいことは山ほどある!」


 まくしたてるような勢いのヴェッキーとは対照的に、落ち着いた様子のミリアーナはコーヒーを啜りながら黙って首を横に振った。


「何がダメなんだ?」


「ここにはいないの。あのハゲジジィは18になったアタシを置いてこの町から行方を眩ました。今は合衆国のどこにいるのかすらもよくわからない」


 ミリアーナがキッチン横の壁紙から合衆国の地図を引っ剥がすと、ヴェッキーに見えるようにテーブルに広げた。

 二人のいる町フラッグスタッフは載っていなかった。メキシコとの国境沿いにある合衆国南部、アリゾナ州の上に記載されている都市は州南部の大都市フェニックス、ツーソン、メサのみ。改めてフラッグスタッフという町のちっぽけさと、合衆国の広さを痛感させられる。


「この地図上のどこかにいる。わかってるのはそれだけ」


「じゃあ……会えないのか?」


「それは違うわ。ヴェッキー、アンタが望めばきっと会える」



 ミリアーナは大男の目を見た。改めて“会いたいか?”と問うまでもない、今まで多くの罪を犯したアリゾナ最恐最悪の吸血鬼だとは思えないほど、透き通ったまっすぐな目をしていた。そこには会いたいという意志だけがあるように見えた。


「アタシもアンタと同じよ。あのクソオヤジには聞きたいことが山ほどある」


 彼女は目の前の力強い眼差しに右手を差し出した。その細い指の間に銀色に輝く車のイグニッションキーが握られている。


「本当はずっと待ってたの。アンタと一緒にハゲジジィを探しに行ける日を……。ヨハン・ベーカリーを見つけ出してみない? アタシたちで」


「やってやろうじゃねぇか!」


 ヴェッキーがその手をしっかりと握る。荒っぽくて、力強い握手だった。

 その力強さからは底知れぬ決意が感じられた。


「オレは知りたい……、何故(なにゆえ)にオレはこの力を与えられたのか、何故にオレは生かされたのか」


「その言葉待ってたわ」


 ミリアーナだって問いただしたいことがたくさんあった。

 自分を一人置いて姿を消した理由。

 家族のこと。

 そして自分自身のこと。


「全ては旅の中で明らかにして行きましょ」


 その言葉は彼女自身に対して放った言葉でもあった。


「さぁ、そうと決まったら早速出発ね。悪いけどこの家でチンタラしてる暇は微塵もないわよ」

 

 ミリアーナはヴェッキーとともにパッキングした荷物をクーパーの後ろに詰め込んだ。

 一階の喫茶店のドアには「休業中」の紙を。


「いいのか?」


「ヨハンを見つけるまではここに戻ってこないつもりよ。知り合いがやってる信用情報会社で七日後にアポを取っているの。当分の目的地は損ね」


 西へと向かう州間高速道路I-40に乗り出した。オレンジの西日がキラキラと路面を照らし、その上を大小様々な車が次々と駆け抜けていく。沈む太陽を追いかけるように二人を乗せたクーパーは今ロサンゼルスへと走り始めた。


 彼らはこの道をゆく、自らの生に繋がる何かを探して。

 最初の目的地ロサンゼルスまで……約482マイル!そして次の町ウィリアムズまで……約38マイル!

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