グランド・キャニオン〜最強最悪吸血鬼、世界遺産になる

うらぐちあきら

プロローグ

ヴェッキーからあなたへ

 先ほどまで騒然としていた倉庫の中で

 二人の男が息を潜めて会話していた。


「そうだ、ヴァンパイアハンターはずっと弱かった」


 相手にならなかったのか、と僕が尋ねる。

「あぁ」

 肯定したヴェッキーの言葉が、白い湯気となって夜の冷気に浮かび上がった。

 その時、鉄パイプの山が崩れる音がする。

 近づいてきていた。

「でも今回はわけが違うようだな」


 僕とヴェッキーが遮蔽物として身を隠しているコンテナの、すぐ傍を何かが通り過ぎて行った。

 ものすごい速さだった。

 後方へ飛んで行ったその何かが、倉庫の黒い内壁に衝突して鈍い音がする。


「ちきしょう、ありゃ仲間だ」

 ヴェッキーが悪態をついた。

「奴の狙いはオレ一人のはず、それなのにどうして関係のねぇ人間まで……」

 僕は彼の震える肩に手を置き、首を振った。

「本当にすまねぇ」

 先ほどの仲間は僕らのすぐ側を、走り去ったのではない。強い力で吹き飛ばされて行ったのだ。

 そして壁にぶつかると、空き缶のようにへしゃげた。


「このザマじゃもうここを離れなきゃならねぇようだ。おめぇもさっさと逃げたほうがいいぜ」

 ヴェッキーは僕の手に何かをを握らせた。

「メキシコ製のオートマチックピストルだ。ボロいが丸腰よりマシだろ」

 45口径のシングルアクションからは冷徹な金属の質量を感じる。

 命を奪い得る武器の重み。

「正しく使えばジャムったりはしないだろうが、いざという時にはボロ切れになる覚悟を決めるんだな」


 僕は安全装置がオンになっているのを確認すると、銃を尻ポケットの隙間に滑り込ませた。

 そして立ち上がる。ヴェッキーに別れの挨拶をした。

 ヴェッキーは僕の言葉選びに不満があるようだった。

「死ぬんじゃない、だと? 馬鹿言うんじゃねぇ。自分のタマ守ることしか頭になけりゃ、勝てる戦も勝てなくなるだろうが」

 では、どうすれば。


「それなら一つ、もしもの約束をする。いいか、もしもだ」


 俄かごしらえのバリケードが叩き潰され、軋みをあげた。

 残された時間は本当に少ないみたいだ。

 だが、ヴェッキーは動揺するどころか、薄ら笑いを浮かべて見せた。

「もしも二人とも生き残ったなら、その時は愉快に騒ごうじゃねぇか。うまい飯をたらふく食って、しこたま飲もうぜ」

 それは楽しい夜になりそうだ、と僕は笑った。


「オレはおめぇとそうできる日を楽しみにしてる。再会できる日がずっと先のことでも、十年先でもだ」

 ヴェッキーはゴツゴツした手のひらで僕の背を押した。

「分かったらさっさと行け。振り返るんじゃねぇ」

 

 僕は灰色の大地を歩み始めた。

 

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