ロドリゲスの使用人


 自分がやるしかない。モンローに託されたわずかなエイドスアブソーバーしかないが、それでも果敢に立ち向かって少女の命を助けることがヴァンパイアハンターの使命だった。

 吸血鬼が大きなウィンドウを蹴破って作った穴を通り抜け、マークもアパレルショップの一階へと入る。中には突然の出来事に言葉を失って震える女性店員の姿があった。


「今、ここを通っていった男は?」


 彼女は唇を紫にするほど血色を悪くしながら、黙って上の階を指差した。礼を言う前に女性は卒倒してしまったが、マークは彼女を優しく抱き止める暇もないままに大急ぎで階段を駆け上がった。


「いっ……いない!」


 心臓への負荷は今にもはち切れそうなほどだった。すでに、マークは8階建のビルディングの7階まで来ていた。しかし、少女と吸血鬼の姿は見えない。だとすると、奴がいるのは次の階ということだ。


「これは好意的に捉えれば、追い詰めたということだ」


 マークは息を整えて体の力を抜く。マークの体格では無論「ブルドーザー型吸血鬼」と力勝負は難しい。自分に与えられたチャンスは3回、すなわち与えられたエイドスアブソーバーの本数である。


(落ち着け……落ち着くんだ僕。集中するなら今だ)

 次の階に上がった瞬間が勝負だ。だから今集中して一瞬の勝負に臨む。自分の置かれた状況はまるで西部劇の決闘のようだった。勝負は一瞬。息を大きく吸い込んで新鮮な空気を肺に貯めると、マークは戦いの場へと潜り込んだ。


 階段をなるべく音を立てないようにしてゆっくりと慎重に上がる。その間も呼吸音一つ漏らさない。まだ息は吐かないし吸わない。

 そして視界の右端に白いタンクトップの大きな体が映った。例の吸血鬼だ。

 それが勝負の瞬間だった。


 マークが肘から先の力で素早く打ち出したダーツの先端は見事吸血鬼の腕に命中した。それがしっかりと奴の肉に食い込んだのを見て、マークは細く息を吐いた。

「ウゴォォォォ!」

 形相エネルギーをエイドスアブソーバーに吸い取られる吸血鬼は、生気を抜かれているような感覚に身悶えて思わず腕の力を緩めた。


 そこでマークはすかさず吸血鬼の元に滑り込み、腕の中で人形のように固まっていた少女を絶妙なタイミングで受け止めると、彼女をキャッチしたついでにもう一本ふくらはぎにエイドスアブソーバーを突き刺す。

 マークは少女を安全な場所に置くと心の中で小さくガッツポーズを決めた。苦しみに喘ぐ吸血鬼は、怒りで血走った目をひん剥きこちらに走ってくる。


「無駄だ!」


 マークが念押しのもう一本を奴に向かって投げた。だが、それはいとも簡単に豪腕に叩き落とされる。

 特大のボディブローを食らった。体は後方に勢いよく吹き飛び、フィッティングルームのカーテンを突き破って中の壁に叩きつけられた。背中を駆け巡る衝撃に思わず血反吐を吐いてうなだれる。今の衝撃でマークの体は悲鳴を上げ、動かなくなっていた。


 吸血鬼はその豪腕で刺さっていたエイドスアブソーバーを抜くと、それを手の中で粉々に粉砕した。そして、マークの倒れているこちらに歩いてくる。その背後で少女が下階へと逃げるのが見えた。マークは少女を逃した、ひとまず市民の命を守る責務は全うした。


「フフッ。ミスターモンロー、僕はやりましたよ……。これでいいんですよね?」


 抵抗する力はなかった。

 マークは吸血鬼のショベルカーのような腕に首根っこをがっしりと掴まれた。足元が50センチ浮くほどに持ち上げられ、それから空いている方の手で複数回顔面を殴られると最後は地面に叩きつけられた。頭蓋骨への強い打撃に一瞬意識が遠のく。


 地面に這いつくばったマークはフィッティングルームのミラーに映る自分の顔を見た。

 タコ殴りにされた青痣だらけの顔は腫れて、口の端から赤黒い血が流れる。ボロ切れのようになった彼は普通の人が見れば目も当てられない状態だったが、それでもマークは自分が初めて人の命を救った達成感に笑みを浮かべていた。

 力なく目を閉じる。

 ヴァンパイアハンターとして初めて人の命を守れた。それが嬉しくてたまらなかった。


 もう満足だ。さぁ、来るなら来い!

「……」

 何も起きない。吸血鬼はそれ以上自分を痛めつけることはなかった。

 不思議に思い、重い瞼をなんとか開いて見る。


「誰だ?」

 鏡越しに彼に向かって太い腕を振り上げた吸血鬼、その後ろには真っ黒いタキシードを着た男がいつの間にか立っていた。

 吸血鬼の首元はマークが気づく間も無く、いつの間にか刃物で刺されていた。

 喉の気道に風穴を開けられ、その隙間から血と一緒に息が漏れ出して下手くそな笛のような音を鳴らしていた。立ったまま死んでいた。


 首だけを鋭い刃物で刺し即死させる、その殺しの手口をマークはつい昨日の晩に見たばかりだった。


「この手口は……!」

 昨晩吸血鬼に襲われた時、マークは虫取り網型吸血鬼の頬袋を切り開いた何者かによって救出された。

 そして、気付いた時にはその吸血鬼は首を刃物で切り裂かれ死亡していたのだ。マークはそれをモンローがAVWを使用して殺したのだと思っていた。だが、違うかもしれない。あの時吸血鬼を手にかけたのはモンローではなく、この男だったのか?


 マークの前に立っている男は銀色の短い髪をしていて、達観したような虚ろで冷たい目をしていた。彼はなんの躊躇もなく乱雑に吸血鬼の遺骸を突き飛ばすと、マークに手を差し出した。


「ハン。こいつにエイドスアブソーバー三本だけを与えても、務まるわけがないだろう。モンローは過大評価しすぎだ。ほら、さっさと立て雑魚。」

「誰なんだ、あなたは?ヴァンパイアハンターなのか?」


 身長179センチのマークよりも、さらに5センチほど高い男は鼻でマークを笑った。


「ハン。抜かすな。俺は『ロドリゲスの使用人』、ヴァンパイアハンタークリストファー・モンローのAnti-VampireWeaponエーブイダブリューだ」

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