世界遺産型吸血鬼(?)たちの宴

ヴェッキーは心踊った。

 自分達の他に新たな世界遺産吸血鬼が見つかるとは、それも向こうからやってきてくれたのだ。

 正直、アリゾナ州に世界遺産型吸血鬼が百人いてもおかしくないと思うほどヴェッキーは異常な頻度で世界遺産型吸血鬼に出会っているような気がした。

 いや、マルタウスはイタリアから来たのだから、たくさんいたとしてもアリゾナ州にとは言えないか。


「オッディーオ! 君達とは美味しく酒を頂けそうだ!」


「さすが同類、話が早い」


 髭の男がパチリと指を鳴らす。


「いやいや、盛り上がっている所悪いんだけれど……アタシ達あまり悠長にはしていられないわ。明日の朝にはロサンゼルスに到着したいから、今日はニードルズのモーテルでさっさと眠らないと……」


「あぁ。そういやぁ、んなこと言ってたっけ」


 ヴェッキーも忘れていた。ミリアーナは口からでまかせで彼らの誘いを断ろうとしていたわけではなかった。

 ミリアーナの父親ヨハン・ベーカリーを探す情報を集める目的で、情報信用会社の知り合いに会うためロサンゼルスを目指しているヴェッキー達。ミリアーナはそのビルがダウンタウンのオフィス街にあると言っていた。あまり、そのことを楽しそうに話してはいなかったようだが。

 ロサンゼルスまでは現在地から270マイル以上ある。休みなしで車を飛ばしても4時間はくだらないだろう。

 今日夜更かししたせいで明日の出発が遅れたら、彼女のとったアポイントメントは台無しだ。遅れないためにもミリアーナは国境を越えてすぐの街、ニードルズのモーテルに泊まると言っていた。


「心配いらないぞ」


 ヘルメットの男は何かいい案があるようだった。


「ニードルズをもう少し行った先に友人のやってる宿屋がある。もちろんバーもついてる。俺たちと一緒に行けば宿代もおまけしてもらえるし、なおかつLAにも近づける。悪い話じゃないだろう?」


「ということは……まけてくれるのね?」


「きっとな」

 車の修理代が痛かったミリアーナもそれで納得せざるを得なかった。というより、運転手で車主のミリアーナの行き先が決まった時点で、ヴェッキーに拒否権はない。


「決まりね、アンタ達のイかれたなバイクで先導して頂戴」


 二つの派手なヘッドライトが、黄昏の薄い紫闇を切り裂く。その後ろにはヴェッキー達を乗せたミニクーパーが彼らを見失わないよう、ぴったりくっつく形となった。そしてここから先はカリフォルニアであることを告げる看板を何の感慨もなく走り抜ける。


 二台のバイクとミニクーパーが二週にまたがった大橋を渡りきる。

 つまりコロラド川を渡ったということだ。

 今までの街もかなり乾燥していたが、ここからは訳が違う。カリフォルニア州東部への入り口は同時に、北米大陸南西部を縦に走るモハーヴェ砂漠の入り口ということでもある。

 ごつごつとした岩、暑さと乾燥に強いサボテン、嫌になる程目にすることになるブッシュと総称される低木類。


 だが、それらより有名なモハーヴェ砂漠の名物といえばゴーストタウンだ。

 昔栄えた鉱山の町、マザーロード旧国道ルート66の街道沿いの町。そういった場所に置き去りにされた塗装の剥げた車や西部劇のセットのような家並みは昔日のアメリカの記憶を色濃く残している。

 町の墓場であるモハーヴェ砂漠、飛行機の墓場として有名なモハーヴェ空港もここにあり、使命を終えた飛行機達が解体されている。

荒涼としたこの砂漠には「ゴースト」という言葉が常について回るのだった。

 


 二台のバイクに先導され、ヴェッキー達を乗せたミニクーパーが元々寄るつもりだったニードルズを通り過ぎてから30分ほどが立った。そこでバイクの男達は州間高速道路I-40を降りる。

 今となっては寂しい砂漠の街道だった。男達は灯りもまばらなその中道をぐいぐい進んだ。いつしか高速道路の光も遠ざかり、ほとんど暗闇の状態だった。


「ちょっと!本当にこんなところに宿があるんでしょうね?」


 ミリアーナは運転席の窓から前方を走る二人組に呼びかけた。髭の男がその声に振り返り、頭の上で大きな丸を作って見せた。


「あっ危ない!」


 前方を見ていなかった男はカーブを曲がりきれず平坦な道の真ん中で転倒し、3メートルぐらい先に吹っ飛ばされた。思わずミリアーナもヘルメットのハンサムもブレーキを踏んだ。


「いやぁ〜こけちまったよ」


 肋骨の一つや二つ折れていても不思議ではないのに、カウボーイハットでしか頭を守っていない髭の男は傷一つなかった。それどころか彼は懲りた様子もなくへらへらと笑っているのだった。


「全く、もっと気をつけて運転しなさいよ。アンタの悪趣味なハンドルと不潔な手はなんのためにあるの?」


 ミリアーナがさりげなく侮辱した。


「悪い悪い、でも目的地は目と鼻の先だぜ」


 ヒゲの男が指差す闇の先には色とりどりのネオンで飾られた建造物がいくつも並んでいた。どうやらここが例の宿屋がある場所のようだ。


「おかしいな、さっきまで一面砂漠だったのによぅ……」


「確かに、それは僕も思ったよ」


 ヴェッキーの疑問にマルタウスが同意した。


「モハーヴェ砂漠にはこんな小規模な集落がいくつもあるわ。ある程度の間隔で離れて集落が点在しているから、急にぽつんと出てくるのはむしろ自然なことよ」


 二人がヴェッキー達を案内したのは木造一階建てのバーだった。カウンター席を除けばテーブルは三台しかなくこぢんまりした感じだったが、落ち着きのある雰囲気と品揃えの良いドリンクがヴェッキーとマルタウスには魅力的に思えた。カウンターの向こうには胸板の厚く、頭をスキンヘッドに丸めたバーテンダーが一人立っているだけだった。

 髭の男とハンサムがカウンター席に座ったのでヴェッキー達もその横に並ぶように座った。


「ここはこれから行く宿の付属のバーだ。多少酔いつぶれてもすぐにベッドに入れる」


「すんばらしいじゃないか!」


 マルタウスは早くもメニューを開き飲み物を選ぼうとしていた。


「ミリアーナ、君は飲まないのかい?」


「無神経な男ねっ! アタシは運転手だから二日酔いするわけにはいかないのよ」

 彼女はヴェッキー達のチェックインをすませると言って、すたすたと店から出ていってしまった。



 マティーニを受け取り、ヴェッキーはあることを思い出した。

 もともと彼の横に座る二人組みとバーに来たのは、彼らのイケてるチョッパーバイクとルックスのこだわりを聞きたいからではなく、彼らがヴェッキーやマルタウスと同じ世界遺産型吸血鬼だと言っていたからだ。

 だとすれば彼らはなんの世界遺産に関する能力を持っているのか? それを聞かなければ来た意味がない。


「おめぇら、世界遺産型吸血鬼だって言ったよな? ちなみにオレは「グランド・キャニオン国立公園」で十年眠ることで今の力を得た。だから言うなりゃ「グランド・キャニオン国立公園」の世界遺産型吸血鬼だ」


「僕は「ヴェネツィアとその潟」さ。ぜひ君たちの世界遺産についても教えてもらいたいね」


 マルタウスも同調した。

 ハンサムがマティーニを一口すする。そして少しの間を置いてから、答えた。


「そうだな……俺たちは「和食」だ」


「「ハァ⁉」」


 ヴェッキーとマルタウスは顔を見合わせた。

 遺跡や自然公園の名前が出てくるものと思っていたが、まさかの和食。


「俺たち二人は同じ能力を持った吸血鬼ってわけよ」


 髭の男はヘラヘラとそう言い張った。


「和食ってことは……スシとかテンプラと十年添い寝したと考えていいのかな?」


 ヴェッキーは目の前の不良達がカピカピになったスシの中に埋もれる姿を想像して吹き出しそうになった。


「いいや、俺たちはツケダルの中に十年入っていたんだ」


「ツケダル? 聞いたことがない単語だね」


「日本の発酵食品ツケモノを作るための樽だ。その中に色々な野菜が入っていて、俺たちはそれと一緒に漬け込まれていたんだ。上から重石が乗っていて出られなかった」


「なんだそりゃあ? まぁ確かにオレ達と境遇は似てるかもしれねぇが……」


 なるほど。仮にそうだとして、一体どんな形相エネルギーを得てどんな能力を持っているのか。気になるところではある。

 世界遺産型吸血鬼ならヴェッキーであれば、物体を侵食するーーミリアーナに教えられて初めて気づいたがーー。マルタウスであれば水を操ることができる。おそらく彼らもそれに準ずる不思議な力を持っているに違いない。


「じゃあ話を変えて、おめぇらはどんな能力を持っているんだ?」


 ヴェッキーの質問の答えを自分たちの中で探しているのか、二人は表情を消して固まってしまった。

 まずいことを聞いただろうか。


「まぁ、正直オレもミリアーナに言われるまで自覚がなかったからな。わからないもんはわからないんだから、無理して答えなくてもいいぜ」


「ハハハ……すまねぇわ」


 髭の男は申し訳なさそうに苦笑した。


「でも、もしかしたらツケモノの能力なのかもしれないよ。だって君からはすごく酸っぱい匂いがするからね」


 マルタウスはウインクして、髭の男を指差した。


「いやいや、これは二週間シャワーを浴びてないからだぜ!割とマジで!」

「……ハハ」


 冗談で済ませていいのかよくわからなかったが、とりあえず空虚な笑いが起きた。

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