第35話 現状報告 ハル

 「ピコが意識不明、先代AIに当たる私(四季シリーズ第一弾「ハル」)が持ち主のサポート中。吸収システムの影響は受けなかった模様……」

私は、礼斗さんがログアウトした部屋の中で、ある人物へ送る文章を書いていた。現状報告のためだ。どういう現象が起こっているのか、持ち主はどこまで侵攻しつつあるのか。そんなことをまとめた簡単なものである。

「難しいですね……手書きというものにも慣れませんし、この部屋もピコさんの部屋として設定されたままですから、物の配置がわからないですし……」

おそらく、ピコさんが動けなくなっている現状でも、使用AIの設定は切り替わっていないのだろう。だからなのか、この部屋以外ではほとんど最低限のサポートしかできない。おそらく、AIとしての操作権限がピコさんにあるためなのだろうとは思うのだが。

「権限譲渡については不完全なままである」

本来、AI吸収システムが正常に作動していれば、私がこの報告書をこの姿で記していることはないはずなのだ。私はピコさんに吸収され、ピコさんの一部となる。そうなっていないということは、吸収システムが正常に作動していないか、影響を受けていないかのどちらかである。私は前者だと仮定している。確定できない以上、影響を受けていないという報告の方がより正確だろう。

「ピコさんが倒れた原因がわかればなぁ……。呼んだら起きたりしないわよね」

私は立ち上がると、ソファに寝そべっているピコさんの顔の近くにしゃがみ込む。

「ピコさーん」

そう言いながら、頰を人差し指でつつく。当然感触もないのだが。だが、指がハマりきらないところを見るに、ピコさんは稼働状態にあるらしかった。つまり、表示として残っているのではなく、文字通り寝ている。もしくは体だけが動いていない状態ということだ。もっとも、権限が譲渡されていないのだから、当然と言えば当然なのだけど。私は再び机に向かうと、そのことを書き足した。

「私たちについてはこんなものかな……」

新しい紙を表示させ、礼斗さんの現状について続きを綴っていく。正確には、礼斗さん経由で入ってきた現状についてだが。

「とは言っても、どこから書けばいいのか……私が動けるようになった時にはすでに数字にまでたどり着いていたわけだし……。何ならピコさんが率先して解決に導いてたみたいだし」

私は、自身が動けるようになった時点からの時系列順にまとめることに決めた。動けるようになって一番驚いたのは、あの数字から透明度の配列を見つけ出していることだった。人間なら何のヒントもなしに見つけることが不可能に等しい数字の配列。数字の表示に気づいたとしても、それから意味を見出すのは生身の人間にとっては容易ではないはずだった。1パーセント単位の透明度の設定。誤差、見間違い。そう言ったもので流される程度のものだと思っていたからだ。

「すでに、数字の配列だけではなくそこから入手できる文章や地図もいくつか判明しています。と。あと書いとかなくちゃいけないことあったかな……。どうせなら、少し詳しく書いておこうかな」

私は、モニターに表示したままの掲示板のアドレスを手元の紙に写しとり、そこから接続できるよう設定した。さらに、手に入れた二枚の地図についての画像も添え、番号の発見についても記した。私はそれを封筒に入れると、主様宛てに送信する。念のために送信履歴に痕跡がないことを確認する。私が主様と繋がっている証拠は残っていなかった。

 私は少しでも物の配置を把握しようと、部屋の中をウロウロとする。ここにある拡張モーション用のアイテムは全て私がいた時から使っているもののようで、新しく買ったらしい物は何もなかった。少し、そのことに優越感を覚える。別に、ピコさんを敵視しているわけではないのだが、何となく。私のために買った服をクローゼットから見つけ、何となく着替えてみる。水色の花がデザインされた白がベースの爽やかなワンピース。夏っぽくてごめん、とか言いながらプレゼントしてくれたのを覚えている。思えば、これが最初に買ってもらった物のような気がする。

「そっか、ピコさんがこれを着ることもあるのか……」

気づいてしまったそんな事実に少しだけ切なくなる。落ち込んだ気分を晴らすように、主様から連絡がきた。

『報告、届いたよ』

「良かったです」

モニターに表示された、主様からの通信に私は笑顔でそう返事をした。

『一つ聞きたいことがあるのだが、いいかね?』

深刻そうなその声色に思わず身構える。

「はい」

『その端末から報告が届いたのはこれが初めてでね。だが、その端末はしばらく前に感染しているはずなのだよ。何か、心当たりはないかい?』

「いいえ。私はありませんが……」

『そうか。どんな些細なことでも構わないのだがね』

「そう言われましても……あ。そういえば、透明度の差異による数字の配列を見つけたのはピコさんだと伺っておりますが……」

『ピコが、見つけた?』

「はい」

私の言葉に、何か考えているのか、主様の言葉が詰まる。

『そうか、ありがとう。それから、一つ頼まれてくれるかな』

「はい」

『その部屋にあるはずの、報告書を探して、こちらに送ってもらえるかい』

有無を言わせない声色だった。もともと断ることのできない私は「わかりました」と返す。彼は『頼んだよ』と言って、通信を切った。

「……ピコさんが報告書を送っていない? そんなこと出来るはずが……」

システムに感染したAIにとって、主様の指令は、端末のユーザーの出すそれと同程度の強制力を持っているはず。いくら最新タイプだと言えど、ピコさんもAIにはかわりない。その条件は変わらないはずなのだけど……。

「とりあえず、報告書を見つければ、何かわかるかもしれない」

私はそう思って、部屋の中をくまなく探し始めた。

 最初の一通はクローゼットの中から。次の一通は食材の棚から。バラバラにしまわれたそれら全てに、送信済みの印が入っていた。一体どこに送ったのだろうか。私は、思わず端末の受信履歴にアクセスを試みる。

「った……。弾かれた? まさか。権限は足りてるはず」

「それは、送らせない」

ソファから、声が聞こえた。

「ピコさん?」

「それは、送らせない」

軽く起き上がりながらそう言うと、彼女は少しの動作で、私の手元にあった報告書の束を再び部屋中に散らした。

 私は、再びそれらを探す。

彼女は、私が探し始めたのをみると、再び力なくソファに倒れ込んだ。

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