第34話 地図

 モニターに表示させた画像をハルと並んで見ている。

「これ、何に見える?」

『どう見ても、地図でしょう』

飽きれた様子でそう言ったハルに「そうだよな」と返す。

『この地図がどうかされたんですか?』

「さっきコンビニで印刷してきた」

『文書じゃなくこれが出てきたと』

「ああ」

『少し進展があったんじゃないですか?』

「そう思うか?」

ハルに問い返す。

『少なくとも、私はそう思いますよ。これで、ある……犯人の居場所がわかるわけじゃないですか』

「じゃあ、ハルはこれがどこだかわかるか?」

『わからないですけど……』

出てきた地図は、大きなマップの一部分だけだった。おそらく日本の住宅街なのだろうが、家の形と路地が入り組んでいることしかわからず、具体的な場所までは絞り込めそうになかった。犯人の姿に近づきかけた途端、これだ。確かにハルの言う通り近づいているのかもしれないが、突然の地図に遠ざかったような気もする。気がするだけなのだろうが。

「このモニターにマップ表示できる?」

『できますが……』

「なら、ここから電車で一時間圏内に絞って表示して。あと、この画像の透明度を60まであげて」

『了解致しました』

機械的に返事をする。ピコがいたら、任せることもできたのだろうが、ソファで倒れている彼女を無理やり起こすことはできない。それに、ハルはこういっった作業ができないようで、自力でやるしかないのだ。

「……これどうやって操作すればいいんだ?」

『そんなことだろうと思いました。そのモニターですが、どうやらタッチパネルになっているようです。触れていただければ、普段アイチップを操作している要領で、操作していただけます』

どこからか取り出した説明書を読み上げる。その姿に、これを使い始めた頃のピコの姿が重なる。

「あれは本当に覚えていないから読み上げていたのか……」

『何かおっしゃいましたか?』

「なんでもない」

俺はハルにそう答えると、表示されている画像に手を触れ、そのまま左右に動かす。確かに、画像は手の軌跡に従って動いた。多少ラグはあるものの、操作に問題はなさそうだ。あまり長い間操作しているとストレスになりそうな、ラグではあるが、この際気にしないことを心がけることにする。

 まずは家の周囲から一致する場所がないか探していく。

「…………」

道幅が微妙に違う。見間違いかもしれない。そんな風に考えさせられてしまう。

『そうなるだろうとは思っていましたよ』

ハルは分かっていたように、俺にそう言い放った。さっきから、何か言いたげだったのはこう言うことか。

「なら、一言言ってくれてもよかっただろ」

『ですが、それしか方法がないのも事実ですし……』

「それはそうかもしれないが」

ハルの反論に返す言葉もない。俺は深呼吸をすると、改めて画面に向かう。

 一時間ほどそうしていただろうか。未だに徒歩10分の最寄駅まで到達していない。確かに、住んでる地域が住宅街だと言っても、これは想定していた以上に進んでいない。

『休憩されたらいかがですか?』

ハルがそう言って、紅茶を差し出す。

「そうだな……一回戻るか」

『そうですね、その方がいいかと。ずっと睨み合ってるのも、ここに長時間いるのも体にあまり良くないでしょうし』

ハルは紅茶を差し出したまま、寂しそうにそう言った。俺は、彼女の手から紅茶を受け取ると飲み干し、カップを彼女に返す。

「それじゃあ、また来るよ」

『はい』

そう答えたハルは心なしか嬉しそうだった。そのまま、部屋を終了する。約二時間ぶりにみる窓の外の光景に、現実を感じた。

「それにしても、あの地図は本当に犯人の居場所なのだろうか」

淹れてきたコーヒーを飲みながら、考える。違ったとしても、犯人にゆかりのある場所であることには変わりはないと思うが。

「地図の一部か……なら」

他の部分を見つけた人もいるのではないか。そう思い、再び掲示板を開いた。そこでは、俺の投稿した画像がどこの地図なのか、特定作業が行われていた。

『似たような場所多すぎ』

そんな書き込みがちらほらと見られた。開いたタイミングが良かったのか、スレッドの一番下、最新の書き込みは新しい画像の投稿だった。そこには『地図出てきた』と一言添えられていた。俺は、早速その画像を表示させる。

 開いた画像は確かに、地図の一部らしく俺の印刷したものとは違う場所のようだった。

『これ、繋がるか?』

「ダメだな」

地図の画像に合わせて印刷してきた地図を動かしながらそう書き込む。おそらく、一部分ずつ出てきているのだろう。せめて、全体で何枚程度になるのかわかればいいのだが……。そう思って手元の地図を窓に透かして見る。地図の左下、道路になってる部分に、小さな文字が書かれていることに気づいた。どうやらその部分だけが、インクの色が少し濃いらしく、うっかりすると見落としてしまうようなものだった。机の上に置き、改めて見直す。

「A-3。ということは、少なくとも2枚はあるのか」

俺はその情報を掲示板にすぐに書き込んだ。

『どうやって見つけた?』

「窓にすかしたら、そこだけ濃かった」

『まじか。やってみるわ』

その書き込みの後、彼の地図には『D-2』という表記があったことがわかった。同じようなパーツが残り10枚はあるということだ。同じ縮尺であろうから、場所の特定には少し近付いたのかもしれない。俺は、ノートに表を書きながら、そう考えていた。

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