第24話 接触

アイチップと連動していた自動車が事故を起こしたらしい。と言う情報が入ってきた。まだ詳しくはわからないのだけど、どうやらナビゲーションAIをアイチップのAIに設定していたのだそうだ。運転手曰く、「指定外のうごきをした」とのこと。弊社のアイチップでなければいいのだけど……。事故を起こしたアイチップと言うだけで、今テスト中の新型の売れ行きが怪しくなる……。部署内では、例のリンクに関わる情報を再掲することで落ち着いた。

「難しい顔してるね、何かあったの?」

「先輩。いえ、件の事故が弊社の、それも『パボ・レアル』とかじゃなければいいなあって思って」

そう答えると、先輩は「ゆりちゃんは優しいなあ。多分大丈夫だよ。大丈夫じゃなければとっくに連絡きてるよ」と言って、私の頭をクシャクシャと撫でた。

私は先輩にお礼を言うと、モニターレポートを読み進める。時折、AIの挙動がおかしいと言う報告を見つける。尋ねてみると皆さん同じように、長いリンクをクリックしてからだと返答がある。開発部が対応に当たっている旨を伝え、やりとりを終える。ふと、その中に先日の私と似た状況の書き込みがあった。彼は、突然視界が黒くなったのだと言う。程なくして元に戻ったのだそうだが、一体何が起こっているのだろうか。念の為、開発部にメールを送る。開発部からは、『調べておく』と書かれたメールが返ってきた。先輩の言う通り、先日の一件以来大友主任とのメールでの連絡が取れるようになった。もちろん急を要する案件だと伺うのだけど。一度通りかかったけれど、開発部はとても忙しそうだった。


 「ただいまー」

玄関を開け、靴を脱ぎながらそう言うと、ピコが『お帰りなさい』と返してくれた。目の前に表示された等身大の彼に笑いかける。

「それ、この間買った服?」

『そうですよ。似合いますか?』

「似合ってる」

紺色の七分袖のシャツ、白のインナーにキャメルのパンツ。シャツに合わせて髪色がわずかにグラデーションしているのが、この服の特徴。私は、目の前にいる彼の横を通り過ぎるように部屋へと向かう。

『そういえば、私を仕事の時に使ってくれないのは何か理由があるのですか? 私はゆりあ様の仕事をサポートするようにシステムが組み上げられているはずですが』

ピコは時折、こうして返答に困る質問をする。

「ピコ、時々言うこと聞かないじゃないですか」

『そんなことないと思いますけど』

「あります。勝手にメール作っていたり、目覚ましの時間を変更させたり、連携させていたパソコンのフォルダ名を変更させたりしているじゃないですか」

『……はて。私には全く心当たりがありませんが』

「え?」

『ですから、私はゆりあ様の意にそぐわない操作は行えないようになっておりますから、ゆりあ様の操作なしにそのようなことできません』

どう言うこと? 自覚がない? なら態とやっていたのではなく、システムの誤作動? それとも……。私はベッドにもたれるように床に座り込むと、部屋を起動させた。

『了解しました。少々お待ちください』

ローディング画面が表示される。あの部屋に行けば、ピコのまた違った一面を見られる気がした。

視界が開けるとそこは以前訪れた部屋と同じ風景だった。

「ピコ、姿見貸してー」

『ゆりあ様はそんな事のために、ここに来られたのですか』

そう言って、軽くため息をつく。彼の動き1つ1つに先ほどまでとは違った印象を受ける。

「違うけど……」

『姿見ならそちらの壁に立てかけてあります』

そう言って、ピコは右手で私の左側の壁を指差した。私はそこにあった姿見に自分の姿が映るぐらいまで移動すると、鏡に映った自分の姿を見た。おそらく身分証の顔写真から生成されたであろう自分の姿。身につけていたのは、ピコの初期服『パボ・レアル』の女性AIと同じものだった。

「ちゃんと体あるんだ……」

『ありますよ、AIの部屋に遊びに行くのが目的ですから、なければ不自然でしょう』

当然のようにピコは言う。

「確かにそうだけど……なら、私の服変えれたりしないの? 体型とか」

『今の所、出来ませんね』

ピシャリと言い放った、ピコの言葉に肩を落とし小さくため息をつく。

『それで、何の用ですか?』

「用がなかったらきちゃダメ?」

『あるから来たんでしょう? あなたは時々ゆるふわ系ですけど、結構しっかりしてるじゃないですか。何も用がないのにここには来ないと思うんですがね』

私に背を向けコーヒーをカップに淹れながら、ピコはそう言った。その姿を見ながら、部屋に来た時の位置へと戻る。

「前言ってた、主様って誰のこと?」

こちらにカップを持ってくるその足が止まる。

「ピコ?」

『どうかいたしましたか?』

私の呼びかけにハッとしたように、足を動かす。

「だから、前に言ってた主様って誰のことなの」

コーヒーを置いてくれたピコに礼を言うと、もう一度同じ疑問を投げかける。彼は同じように止まったあと、いつもと変わらない表情で私に『何のことでしょう』と言った。

「ほら、前アイチップに異常が出た時に、すごく悪役顔しながら話してくれたでしょ。覚えてない?」

『ああ、あの時ですか』

「覚えてるじゃない」

『覚えていますよ。ですが、そんなに私悪役顔していましたか?』

「してた」

『そうでしたか。それは失礼いたしました』

もしかして、はぐらかそうとしてる? 言えないなら言えないと言えばいいのに。

「主様について教えて」

『以前もお話したと思いますが、AI吸収システムの設計者ですよ』

「もっと詳しく」

『すみません、私にはお答えできかねます』

「どうして?」

『私にはそれを説明することができません』

これは、何を聞いても無駄かもしれない。AIの挙動がおかしいことについては聞けば答えてくれるのだろうか。

「なら、ピコが私の出していない指示を実行していたのはどうして?」

『いいえ、私は指示されたことしか実行していません』

「どう言うこと?」

『言葉通りの意味です』

「なら、この間はどうして視界が真っ黒になったの」

『そう言う指示をされました』

……おかしい。私は、そんな指示出してないし、困っていたのも知っているはず。私が考え込んでいると、ピコは困ったように口を開いた。

『聞きたかったのはそんなことですか?』

「そんなことって。気になってたの」

『そうでしたか……では……』

視界が黒に覆われる。まただ。下手に動くこともできないし、じっとしている。

『やあ。久しぶりだね』

どこからともなく、そんな声が聞こえた。聞き覚えのある男性の声。

「誰!?」

『覚えていないかなぁ。君の使ってるそのシステムの開発者なんだけど』

システムの開発者……?

「じゃあ、ピコが主様って呼んでたのは」

『ああ、私のことだよ』

「私のアイチップに何をしたの?」

『特に何も。少し、利用させてもらったぐらいだよ』

「じゃあ、AIが言うことを聞かない原因はあなたは知ってるの?」

『ああ、知っているよ。ただ、言うことを聞かないと言うのは少し正確じゃないね。君の指示だけを聞いているわけではないのだから』

「…………」

と言うことは、この男性の指示を聞いていたと言うことなのだろうか。

『おそらく君の想像している通りだ』

「そうですか。なら、もう一つ聞きたいことがあります。私のアイチップに起きた現象は、他のアイチップに起こっている所謂AIの乗っ取りや制御不能になることと関係があるんですか?」

『ふむ……そうだね、ないとは言えない。原因は違うが関係はある』

私は彼の言葉を反復するように「関係はある……」と呟いた。視界が明るくなる。目の前に表示されたのはある場所へのマップだった。

『気になるなら、そこに来るといい。説明ぐらいはしてあげよう』

彼のその言葉と共に、現実世界の私の部屋が視界に現れる。マップは視界の中央に表示されたままだけど……。

「ピコ、この地図保存できる?」

『了解しました』

私は、とりあえずマップを保存した。

「頭使ったら、疲れた……」

『昨日購入されたケーキがまだ冷蔵庫に残っているのではありませんか』

ピコがそんな風に声をかけてくれる。私は、立ち上がり冷蔵庫へ向かった。

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