第23話 再会

  普段より軽く夕飯の支度を済ませると、君の前に一人分のそれを並べる。

「今晩は久しぶりに先輩と会ってくるよ」

そう目の前の君に話しかける。

『レンが会社を辞めて以来、だな』

時折電子音の混じる声でそう返す。

「うん」

作り置きのおにぎりを口に運びながら頷く。

『先輩に呼ばれたの?』

「うん。なんか、知り合いが人を探しているんだって」

『そうなんだ。俺にも声かけてくれればいいのに』

「だよな。なんで俺なんだろ……」

『まあ、それだけお前が信頼されてんだろ』

「そうかなぁ……だといいんだけど」

『絶対、そうだって』

「ありがと」

うまく笑えない自分の顔が視界の片隅に映る。これは、多少笑えるように練習して行った方がいいのだろうか。夕飯を食べ終えた私は片付けを済ませ、家を出る支度をした。

「行ってくるよ」

『行ってらっしゃい』

俺の言葉に答えるように、君が見送ってくれた。それだけでこの憂鬱な気分も顔も少し晴れるような気がする。相変わらず、街中に映る私の顔はひどいものだが。

 「すみません、遅くなって」

「大丈夫だよ、気にしないでほら座って」

「失礼します」

先輩に促されるまま、先輩の向かいに座る。テーブルの上にはすでに数品の料理が並んでいた。

「あいつちょっと遅くなるみたいだから、先食べててって」

「わかりました」

「何のむ? お酒飲まないんだっけ?」

「お冷いただければそれで」

「他は? 食べたいものない?」

「特には」

「ん。すみませーん」

先輩は店員さんを呼ぶとさらに何品かの料理と飲み物を注文した。

「大丈夫か?」

「なんとか。まだ、結構引きずってます」

「そうか……まあ、そうだよな……」

気まずい。気を使ってくれてはいるのだろうが、どう答えるのが正解なのかわからない。

「そういえば、先輩のお嬢さんはお元気ですか? AIとかシステム周りに異常が出てないか気になってたんです」

「お、おお! 娘は元気にやってるみたいだ。お前に作ってもらったあれは使いやすくていいってこの間も連絡くれたよ」

「そうですか、それなら良かったです。ほら、今何かと取り上げられたりしてるので……」

「心配してくれたのか。娘は大丈夫みたいだ。まあ、メーカーの人間が引っかかってたら、大変だろう」

ははは。と先輩は笑う。私もそれにつられ、口角が上がるのを感じた。

「それもそうですね」

そういうと、目の前の唐揚げを口に運んだ。

 ふと。先輩は何かに気づいたのか、入り口に向かって腕を大きく振った。

「おお! 悪いな、鴇。遅くなって」

「いやいや、二人で駄弁ってただけだから気にすんな」

「そう言ってもらえると、助かる。で、この人が噂の?」

「そう、噂の」

旧友に会うかのような、弾んだ声色で話す二人。おそらく、この人が先輩のご友人なのだろう。私はいくらか置いてきぼりになっている気配を感じながらも、「どうも」とあいさつした。

「どうも。鴇の友人の有定です。フリーのコーディネーターやってます」

有定さんは席に座るとそう自己紹介をした。俺も簡単な自己紹介を返す。

「鴇から話は聞いてるよ、なんでも勤めてた時はAI開発に携わってたんだって?」

「あ、はい。一応……」

「そうかそうかー! 早速本題に入りたいんだけどいいかな?」

「どうぞ」

私の返事を聞くなり、有定さんは嬉しそうに、そして楽しそうに話を始めた。

「実はね、オーダー頂いたお客様がAIにすごくこだわりを持っていらしてね、それに応えられそうな人を探していたんだよ。そしたら、鴇がいい奴がいるって」

「なるほど、そういうことでしたか……ですが、私じゃなくても……」

そう言った私に先輩はすかさず言葉を返した。

「ほら、会社に勤めてる人間には頼めないだろう? で、私の知り合いで一番得意そうなのが、君だったからね。それに、元気にやってるのか気になっていたしね」

思わず俯いた私に「口実がなければ、君と連絡が取れないなんてね」と聞こえるか聞こえないかぐらいの声で先輩は付け足した。

「先輩……。有定さん、私にできるかはわかりませんが、もう少し詳しいお話聞かせていただけますか?」

それから1時間ほど話し込んだ。依頼人が求めている事自体はさほど難しいことではなかったので、後日、資料などを交えながらさらに踏み込んだ話をすることで落ち着いた。

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