第25話 接触(2)
ショートケーキを口に運びながら、突然表示されたマップを眺める。行ったことのない場所。目的地の最寄駅からの地図出されても……。そもそも行く必要もない。それに会社も休まなきゃいけないかもだしなぁ。
「週末に行くとしても、誰かわからない人の誘いに乗るわけには……」
『行かれないのですか?』
「悩んでる」
『そうですか。職務に忠実なゆりあ様なら即決されるかと思ってました』
「仕事は好きだけどそこまでじゃないよ」
『そうでしたか』
「ピコはこれ行った方がいいと思う?」
『どうでしょうか。詳しいことが知りたいのなら、行っても損はないと思いますが。他意もないでしょうし』
ピコは、考える仕草をしながらそう言った。
「気になるのは気になるんだよね。私のアイチップのシステムを作ったってことは、ピコの生みの親みたいなものでしょ?」
『見方によっては、そうとも言えますが……』
「よし。決めた! 行ってみる」
私は勢いよく立ち上がって、そう宣言した。
週末、私は例の人物に会うべく家を出た。
「目的地までの経路を表示」
『承知いたしました』
表示された経路に従い例の人物に会いに行く。どこかで聞いたことのある声だった気がする。いつ、どこで出会ったのか全く覚えていないが、どこか聞き覚えのある声だった。おそらく、両親の知り合いだろう。私のアイチップは、父がコーディネーターをしたのだと聞いている。であれば全く知らない他人に頼む、なんてことは父の性格からしてほぼないと言っていいだろう。私がその声に聞き覚えがあったと言うことは、多分なんども会っているはず。父と親しい人間だったのだろうか。いまいちよく覚えていない。それに、父は社交的な性格もあり、家族ぐるみで付き合いのある人は多い。
『電車、もうすぐ来ますよ』
ピコの声にハッとする。私は、ホームに向かう階段を駆け上がった。
なんとか間に合った電車の中で大きく息を吸う。急に走ったから、息が上がっている。空いていた近くの座席に座る。と。
『新着メッセージです』
ピコがそう言うと何か動画のようなものの自動再生が始まった。画面には何も映らずただ音声だけが聞こえていた。
『来ないんじゃないかと思ってたよ。いかにも怪しいものには手を出さないと思っていたからね』
あの声だった。こちらの状況を知っていて送っているのだろうか。GPSを利用した位置情報の把握なのだろうか。電車の中で返答するわけにもいかず、彼の次の言葉を待つ。
『ああ、電車か。なるほど。それは仕方ないね。では一方的に話すとしよう』
彼はそう言うと、たわいもない話を始めた。
『私には大学生の頃ある人物に救われてね。幸か不幸か、彼がいなければ今の私はいなかったのだと思うのだよ。もちろん、君のお父上とお会いすることもなかった』
懐かしむような、それでいて突き放すような冷たさを持った言い方だった。やっぱり、父の知り合いで間違いはなかったみたい。私は小さく息を吸った。
『まあ、君のお父上には本当によくしてもらった。だからこそ君を利用させてもらったのだが……それについては、君がこちらについてから話すとしよう。折角向かってくれているのだからね』
彼はそう言って少し間をおく。
『ああ。そうだ、彼の話をしかけていたんだったね。彼は、大学時代からの友人でね。もう知り合って長いのだけれど。彼は随分社交的でね。一人で食事をしていた私に声をかけてくれたのだよ』
これは、もしかして延々と思い出話を聞かされるのかな。なんだかそんな気がしてしまう。
『人付き合いの苦手だった私には、恐怖でしかなかったのだがね。彼のような人物は何を考えているのかよくわからないし、別世界の人間だと思っていたから。だけど、彼はそんな別世界の私にも分け隔てなく接してくれた。彼にとって何が引っかかったのか、今でも全く見当がついていないのだが、気がつけばよく一緒にいるようになっていた』
視界中央に次が乗り換えの駅であると言う案内が出た。大きな駅。駅構内の解説図が視界右端に表示されている。
『彼にとってほんの気まぐれだったであろう、アイチップに関する講習会を受けたのが切っ掛けだった。彼はそれに直ぐに魅せられた。その時の彼の目は、新しい発見と出会った子供のように、キラキラと輝いていた。……私には眩しすぎるほどに。私はその時、この光を間近で眺めていたいと思った。少しでも彼の助けになれるように、コーディネーターの資格まで取得した。大変だったよ。合格まで彼に気づかれないように勉強をしていたからね。彼に気づかれてしまったら、私のこの想いまでバレてしまいそうでね、怖かったのだよ』
階段の昇り降りを数回繰り返し、次の電車に乗り込む。その間中、彼の言葉が止まることはなかった。
『そうして、私は彼と同じ会社を受けた。もちろん、それだけだと彼に怪しまれるかもしれないから、同じ業界もいくつか受けた。私の目的は彼と同じ会社に入ることだったから、それ以外の会社で落ちても気にも留めなかったがね』
最初に送られてきたマップにあった最寄駅の改札を出る。
『そして、その会社で君のお父上とお会いしたのだよ。だから、彼がいなければこうして君と会うことも、君のアイチップの操作が不能になることもなかった』
そう言って、彼は信じがたい言葉を口にした。
『ここへの案内を頼んだよ』
『承知いたしました』
ピコが返事をしたその瞬間私は理解した。私は、自主的に誘拐されたのだと。
「メッセージの作成」
礼斗くんにそれを伝えようと、指示を出す。しかし、ピコは『最優先項目以外の指示は現在受付することができません』と言い放った。屋外でアイチップを外すわけにもいかない。アイチップと連動している携帯電話では、おそらくメッセージや電話を送受信することはできないのだろう。そんなことを考えている間に視界に違和感を覚える。
「VRモード……」
『その通りです。車や自転車、他の歩行者は順路に従っている限り絶えず現実を反映させます。しかし、順路以外の道を行く場合には危険事項は反映されません』
受け入れる以外の選択肢はなかった。私は、仕方なく視界に表示される青いラインを辿った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます