第10話 日常

 2限目の講義が終わり、食堂に行こうと教室を出る。出口で待ってたらしい、翔に声をかけられた。

「昼食べに行こうぜ」

「待ってたのか?」

「ああ。教室この近くだし、講義早く終わったから」

翔はさも当たり前のように言い、彼と並び歩きながら食堂へと向かう。

「そういや、鴇さんだっけ? その後どうなったんだよ」

好奇心に満ちた眼を向けながらそう訪ねてきた。

「先週の土曜、一緒に出かけてきた」

「は?」

ピタッと翔の歩みが止まった気配がする。

「どうした?」

翔を振り返りつつ、尋ねた。

「どうしたも何も……お前、それ」

翔は、目を見開き何かを言いたげに言葉を区切った。

「出かけたことがどうかしたか?」

「俺、聞いてないんですけど!」

普段よりいくらか大きな声でそう言うと、詰め寄るように数歩開いた距離を縮める。

「言ってなかったか?」

「言ってない!」

「そうか」

「いや、そうかじゃなくて……」

「悪かったな、除け者にして」

「そうじゃなくて! なんで、俺に一言も教えてくれなかったんだよ!」

「いや、ゆりなさんから相談したいことがあるって誘われたから……他の人に話すのは良くないかと」

「あー……。それなら、仕方ない?」

「なんで疑問系なんだよ」

「なら、なんで今話してくれてるんだよ!」

「お前が聞いたから」

翔はと肩を落としながらため息を吐くと、「礼斗、お前なあ……」と言った。

 俺はそんな翔を放って食堂の空いた席を探す。流石に2限終わりの昼休みとなると人が多く、空いている席を探すだけでも一苦労だ。

「置いてくなって!」

翔のそんな声を背後に聞きながら、空いている席を確保する。

「こっち空いてるぞー」

俺を見失ったらしく、キョロキョロとしている翔に向かって手を振ると、飼い主を見つけた犬のように向かってきた。

「今日何食べんの?」

「日替わり定食」

「お前、いつもそれじゃん。飽きないの?」

「日替わりだし」

「いや、日替わりってか曜日ごとに一緒じゃん」

「そうだけど、他に食べたいものないし。丁度いい量だからな」

翔にそう答え、日替わり定食を注文する。翔は、あれやこれやと悩んだ末、うどんを注文していた。

「で、出かけたって具体的には?」

「駅ビルぶらぶらしてた。雑貨屋見たり服見たりして」

「もうちょっと具体的に! どんな店行ったかとか教えてくれてもいいだろ」

「ほとんど、ゆりあさんの行きたい店について行ってた感じだからなぁ……」

「それ!」

「どれだよ」

「名前だよ、名前! いつの間にそんな仲になってんの? 前は、連絡するとかしないとか、ブツブツ言ってたじゃん」

「この間出かけた時に、ゆりあさんから名前で呼んで欲しいって言われて」

翔は何か考えているような表情で「肉食系かぁ……」と呟いた。後何かに気がついたように「お前、基本的に彼女に対して素直すぎない?」と言った。

「そうか? 俺誰に対しても、素直だぞ」

「そうだな……」

翔は呆れたように、答えた。

「なんだよ、言いたいことでもあるのか」

「ない」

「そうか。そういえば、ゆりあさんにオススメされてこれ買ったんだけど、今まで使ってたのより、使い勝手も手触りも良くて結構いいぞ」

そう言って、ポケットから、あのコードホルダーを取り出す。翔は、興味深そうにそれを見ている。本人は隠しているつもりなのかもしれないが、口角が僅かに上がっている。

「お揃いか?」

ああ、ピコに対する既視感はこれか。ノリが似てる。

『あ、今私と同じこと言ったとか思いましたね?』

「多分。使ってるって言ってたからな」

『自覚あるのか』

視線入力を利用する。アイチップを使い始めた頃はローマ字入力にしていたのだが、いつからかフリック入力を使うようになった。瞬きの回数が少なくて済む分、こちらの方が何かと便利なのだ。視線入力の民間検定なんかもあるのだが、最速記録はフリック入力らしい。先日の就職支援課のガイダンスで聞いた話だから、おそらく正確だろう。

『私も似たようなこと言いましたからね!』

胸を張って答える。そこは別にドヤ顔するところじゃない気がする。

「なあ、聞いてる?」

目の前の翔の声に引き戻される。

「悪い。聞いてなかった」

「これ買ったのどこの店? 彼女に渡そうかと思って」

こういうところ、本当にマメだと思う。ゆりあさんと巡ったいくつかの店を翔に伝えた。ふと、視界に入った女子学生の眼が赤く光っていることに気がつく。

「そういえば、最近SNSとかで超長いリンク送られてくるの流行ってるらしいよー」

「いきなり送られてきたら、怖いよねー」

「だよねー」

「あ、そういえば今朝、それ私のとこにも来たよ」

「えー。怖〜い。で、どうしたの?」

「あまりにも長くて気味悪かったから、放置してる」

「そんなに長いんだ」

「なんか、5、6行分ぐらいあった」

「長っ。短縮しろって感じだよねー。てか、そうじゃないと誰も引っ掛かんないんじゃない?」

「確かに」

茶碗に残ったご飯を口に運んでいると、女子学生たちのそんなやりとりが聞こえてきた。

「なんだかんだ、順調そうで何より」

「なんだよ、突然」

「いや、最初のメール見せてもらった時にはどうなるかと思ってたけど、ちゃんと仲良くなれてんだなーと思って」

ニヤニヤしながら、翔はそう言った。

「嬉しそうだな」

「嬉しいからな。ほら、大学入ってからお前、浮いた話一つもなかっただろ? だから、こう可愛がってる弟に彼女ができそうで嬉しい。みたいな」

「誰が弟だ、誰が」

「礼斗?」

どっちかというと、翔の方が弟のように感じるのだが。

「……俺そんな子供っぽいか?」

反応がないことに不安になったのか、弱々しい声でそう聞いてくる。俺は、「若干?」と答えると、少し間を置いて、「なら、大人っぽく振る舞うようにする!」とか言いだした。成人式から度々聞いているが、こいつの振る舞いはさほど変わっていないし、彼女にも無理だと言われている。無理に大人っぽく振舞わなくても、友達が少ないとか困ることがあるわけではないのだから、今のままでいいのではないかと俺は思う。真面目な場面では真面目にできるわけだし、それでいいのではないだろうか……。

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