第31話 ヒント

 すでに印刷されたテキストの中に、何かヒントがないかと目を走らせる。最初に印刷したものは何度も読んでいるのだが、もしかしたら、何か新しい手がかりを見つけられるかもしれない。そんな気持ちだった。おそらく、これを書いた人物とあのリンクを作った人物は同じなのだろう。だとすると、あの時インストールされたアップデートとやらも、同じ人物が配信しているはずだ。この数字の表示の手法は、アイチップの特性を生かして風景に擬態させることができる。おそらく最初からアイチップを狙っているのだろう。パソコンやスマートフォンのAIが暴走するようになったという話は聞かないし、誤作動に関してもアイチップと連動しているものに限っているらしい。ふと、ある一文が目に留まる。


『アイチップ開発に込めた君の想いは、私が受け継ごう』


明らかに行間の空けられたその一文は、俺の想像を裏付けているように思われた。

「受け継ぐ……。君と呼ばれている人物に何かあったのか……?」

俺は、一つの思いつきを掲示板に書き込む。

『まあ、確かにそうとも読めるな』

『可能性はあるだろ』

『妄想乙』

反応が見たくて書き込んだが、批判と同意は半々といったところ。有力な仮説の一つとして覚えておいてもいいだろう。一連のことをまとめているノートを開くと、そこに書き足した。

 ふと、ゆりあさんの顔が脳裏に浮かんだ。俺は昨日メッセージを送ったトーク画面を確認する。珍しいことに、そこには既読の文字がなくまだ見ていないようだった。もしかしたら、ゆりあさんの身に何かあったのかもしれない。俺は、時間を確認し、ゆりあさんに電話をかける。三度目のコールが鳴る。着信拒否とかされてなければいいんだが。

 かけ直そうかと諦めかけた時だった。

『もしもし』

電話口から声が聞こえた。

「礼斗です。メッセージ見てなかったみたいだったから、何かあったんじゃないかと思いまして」

『あ……ごめんなさい。えっと……しばらくアイチップ使ってなくって……』

答えにくそうに、途切れ途切れに言葉が紡がれる。どうしたのだろうか。

「そうだったんですか。すみません、突然電話してしまって」

『それは、大丈夫なんだけど……。何かあったの?』

不安そうな声色でゆりあさんがそう尋ねた。

「えっと、実は……」

数字の件をゆりあさんに話す。彼女は『そう……なの。ごめんなさい、しばらくアイチップ使ってないから、ちょっとわからないかな』

「そうですか……ありがとうございます。お忙しいのに電話してしまってすみません」

『大丈夫だよ。力になれなくてごめんね、それじゃあそろそろ切るね』

申し訳なさそうに俺にそう告げると彼女は電話を切った。

「わからない……か」

どことなく、違和感のあったゆりあさんの応答。やはり何かあったのではないだろうか。そんな予感が脳裏を過ぎる。だからと言って、俺に何ができるというわけではないのだが。

「……もしかして、犯人と一緒にいたりするのだろうか。いや、さすがにそれはないか……」

だが、一緒にいるとしたら何故? 知らずに近づいた? まさか、誘拐された?

「誘拐は一番ないだろう。大体、誘拐だったとしたら、電話出たりしないだろうし」

『そうですね。何かわかったんですか?』

ハルが声をかけてくる。

「いや、何も。ピコはまだ起きないか……」

『長年連れ添った私より、最近来たばかりのピコさんの方がいいんですか? やっぱり、男性は若い子の方が……』

「そういう意味で言ったんじゃないって」

『ふふふ。わかっていますよ』

「ならいいんだが」

俺はハルにそう答えると、再び掲示板を最前面に表示させる。

『ファイルお届け便でダウンロードできたんだけど』

そのコメントとともにスクリーンショットとダウンロード元のアドレスが書き込まれている。どうやら、画像入りのテキストデータだったらしい。念のため、パソコンからそのアドレスを開く。対象のファイルをダウンロードすると、そこには「パボ・レアル(仮)」と書かれた表紙のある、企画書か計画書かわからないが、それらしきPDFが入っていた。

「『パボ・レアル』か」

すっかり馴染んだそのアイチップの名前に思わず、タイトルを読み上げた。

 冊子表示に切り替えると、そのファイルのページをめくる。タイトルの意味とイメージカラーについて孔雀の画像とともに説明されている。次のページには、発光デザインとアイチップのインターフェースについて。それからも、見え方やデザイン、ベースのレンズカラーなどの内部資料と思わしきテキストが続いていた。モニターに配られた説明書やパンフレットといくらか内容は違うものの、ほぼ同じものだった。だが、取り扱い説明書よりも詳細に、このファイルの中でどの項目よりも丁寧に記されていたのが、初期搭載のAIについてだった。

「名前は、コンセプトカラーであるピーコックブルーから、ピコ。髪と瞳の色はコンセプトカラーを使用」

脳裏にソファに寝そべっているピコの姿が思い浮かぶ。

『ピコさんの設定資料ですか』

「ああ」

『ピコさんは色の名前なんですね』

ハルは少し羨ましそうにそう言った。彼女は、追加AIで、大人気の四季シリーズの第一弾。故に桜色を基調としながらもその名前はハル。第二弾以降はその季節の代表的な花や動物、色なんかから名前がついている。

「そうだな。ハルも桜とかの方がよかったのか?」

『そうですね、妹たちの名前が羨ましいと思うこともありますけど、この名前だったからこそ、妹たちも作られることができたと思うと複雑です』

「なるほどな。そういうものか」

『そういうものです』

そう言って、微笑む。彼女の微笑みはまさに春の陽射しという印象を受け、心が穏やかになっていく気がする。だからこそ、俺も好んで彼女を使っていたのだが。そう思うと、ピコとは正反対なキャラクターだ。俺は再びファイルをめくる。そこにはびっしりと、『パボ・レアル』のAIが目指すものが書かれていた。それによると、次世代AIを目指して開発されているらしい。

『持ち主の指示だけで作動するのではなく、様々な要素を吸収し、それによってAI独自の行動をとること、持ち主が指示していないが、欲しいと思ったタイミングですぐにそれを提供できるようにすること』

そう資料には記されていた。だからこそ、ピコはあれだけ自由なのかもしれない。確かに、時折すごく絶妙なタイミングで欲しいアプリケーションを開いてくれている。あれはこういうことだったのだろうか。学習能力が高いとは聞いたことがあったけど、初めからそれを目指して作られていたとは、考えてもいなかった。

スクリーンショットを撮影したという通知が表示される。果たして、自力で読むことができるのだろうか。いささか怪しい気もするのだが、俺はとりあえず撮影されたばかりのスクリーンショットを開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る