第19話 連絡と部屋

 『それで、俺に連絡を?』

「うん」

電話越しに聞こえる声に心が落ち着かされる。

『じゃあ、今は』

「うん、ガラケー」

『そうですか……』

何かを考えているのかのような声色。また、心配をかけてしまうんじゃないか。そんな風に思いもしたけれど、それ以上に誰かに聞いて欲しくて連絡してしまった。「ほかにこんな話できる人もいなくて、礼斗くんに突然連絡しちゃって……」

『俺は大丈夫なんですけど、どうしたらいいのかと思ってつい黙っちゃってすみません。電話口で黙られると心配になりますよね』

「うん。あ、でも本当に誰かに聞いて欲しかっただけだから、気にしないでね」

『そう言われると逆に気になりますよ。それにしても、そのゆりあさんのAIが話したことが本当なら、他のモニターの方にも影響が出るってことですよね。でも、AIを吸収すること自体はそれほど悪いことでもないでしょうし、問題は同じようにアイチップによって視界をジャックされること、ですかね』

「うん。そういえば、私ちょっと思ったんだけど……」

『なんですか?』

「もし、私のAIが言うこと聞かなくなった原因と、今話題のリンクと同じものだったら、リンククリックした人も同じような目に会う可能性あるんじゃないかなと」

『それは……』

「気のせい、だといいなぁ。同じような症状出てるだけで、実際は違う原因だったり」

『そうですね。きっと、気のせいですよ。今例のアドレスについて調べてるところなので、何かわかったらまた連絡します。……と言っても、ゆりあさんの方が確実な情報集まってくるんでしょうけど……』

「そんなこと……あるかもしれないけど、でも、誰かが自分のことを気にかけてくれてるのは嬉しい」

『そうですか。じゃあ、また』

「うん、ありがとう」

そう言って私は、礼斗くんとの電話を切った。口だけかもしれないけれど、彼が調べてくれると言った。私は、それを待って何もしないわけにはいかない。私は、もう一度アイチップをつけようと洗面所に向かった。


 目の前に現れたのは、あの部屋ではなくいつも通りの視界だった。

『ゆりあ様、今日はもう使用されないのかと思いましたよ。あの男子学生にほだされでもしましたか?』

「それの何がわるいの」

『おや、今日はいつもより幾分か喧嘩腰ですね。私、何かしましたか?』

嫌味な言い方をする、ピコに腹を立てながら追加コンテンツの鏡を探す。

『鏡、買ってくださるんですか?』

「また今朝みたいなことにならないとは限らないから」

『なるほど! ありがとうございます!』

「別に、あなたのためじゃないからね。どんなのがいいの……?」

姿見から手鏡まで、鏡で検索をかけるだけで200ページ以上の検索結果が表示されている。第3世代以降対応の物に絞り込む。

『そうですねぇ。私のわがままを聞いてくださるのでしたら、姿見が嬉しいです』

「姿見ねぇ……色は?」

『おまかせいたします』

「じゃあ、黒かな。あの部屋になじみそうだし」

そう呟きながら、試用していく。拡張モーションは、昔中高生の間で流行っていた「アバター」の着せ替えを元に発想されたらしいのだけれど、当時の子供たちもこうして、見た目が変わるものに一喜一憂していたのだろうか。

『そういえば、ゆりあ様。色々試しているところ、邪魔するようで申し訳ないのですが』

「どうしたの?」

『AIの部屋にはいつでも出入りできますし、あちらで試用しながら買い物を楽しむことも可能ですよ』

「え?」

『ですから、AIの部屋にはいつでも出入りできますし、あの部屋のレイアウトや内装の変更も可能です。まだパボ・レアル系列にしか、存在していないはずですが』

なるほど。通りで、知らないわけだ。

「じゃあ、あの部屋のことは両親は知ってるのね?」

『はい』

「なんで、今まで黙ってたの?」

『聞かれませんでしたから』

「……確かに聞いてないね」

でも、あの部屋で選べるなら、いいかもしれない。

「どうやってあの部屋に?」

『VRモードより、部屋を選択していただくことで起動いたします』

「了解。VR起動、メニュー表示」

右下に部屋と書かれたアイコンが表示されていた。私はそれを選択すると、ピーコックブルーのローディング画面の後、私はあの部屋の中にいた。視界の視界の左側には先ほどまで見ていた拡張モーションの通販サイトが表示されている。

「ここで、試用を選択すればこの部屋の中に出てくるの?」

『はい。何か試してみてはいかがですか?』

ピコの言葉に適当に目についたアイテムの試用ボタンを押す。立てかけるタイプの黒いフレームの姿見が本棚に立てかけられる。

「すごいね、これ」

興奮気味にピコに話しかける。

『私はいつもここにいるようなものなのですがね。ゆりあ様のおられるその場所より後ろが普段表示されている部分になります』

「じゃあ、擬似的に私はアイチップの中にいるってこと?」

『はい』

「すごい! これも、お母さんが?」

『いいえ、このシステムは主様がAI吸収システムを入れるときについでに実装なさいました』

主様。私の知らない人の呼び方に少し眉をひそめる。VRとの切り替えなんて意味があるのかとか考えてたけど、これは、アイチップのあり方が大きく変わる気がする。あと、何よりも、楽しい。うーん……レポートのVRモードの反応がいいと思っていたら、こう言うことだったのか。

『突然、真面目に考え事されますよね』

「考え事は、これからしますって宣言してしないでしょ」

『それもそうですが』

「それにしても、ここ楽しいのね!」

『漁らないでください!』

クローゼットを覗いていたら、文句を言われてしまった。ここにあるのは、私が買ったものだから、見られたところで問題ないような気もするのだけど。

『それより、鏡はどうなったんですか』

「忘れてた。鏡! この部屋だとどんなのがいいかなぁ」

いくつか試した後、最初のシンプルなフレームの姿見に落ち着いた。流石に本棚の前は邪魔そうなので、壁側にもたれ掛けさせる。

「それで、ここからはどうやって出ればいいの?」

『VRモードをオフにしていただければ自動に出られます。ただ、次回起動時にこちらに来ることになりますので、他のVRアプリも使用されている場合は、一度この部屋のアプリケーションを終了していただきますと、VRモードのメニュー画面に自動転送されます』

「了解。部屋を終了、VRオフ」

『承知いたしました』

ピーコックブルーの扉が閉まるモーションとともに視界に現実世界が戻って来る。することのない時にあそこで過ごすのはいいかもしれない。普段はARをメインに使っているからか、VRそのものが新鮮で楽しかった。

 この時、私はアイチップを装着した当初の目的をすっかり忘れてしまっていた。

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