第20話 もう一人のユーザー
ゆりあさんからの電話を切る。
『あれー? なんか浮かない感じですかー?』
ピコが心配しているのか、茶化したいのかよく分からないテンションで話しかけて来る。
『さてはさては、フラれましたね?』
かわいそうに。と続けて呟いた。見逃すと思ったか。フォントサイズは6以下にできないように設定してるんだよ。
「フラれてないから。だいたい、下限ギリギリで呟いても吹き出しでてるからな」
ピコは頰を膨らましながら、不服そうな目をこちらに向ける。俺はそれを無視し、ブラウザを起動させる。検索バーに『パボ・レアル』と入力する。他のモニターの感想が知りたかった。もしかしたら、似た症状が出ている人がいるのではないかと考えたのだ。
しかし、数時間探せど出てきたのは「パボ・レアル」に対する好意的な意見がほとんどだった。
『ないですねぇ……』
「ないな……」
俺は、机の上にある使っていないノートを広げると、そこにゆりあさんの状況を書き出した。
『んー……?』
珍しくピコが首を傾げている。
「どうした?」
『この、部屋っていうの、別に異常でもなんでもないと思いますよー』
「どういうことだ?」
『以前、鴇さんがご自身のアイチップを「パボ・レアル」のプロトタイプだっておっしゃってたじゃないですか』
「ああ」
『だから、そう思ったんですけど……』
「歯切れが悪いな」
『同じものとは限らないので、言っちゃっていいのかどうか……』
「言って」
『じゃあ、言いますけど……。チュートリアルを出してもいいですか?』
「ああ」
『オッケーいただきましたー!』
ピコがそういうと、VRモードのメニュー画面が表示された。
『こちら、礼斗さんにとってはおなじみのメニュー画面になります。実はこのメニュー画面の右下、ここですね! 私が若干被っていてわかりづらいとは思うのですが』
そう言って、ピコが数歩中央に寄る。その後ろには赤丸で囲まれた扉のアイコンが表示されていた。
「もしかして」
『はい! こちらの扉アイコンを選択していただきますと、AIの部屋を疑似体験できる仕組みとなっております。では、現在チュートリアル中ということもあり、このまま起動させます』
ピコの言葉に、ピーコックブルーのローディング画面が挟まる。
『このローディング画面が開けると、私の部屋になります。製品版発売時にはモニターの方向けに壁紙等の拡張アイテムのDLコードが配布される予定です』
いつものように台本を読んでいるのであろうピコのアナウンスが聞こえる。アナウンスが終わって数秒後、視界が開け俺は彼女の部屋の中にいた。
「なるほど。部屋がAIの異常と関係ないのはわかった。気になるのはゆりあさんのAIが言ってたっていう『主様』か」
『そんなこと言ってたんですかー。でもそれは、私も気になりますね。私たちアイチップのAIは持ち主のことを設定上そう呼ぶことはあっても、それ以外の人物を呼ぶことは、滅多にありません。ですから、視界認識で読み取れる範囲では、鴇さんのことを呼ばれたのかと思ったのですが、そうではないのですよね?』
「ああ」
『だとすると、やっぱりおかしいです! 鴇さん以外にアイチップを操作できる人が他にいることになります』
「どういうことだ?」
『鴇さんに、その人物の心辺りがないのなら、連絡先リストに登録されている名前ではないんでしょう? であれば、AIがそのように誰かを呼ぶのはおかしいんです! でも、もし仮に……仮にですよ、他にアイチップのユーザーとして登録されている人物がいるとするなら、その人のことを指しているんだと思うんです。あ、でも、確証はありませんし、本来アイチップ一組につきユーザー登録が可能なのは保健衛生的観点から一人ですので、AIが同時に二人をユーザーとして認識しているのは、おかしいんですけど……』
ピコが珍しく言葉を選んでいる、がどこか必死だ。
「そうか……」
ゆりあさん以外に操作できる人物がいる……か。ピコの言い方からして遠隔操作が可能という訳ではなく、装着時に使用できると考える方がいいのだろうか。
「さっき言ってた、アイチップが操作できるっていうのは、装着時にってことだよな?」
『そうです』
「なるほど。じゃあ、そのもう一人がゆりあさんの使ってるアイチップに干渉はできない?」
『設定上はそうですが、実際のところどうなのかはわかりません』
なるほど……。とりあえずは、遠隔操作でAIの制御が効いていないと考えるのは無理がありそうだな。もう一人のユーザーか。プロトタイプってことは恐らくオーダー製だろうし、製造の関係者だよなぁ。
「フルオーダーのアイチップについて検索」
『了解です!』
自分とは関係のないことだと思って調べたこともなかったが、一度調べてみてもいいかもしれない。
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