第21話 オーダーアイチップ
オーダーアイチップには想像していた以上に手間も人手もかかっていた。最初の打ち合わせから完成までにかかる日数は短くて半年。最低でも5回の打ち合わせを重ね、それから製造に入るのだという。製造過程でシステムを弄れるのは、システム開発の統括者か、設計・開発を担う人物のみだろう。依頼者とやりとりすることになる、担当者はアイチップの制作過程に関与せず、依頼者に対するプロジェクトの窓口となるだけである。その担当者になるには、アイチップコーディネーターなる国家資格を必要とし、試験に合格するにはアイチップに関するあらゆる——それこそ法律から、各種アプリケーションまで——知識が必要とされる。そのための学校もあるぐらいだから、よほど難しいのだろう。資格を取得したからといって、就職先があるわけでもなく、大手のオーダー部門での募集は数年に一回、フリーランスとなるとそれだけで食べていけるのはほんの1%程度らしい。まさに狭き門である。
「だとしても、システムには介入できない……か」
『システムにイタズラしたとして、バレないのは開発する人だけじゃないですかー? 私は、開発される側なんで、説得力ないかもしれないですけど』
「そうだよな……新型アイチップの開発過程とか検索できる?」
『できますよー! 礼斗さんの望んでるようなものが出てくるとは限りませんが!』
「わかってる。できるなら、検索して」
『了解ですー』
視界に表示された検索結果。上位は企業の広報用ページ。その後ろに続くのは、開発者へのインタビュー記事。手始めにPRを除いた一番上に表示されてる企業のページを開く。ページのトップにはアニメーションを交えた開発過程の説明の動画だった。否応無しに再生されたその動画を眺める。
『このように、プロジェクトチーム発足から実に1年以上の時をかけて研究、開発されています』
大した収穫のない映像だった。検索結果に戻ると、インタビュー記事を開く。そこに書かれていたのは、VR対応システムの開発者へのインタビュー記事だった。一通り目を通し、必要な情報をノートのページに書き足していく。
「フルオーダーの場合は、使用者の了解を得た上でテストシステムを導入することもある……この場合、システムのあらましを説明して同意をもらう」
『システムがアイチップの使用者から良い評価を得られたら、製品版にも取り入れる……なるほど。それ目的で、オーダーする人もいるのかもしれないですね!』
「ああ。ゆりあさんのアイチップが『パボ・レアル』のプロトタイプってのは、こういうことだったのか」
『みたいですね! モヤモヤが一つ解決しました!』
だとすると、システムをほぼそのまま、モニター用に転用しているはず。もう一人のユーザーは、当然それを知って仕込んだのだろう。だとすると、同型の端末である俺のアイチップでも彼女と同じ現象が起こる可能性が高い。
『もしかして、もしかして! ペンが止まっているところを見るに、私も礼斗さんも人ごとじゃ無くなった系ですか?』
「ああ」
『あらー。人助けして、一石二鳥! とか調子乗って考えてたんですけど……そういうわけにはいかないんですね。どうしましょう!』
「楽しんでるだろ」
『あれー? バレちゃいました?』
「そりゃ、バレるだろ。いつもほとんど一日中一緒にいるんだぞ。お前の性格とか癖みたいなものとか、そろそろわかってくる……ピコほど、正確にというわけではないだろうがな」
『ふむー。まあ、私の性格に関しては、説明書読めば書いてあるんですけどね。それに、私たちAIは学習記録としてユーザーさんの性格などを把握しますが、それはあくまでも記録と読み込みを繰り返した結果の推測でしかありません。どちらかというと、ベースとなる性格等の設定資料をお持ちの礼斗さんの方が、正確な判断を下されているかと!』
相変わらずの元気の良さで、ピコはそう言った。言われてみればそうなのかもしれないが、その推測の結果が現実と齟齬があまり出ないように研究されているのだから、ピコの方が俺よりも俺のことを把握している気がしてしまう。まあ、実際、何のために調べたか覚えてないような検索履歴を引っ張ってきて、『これなんですかー?』とか茶化してくることもあるぐらいだから。
「このノートの情報、デジタル化できる?」
『もちろんです! 礼斗さんはデジタル変換用アプリケーションインストール済みですので、画像保存とデジタル文章への変換の二種類から、保存形式を選んでいただけます』
「両方は?」
『可能ですが、同じデータが重複することになりますが、よろしいでしょうか?』
「重複しない方法はある?」
『PDF化して、図の部分はそのままに、テキスト部分だけ編集可能なようにデジタル文字に変換できますが、どうなさいますか?』
「それなら、重複していいから両方で保存しておいて」
PDFのファイルを開く時だけ、このアイチップの動作がいくらか遅くなるのだ。普段のスムーズさに慣れてしまうと、PDFを扱う際のあのぬるぬるとした動作がストレスになってしまう。
『では、専用アプリケーションを起動します。視界の中央に対象を入れ瞬きを一回してください』
「了解」
瞬きをすると、すぐに二種類のデータに変換される。二つは同じフォルダに入れられ、AIの保存形式にしたがって名前が付けられる。シュチュエーション登録型の便利なところは、こういったフォルダにいちいち名前を付け直さなくていいところにある。だからこそ、好んで使っているのだが。
しかし、俺に実害が出ていない以上、まだ人ごとの域を抜けていない。ブログやつぶやきなんかを見ても他に、同じ現象が起きた——心当たりがないまま、AIが言うことを聞かなくなる——というような声はまだ見当たらない。
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