第27話 侵食(2)
それからしばらくは何も異常は起こらず、ピコの様子がおかしくなったのは、それから数日後のことだった。その日はなんてことない日で、いつも通りピコを表示させたままでいた。
『礼斗さん、今朝言われていたメール送信しました!』
「メール? 何のことだ?」
『あれ? 今朝、お昼に一斉送信するようにとの指示があったと思うのですが……』
「そんな指示出してないぞ」
『おっかしいなぁ……』
「だいたい、誰宛だよ」
『えっと……』
言い淀む。考えているのか? 送信履歴を引き出せばいいんじゃないのか?
「送信履歴の表示」
『了解です!』
ピコがメールの送信履歴を表示させる。そこにはピコが言うようにメールが送られた痕跡はなかった。意図的に消したのか、そもそも送っていないのかはわからないが。
「送信履歴は消した?」
『いいえ、礼斗さんの指示なしに勝手に消去することはできません』
「そうか」
なら、メールは送られていないのだろう。もしくは、何らかの形で履歴が改竄されているかだが。改竄というよりは、記録に残っていないと考えたほうがいいだろう。俺はとりあえず、メールに関しては気にしないことにした。
それからも、ピコのおかしな行動は続いていた。覚えのないアプリケーションをインストールしたり、突然起動したり、保存形式がむちゃくちゃだったり。ずっとそうなのではなく、不意にそう言った行動をとる。これが、あのリンクの影響だとでも言うのだろうか。
『礼斗さん、似合いますか?』
挙げ句の果てには、これだ。目の前に現れたピコは見慣れたピコではなかった。先代AIと同じピンクのロングヘアにピンク色の眼、服装は普段と変わらないが、いくらか肌の色が白に近い。
「どうした、それ」
『似合いますか?』
会話にならないやりとりに小さくため息を吐いたあと、「似合わない」と答えた。
『似合いませんか』
「ああ」
『ひどいっ。礼斗さんがそんなに冷たい人だったなんてっ』
懐かしい。久しぶりの返答。前のアイチップで使っていたAIの応答そのままだ。どうしてこんなことになっているのかはよくわからないが。
「お前、ハルか?」
『違いますよー! 私は「パボ・レアル」初期AIピコですよ!』
「そうか」
『そうですよー!』
心なしか音声も混ざっている気がする。目の前にある事実は、ついこの間まで他人事だったものは、すでに自分にも関係あることになってしまっていると言うことだった。俺はスマホをポケットから取り出し、インターネットブラウザを起動させる。久しぶりのスマホをぎこちない手でメッセージを作成する。そこには、以前話していた症状と同じことが起きていること、ピコが見つけてくれたスレッドのアドレスを記した。それをゆりあさんに宛てて送信する。すぐに返信がきた。
「送信エラー……」
『着信拒否ですかー? ついに振られましたかー?』
「まさか」
『でも、送れてないじゃないですかー。……そういえば、最近鴇さんから連絡ありませんね……』
「深刻そうに言うな。まあ、何かしら事情があるんだろうアプリ開いて」
『了解です!』
俺はさっきと同じ文面をゆりあさんとのトーク画面に書き込む。ブロックはされてないはず……。されるようなことした覚えないし。そのうち見るだろうとそんな安易な気持ちでその画面を閉じた。
大学からの帰り道、変な数字が視界の端に表示されていることに気がついた。視界左右の両端に横書きだったものを無理に縦に変えたような向き。白く、透明度が比較的高いその文字は気にしなければ忘れてしまうような物。ただ、一度気になると気になって仕方ない類のものではあるのだが。
「ピコ、視界全域をスクリーンショット撮って」
『了解です!』
ピコのその言葉と共に視界が一瞬白い光に包まれる。どうやら、撮影できたらしい。
「ありがとう。今撮ったもの表示できる?」
『もちろんできますよ』
ピコが表示したその画像の中をくまなく探す。潰れてて読みにくいものの、先ほど見つけた数字が撮影されていることに気がついた。実際の視界にあるものと見比べようと視界の左端に意識を向ける。しかし、そこに先ほどの数字はなかった。気のせいのはずはない。そう思って、俺はもう一度画像の中を確認する。そこには確かに数字が表示されていた。
『数字……ですか?』
「ああ。何の数字かわかるか?」
『私にはわかりませんが……』
わからないと答えたピコに俺は「そうか」とだけ返した。
家に帰るとすぐに、その数字をノートに書き出した。歩きながらでは気がつかなかったが、0から9までの10の数字が表示されていたらしい。何か意味のあるものなのかはよくわからない。この数字の並びに意味があるのかと同じように書き写してみたところで関連性も特にわからなかった。
「適当に配置したのか、それとも何か意図的に表示されたのか。今はもう表示されてないし……」
『数字、確かに写ってますけど、そんなシステム無かった気がします』
「そうなのか?」
『はい! だって、意味なさそうじゃないですか、それ』
「確かにそれはそうだが」
『でしょう! なら、きっと最近追加されたものだと思うんですよね! どんな意味があるのかわかりませんが、そう言うアプリケーションでもインストールしたんじゃないですか?』
「いや、そんな覚えはないんだがな……そういえば」
『何か心当たりですかー?』
「この間、ピコがインストールしてたアプリあっただろ、あれじゃないのか?」
『あー、あれですか。あれはインストールに気づいた礼斗さんがすぐ削除したじゃないですか』
「そうだっけ?」
『そうですよー』
相変わらずの不満そうな表情でそう言った。なら、なんだって言うんだ……
「あ!」
思わず、口から飛び出した。先日視界がブラックアウトした時、あの時にナビゲーションしてたAIがアップデートパッチをダウンロードしてるからだとかなんとか言ってた気がする。
『何かわかったんですか?』
「ああ。多分、間違いない。ブラウザ開いて」
俺はピコにそう指示を出し、検索ワードを入力した。
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