第5章 終幕

第28話 数字

 案の定、例のスレッド内に数字に関する書き込みがあった。視界に数字が表示されていると言う程度のものだったのだが。表示されていた順番は俺と同じ。それに同意する書き込みもいくつかみられた。一体なんのための数字なのか。画像を眺めながら考える。

『あのー』

ピコが手をあげながらおずおずと発言する。

「どうした?」

『この数字、一見同じ透明度ですけど、多分微妙に違いますよ』

「どうみても同じじゃないか?」

『私も初め気づきませんでしたけど、同じじゃないはずです! 数パーセント単位の差なので、表示誤差の可能性もありますが……』

「数パーセント……」

実際の視界で判断できるかと言われれば微妙なレベルだ。いやむしろ光の加減なんかで気づかないだろう。

『信じてないですね?』

「ああ」

『じゃあ、何か……ウィンドウはあれですし……じゃあ、あれで!』

そう言ってピコは、画像編集のアプリを開いた。勝手に。

『まず、透明度を0に設定して数字を表示させますね』

ピコの開いたアプリは、「パボ・レアル」に内蔵されているもので、画像の編集だけでなく、簡単な画像データを作成することもできる。ピコは、画像を作成する要領で、ウィンドウ内に0から9までの数字を文字色を白に設定し、並べた。

『これが、透明度0の状態です。ここから、先ほどの画像データを参考に数字のへ透明度をおおよそ合わせます』

そう言って、ピコは透明度を70から80の間で調整し始めた。俺はその間横に表示されている画像データと見比べていた。一生懸命微調整を繰り返すピコの姿はさながら、金庫を開ける鍵開け師のようだった。

『ここ!』

ピコは勢いよくそう言うと、ドヤ顔で俺の方を向いた。

「同じなのか?」

『はい! おそらくぴったりかと!』

「そうか」

『ですが、全体の予測平均値ですので、ここから個別に調整していきます』

「俺が見比べた感じでは全部同じなんだが……」

『先ほども言ったように、数パーセントの差ですので、認識の誤差じゃないとは限りませんが、ここはあなたのAIを信じてみてください!』

自分が役に立てる場面が来て嬉しいのか、キラキラとした目で取り組んでいる。とは言っても、そう言う気がするだけなのだが。

 それからピコは、一文字ずつの微調整を始めた。一時間弱かけてその作業を終えたピコはカフェの拡張セットを取り出して来て、アイスティーを飲みながら『どうですか!』と言った。

「どうって言われても、差がわからない」

わざとらしく肩を落とす。

『礼斗さん!』

「はい」

『そんなんだから、鴇さんに振られるんです』

「今関係ないだろ。そもそも、付き合ってもないし」

『いやいや、女の子の些細な変化に気づけてこそのモテですよ!』

「そうですか」

『あ、それはどうでもいいと思ってる返事ですね! もういいです。どう違うのか説明します』

「ありがとう」

『一向わかってくれなさそうだから、ですからね! 解決したら、新しい拡張パックの購入を要求します!』

「はいはい。覚えとくよ」

『! わーい! ありがとうございまーす!』

現金なやつだ。まあ、正直俺だけだと気が付かなかっただろうし、それが何かの意味を持っているのなら、拡張パックの一つぐらいいいかもしれない。どうせまだピコに何も買ってないし。

『ではでは! 気を取り直して、説明しますね! まず、おおよそ全体の中央値となっているのが6と5です。これが大体透明度86です。次が9と1、その次が4と2。最後に3と0となっていて、それぞれ一つ前の数字からプラスマイナス1ずつ変化していきます。透明度が高い順に並べると、02156943もしくは、02165943となります』

「使われている数字と、透明度順に並べた数字を付箋に表示」

『了解です!』

ピコが元気よく返事をすると、視界の左上に現れた付箋に数字が入力されていく。聞き間違いかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

「8桁? 残り2つは?」

『残りの数字、8と7については、透明度が80でしたので、法則からは除外されていると判断いたしました』

「なるほど……じゃあ、逆にその二つの数字が意味を持っている可能性もあるのか」

俺がそう言うとピコは『そう言われてみればそうかもしれません』と言った。おそらく、法則と外れた数値は弾いていたのだろう。

「説明されても、ほとんど変わらないんだけど……」『そう言うと思いましたよ!』

ピコは呆れたように言い切った。

『まあ、実際私でも見落とすぐらいですからね! でも、おそらく8と7はわざと透明度を他と離していると思いますよ』

「誤差じゃないと?」

『3も違えば誤差の可能性は低いでしょう。西日に向かっていたわけでも、白い壁の部屋で撮ったスクリーンショットではないので』

「なるほど」

そう言うものなのだろうか。こんな謎解きじみたものを仕込む理由がわからないのだが。気づくことの方がまれな気がするのだが……。8桁の数字が意味するものがなんなのかわからず、俺は掲示板に書き込んだ。

 程なくして、レスがついた。

『AIまだ生きてるとかいいな。 1パーセント単位の透明度とか、AIじゃないとわかんないだろ』

『8桁って半端だよな』

『緯度・経度かと思ったけど、調べたら海だったんだよな。どこで区切るかも重要そうだし』

『もう一種類あればそれもありだけど一つだけだろ?』

その後も数字の意味についての意見が交わされた。

「もう一種類か」

『座標だと決まったわけじゃないですけどね』

「座標の可能性は低いんじゃないかと俺は思ってる」

『そうなんですか? 意外です! こう言う時、礼斗さん、真っ先に流されそうな気がしてました』

「さらっと失礼なこと言ってないか?」

『そうですか?』

とぼけるとは思った。確信犯か。まあ気にしていても仕方がない。2桁なのか8桁なのか、せめてそれが絞れればと思ったが、書き込みを見ている限り8桁の方が有力か……。

「ピコ、数字が表示されたら自動的にスクリーンショット撮ることできるか?」

『可能ですが、その条件ですとおそらく、電車の電光掲示板やペットボトルの容量表記まで引っかかるので膨大なデータ量になります。いくらか条件の設定を推奨します』

数字全てが引っかかるのか……。

「なら、視界の端に0から9まで10の数字が同時に表示された時に限ってだとどうなる?」

『それなら、かなり絞られます』

「じゃあ、それで」

『了解しました! 撮影は一枚だけでよろしいですか?』

「念のため、2、3枚撮っておいて」

『了解です! スクリーンショット撮影、条件登録しました! 以後自動撮影されます』

「ありがとう」

『たまには働きますよ!』

ピコはそう胸を張って答えた。

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