第2章 噂

第7話 誤作動

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 始まった。ついに始まったのだ。

 「我が子」は、うまくやれるだろうか。

 我々を——特に生みの親である君を——落胆させたりしないだろうか。

 それだけが、ただそれだけが心配だ。


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 目の前に座る可憐な女性は、「AIが身に覚えのない反応を返すようになった」のだと、確かに言った。ただの音声認識の誤作動ではないかとも思うのだが、それならこんな深刻な表情で話すことではない。ましてや、製造メーカーに所属する彼女がそれを俺に相談するというのは少し違う気がする。どう見繕っても彼女の同僚の方が詳しいはずなのだ。

『誤作動ってわけでもないんですよね……?』

彼女は俺の問いに、残念そうな表情を浮かべ『はい』と答えた。

『それに、同僚にも相談したんですけど、よくわからないみたいで……』

『そうですか……。身に覚えのない反応を返すってどういうことですか?』

AIは基本的に、指示通りに動くようにできている。あくまでも、使用者のサポート的役割だからだ。それが身に覚えのない反応を返すとはどういうことなのだろうか。あれだけ自由なピコですら、俺の意に介さない行動はとらない。

『例えばなんですけど、知らない間に新規メールを作成していたり、変な時間にアラームを設定してたり……』

ウィルスか? いや、でもそんな微妙なウィルスをしかけたところで……

『あ、あと。インストールした覚えのないアプリケーションが入っていたりするんです。AIが言うには私がそう指示、出したらしいんですけど』

『……考えられそうなのは、遠隔操作型のウィルスか、オペレーションシステムの誤作動ですかね?』

『やっぱりそうですよね……ちなみに鳶さんは同じような症状出てたりしませんか?』

『俺ですか? 俺は、出てないですね』

なんでそこで俺が出てくるのだろうか。

『実は私のアイチップ、「パボ・レアル」のプロトタイプなんです。だから、OSの誤作動系だったら鳶さんにも影響出てるかなと思って……この症状が出始めたのがひと月程前からでしたから』

『なるほど、そういうことですか。まだ、半月も経ってない短い期間ですけど、今のところ何もないですね』

俺の回答に彼女は『そうですか』と言う。会話が止まった。途端、彼女の目が一瞬赤く光る。

『共有、強制切断されました』

ピコの声と共に、画面上に表示されていたチャット入力ウィンドウと、吹き出しが消える。

「あ、あれ? すみません……」

「切ったってわけじゃないですよね?」

「もちろんです! こういうことが度々……」

彼女は慌てた様子で、AIに再設定を促している。うまくいかないのか、何度も認識を試みている。

「こちらから共有しましょうか? 受信設定はできます?」

あたふたしている彼女を見るにみかねて、提案する。彼女は首を左右に振ると力なく「ダメです……」とつぶやいた。完全に落ち込んでしまっている。

「大丈夫ですよ、そういえば、音声認識を一時的に切ったりできないんですか?」

AIに聞かれてたくないと言っていた彼女にそう提案する。

「切れるのは切れるんですけど、すぐに起動しちゃって……」

「じゃあ、再起動して見るのはどうですか?」

「あ。その手がありましたね! すみません、ちょっと時間いただきますね」

そう言って彼女はゆっくりと二回瞬きをした。操作が効かなくなった時の再起動用のコマンドだ。

「すみません、起動までちょっとかかるんですけど、お話はできるので……」

そうだ。思わず、黙っていなければいけない気がしたが、起動までの間奪われるのは視界だけなのだ。

「そうですよね。もしかして、AIが鴇さんの指示を聞いてくれないことって、そのAIが身に覚えのない反応を返すようになった頃とかじゃないですか?」

なんとなく、思ったことを口にする。彼女はしばらく考えた後、「そうかもしれません」と言った。複雑そうな表情を浮かべている。

「ウィルスとかですかね……やっぱり」

「詳しくないんで、あれですけど。俺はそうかなっていう気がします。でも、製品版じゃないなら、誤作動の可能性もありますしなんとも……」

「ですよね……すみません、変なこと話してしまって」

彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。

「大丈夫ですよ、気にしないでください」

『そこで、デートに誘う!』

ピコがドヤ顔でそう言ってきたが、無視する。

「そうだ、再起動が終わったら、気分転換にでも駅ビルぶらぶらしませんか?」

親指を立てて、頑張れという顔をして視界から消えた。

「いいんですか?」

「ぜひ。鴇さんのこといろいろ知りたいですし」

「じゃあ、再起動が終わったら」

彼女は笑顔で承諾してくれた。

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