第8話 デート
店から出た俺たちは、カフェの近くにある駅ビルに入った。ここは、百貨店などが入った商業ビルが駅に直結しており、一つのデートスポットにもなっている。俺たちは、雑貨のフロアを中心にウィンドウショッピングをすることにした。
「何か好きなものとかあるんですか?」
「私ですか? そうですね……このシリーズとか結構好きです」
そう言って彼女は、黒く縁取りがされたパステルカラーのうさぎのぬいぐるみを手に取った。そういえば、彼女のバッグにも同じシリーズらしきキーホルダーがつけられている。
「あ、これですか? 最近、ガチャガチャを見かけて、回したんです」
嬉しそうに彼女は言う。「そうなんですね」俺はそう答えると、彼女が手に取ったぬいぐるみを近くで見ようと、同じ列のものを手に取る。なぜか輪郭線が黒く縁取られたぬいぐるみ。フカフカと柔らかく、ワタをつかんでいるような感触も合間って、とても奇妙に感じられた。
「不思議な感じですね」
「ですよねー。私も最初は奇妙だなーって思ったんですけど、なんかみているうちに気に入っちゃって、今ではもうすっかり好きなシリーズの一つに」
そう言って、彼女は手にしたぬいぐるみに無邪気な顔を向けている。俺は、その姿をしばらく眺めたのち、手に持っていたぬいぐるみを棚に戻した。
「結構、そういうの好きなんですか?」
「……そうですねー、家で使うものはキャラクター物とかが多いです。……流石に職場ではあまり使ってないですけど」
可愛い人は、可愛いものが好きなのだろうか。どれにしようかと柔らかな微笑みを浮かべながら吟味している。俺は、近くの棚に置かれた貯金箱に手を伸ばす。
「なんですか? それ」
背後から鴇さんに声をかけられる。俺は商品を手に持ち振り返る。
「貯金箱らしいんだけど、鴇さん好きそうだなと思って」
その貯金箱は、シリコン素材のフニフニとした感触のキャラクターにお金を食べさせることで貯金ができると言うものだった。
「可愛いですねー。でも、私の友達の方がそう言うの好きです。シリコン系の柔らかいのは私ちょっと苦手で……鳶さんは、そう言うの好きなんですか?」
「なんか、こう言う変わった動きするのみてると癒されるんですよね。集めてるとかじゃないんですけど、部屋の窓辺に太陽光で揺れる向日葵みたいなの置いてます」
「そうなんですね! 確かに、変わった動きって和みますよね」
ニコニコとしながらそう言う。彼女の柔らかい笑顔にこちらが和まされている気がする。彼女は、「あ! あっちのお店も見てみませんか?」と言って俺の腕を引きながら、少し離れた場所にある木製雑貨の店を指差した。俺は手に持っていた貯金箱を棚に戻すと、彼女について行った。
「私、木がすごく好きで。小さい頃、お父さんの日曜大工を一緒になってやってた影響だと思うんですけど……」
クジラを形どった箸置きを手に取りながら、遠慮がちにそう言う。
「木ってどこか、ぬくもりみたいなものがあるっていいますよね」
「ですねー。安心感というか、なんか、ホッとする感じがある気がします」
そう言って店内を見て回る彼女の目はキラキラと輝いていた。俺は、彼女の後ろをついて見て回りながら、気になった雑貨に手を伸ばす。
「それ、便利ですよ」
横から覗き込むようにして、彼女が言う。
「使ってるんですか?」
「私のは、魚じゃなくてそっちの果物のシリーズですけど……イヤホンとかのケーブルまとめるのに重宝してます」
「そうなんですね。一つ試してみようかな……」
「ぜひ。鳶さんゲームされるんでしたら、ヘッドセットとか使うんでしょうし、そのケーブルまとめておくのにも便利ですよ!」
「鴇さんは、どの果物なんですか?」
俺は、せっかくだからと手に持っていた魚を形どったそのコードホルダーを置くと、横に並ぶ彼女に尋ねた。
「私は、オレンジとリンゴです。リンゴはケーブルを解くと芯だけになるのがツボにはまっちゃって、お気に入りなんです」
そう言って彼女は、八つ切りにされたオレンジと、芯だけのリンゴを手にとった。
「じゃあ、こっちにしようかな」
俺はそう言って、彼女の手からリンゴを選び取るとレジへと向かった。会計を済ますと、店内に居るであろう彼女を探す。彼女は、お皿のコーナーを熱心に見つめていた。
「お待たせしました」
彼女は振り返り、こちらを見て固まる。
「どうかしましたか?」
問いかけると、一瞬ハッとしたようになり「なんでもないです。行きましょうか」と言った。俺はその言葉に頷くと、店を出た。
その日は、夜まで彼女と一緒に色々な店を回った。先のキャラクター然り、彼女は少し変わった雰囲気の物が好きらしい。誕生日は四月上旬だから、クラス替えなどもあり、学生時代はなかなか祝ってもらえなかったのだと言う。話せば話すほど、初めて説明会で顔を合わせた時の印象が塗り替えられていく。お茶目で可愛らしい性格なのだと言うことがわかった。
夕飯を食べようと入った店で、席に着くと、彼女はテーブルに額がつきそうなぐらい、深々とお辞儀をしながら、「今日はありがとうございました」と言った。
「こちらこそ、ありがとうございました」
思わずつられて、お辞儀をする。笑い声が重なる。
「すみません、なんだか可笑しくって」
ああもう、可愛いな。彼女の所作一つ一つにそう思ってしまう自分がいることに気がつく。もしかしたら、これが恋の始まりなのかもしれない。そんなことを考えていると、メニューに伸ばした手に抵抗を感じた。見ると、彼女も同じメニューに手を伸ばしていた。
「すみません、どうぞ」
慌てて手を離す。考えたことは同じだったようで、二人の手がメニューから離れテーブルの上に移動する。少し、フェイントの掛け合いをした後、俺がメニューを取り出し、広げることで落ち着いた。二人で一冊のメニューを覗き込む形になる。自然と彼女との距離が近づく。彼女から女性らしい、いい匂いがする。
「鳶さんは何が食べたいですか?」
「パスタ系かなぁ……」
「パスタいいですね! 私もパスタにしようかなぁ」
そんなやりとりをしながら、注文を決めていく。
「鴇さんは、お酒飲まれるんですか?」
「私ですか? 私はあまり飲まないですね。たまにちょっといいお酒を家で開けたりしますけど」
「そうなんですね。俺は結構友達と飲みに行ったりするんで、気になって」
「そうでしたか。あ、そういえば、呼び方なんですけど、ゆりなでいいですよ」
「じゃあ、俺も礼斗って呼んでくださいよ」
「わかりました! 任せてください」
彼女はそう行って胸を片手でどんと叩く。
「じゃあ、任せますね、ゆりなさん」
「さんもいらないです……」
「年上ですし、大学の先輩じゃないですか。流石に……」
休憩にと入ったカフェで知ったのだが、彼女は同じ大学の卒業生だった。その流れで、間近に迫った就職活動についての話でいくらか盛り上がったのだ。
「でも、その先輩がいいって言ってるんだから、いいと思うの」
「……それは、そうかもしれませんけど」
「はい、じゃあ決定ね」
そう。今日一日で気付いたことだが、彼女は押しが強い。穏やかそうなのに、時折有無を言わせない、芯の強さみたいなものが垣間見られるのだ。俺たちは、夕食を済ませるとその日は解散した。時折、あたふたとしていたことがあったから、昼に話していた、AIの誤作動の類なのだろう。頻繁ではないにしろ、日常的に起こると大変そうである。アイチップやAIなしに生活できなくなってしまった今となっては特に。
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