第14話 記事
翔から届いたメッセージを開く。噂に聞くような長さのものではなく、短縮された——わざわざ、短縮サイトを経由させたと思われる——アドレスと参考になるのではないかという短い言葉だった。わざわざ短縮されたアドレスを送ってきているということは、元は長いアドレスだったのだろう。俺に余計な心配をかけないためか、それとも長いアドレスをこのタイミングで送っても開かないだろうと考えたのか。どちらにせよ、わざわざ身構えるようなことではなかったらしい。
「さっきみたいな言い方、わざとするのはどうかと思うぞ」
『えー。だって、暇だったんですもん』
「仕事しろよ」
『礼斗さん、特に何も言わなかったじゃないですかー。というか! 私は、ちゃんと通知出してましたしー』
自分の仕事はしていたのだから、悪くないとでも言いたいのだろうか。暇だからと言って、ああいうことをされるのは心臓に悪いからやめてもらいたいのだが。
「そうだな」
『あ、若干怒ってます? それとも呆れてます?』
ピコのその言葉に「両方」と答えると、彼女から謝る気のないテンションの謝罪を受けた。
「まあいいや」
ピコを相手にしていると、真面目に起こるだけ無駄な気がする。まさしく暖簾に腕押しという感じだ。視界の右上に表示された、食堂に向かうには早いその時間に、どうしたものかと考えながらキャンパス内を歩く。翔から届いたアドレスの先にあったのは、あるブログ記事だった。記事の一番下まで、ざっとスクロールする。それなりの長さを持った記事だったが、そのページの省略前のアドレスは決して長いものではなく、一般的なブログ記事のアドレスのそれと変わらないものだった。この長さを人の行き交うキャンパス内で歩きながら読むのは、少し危険な気がし、行くあてもなく歩いていた足を学食へと向かわせる。
席を確保し、日替わり定食を目の前にブラウザの透明度を下げる。邪魔をされないようにピコを視界から消すと、右手近くに表示されているブログ記事を読み始めた。
『最近流行りのリンクについて
こんにちは。
今日は、テレビでもネットでも話題になっているリンクについて思うところを書いていきたいと思います。
AIやアイチップの乗っ取りに関して、私はウィルスが原因だと考えています。
ここで問題なのは、誰が何のためにこのウィルスを広めたのかということです。
私は、感染源となるアイチップがどこかに存在していると考えています。
それが誰なのか、どういうものかはわかりませんが、恐らくオーダー製のアイチップではないでしょうか。
私は、その人物に自身のアイチップが原因である自覚はないと考えています。
その理由は、ウィルスの開発者と原因となっているアイチップの使用者が同一人物ではないからです。
何のために、そんな手間を取ったのかはわかりませんが、恐らくそのウィルスはアイチップの中に存在するだけでAIに影響を及ぼすのでしょう。でなければ別人である必要はありませんし、アイチップ以外の端末では乗っ取りなどが起こっていないことから、そう考えられます。
AIシステムに影響を及ぼすのかとも考えましたが、AIシステム持ちのスマートフォンやスマートグラスを始めとする端末では、AIの乗っ取りは現時点では発生していません。
つまり、アイチップのシステムに入り込み影響を及ぼしているのだと考えられます。だとするのならば、ウィルスはアイチップ上で製作されたものではなく、パソコンなどの端末を用いて製作されたのでしょう。
それを、何らかの形でオーダーアイチップに仕込んだ犯人がいるわけですね。
どうやって仕込んだかですが、オーダー製のものは厳重な管理体制のもとで製作されていると聞きます。一見難しそうには見えますが、関係者ならば容易でしょう。
そのことから、オーダーを受けているメーカーの関係者、それもオーダーシステム構築の担当者ではないでしょうか。
私は、仕込んだ人物とウィルスを製作した人物は別人ではないかと考えています。その方が効率がいいからです。
何が目的であったにしろ、自分の身を守るには、自身にたどり着き難い方がいい。どうやって懐柔したのかは知りませんが、ウィルスの開発者は自身にたどり着かれることを恐れている。
しかし、その割にはある種有用性の高いウィルスです。これが、アイチップだけではなく、交通網のシステムに入り込むなどした場合、ほぼ間違いなく交通機関は麻痺。車の操縦もできなくなるでしょう。現状、メーカー各社は、心当たりのある人はアイチップとの連携を切るよう促しているそうですし。
さて、ここまで書いてきましたが、最後に私が考えている目的について記し、今回の更新を締めたいと思います。』
「さっき送ったリンクでも読んでんの?」
「ああ」
目の前に座った翔に適当に相槌を打つ。
『その目的は、個人情報やそれに付随する企業、政府などの情報を収集することではないかということです。
もちろん、官僚や政治家にもアイチップを使用している人は多くいるでしょう。なんせ、日本でアイチップが一般化した背景には、国の政策が大きく関わっています。であるからこそ、今回アイチップが犯人の標的になったのではないでしょうか。』
「最後で急に胡散臭くなるな」
冷めかけた味噌汁を一口飲み込むと、翔にそういった。翔は焼き魚をつつきながら「だよな」と答えた。
「でも、前半は面白かった」
「まじかよ」
「ほら、アイチップのシステムだけに影響を与えてるってあたり」
「確かにあの辺はなるほどって感じする」
もう一つ気になった記述があったのだが、それに関しては、後で読み返すとしよう。いつでも見返せるようにアドレスを視界左上にある付箋にコピペする。視界を一部遮るブラウザを閉じると、目の前に残っている昼食に手を伸ばした。
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