第13話 朝

 焼きたてのトーストを頬張りながら朝のニュース番組を見る。今日は週に2日ある取り損ねた必修科目の日だ。

『ニュースなら、私が毎日表示してるじゃないですかー』

「たまにしか早起きしないんだから、別にいいだろ」

『まあ、それはそうなんですけど』

自分の役目を取られて悔しいのか、不服そうにピコがつっかかってくる。彼女もまた、俺と同じようにこんがり焼けたトーストを美味しそうに頬張っている。前のAIが俺と同じものが食べたいと言ったものだから、買った拡張セットだ。ピコはメロンパンの方が好きだとかなんとか言いながら、トーストを食べている。

『礼斗さん、鴇さんとデートして以来ずっとアイチップとAIのこと調べてますよねー』

「それがどうかしたか?」

『別にどうもしないですけどー』

何か言いたいことがあるのだろうか。ただ、文句を言いたいだけなのかもしれないが。

「今日の特集は、『広がるリンクの謎』です。先日、大手アイチップメーカーが自社のホームページ上に掲載したある文章が、インターネットのSNS上で話題を呼んでいます。『AI及びアイチップ乗っ取りに関する注意喚起』というタイトルで掲載されたその文面には……」

テレビからそんな声が聞こえ、ぼーっと眺めていた番組に目と耳を傾ける。

『リンクですか……そういえば、先日そんなメールが届いてましたね』

「黙って」

『はーい』

 返事をすると、ピコはこちらに背中を向ける俺と同じようにニュース番組に注目する。おそらく、視界認識を用いているのだろう。その特集によると、どうやら無差別に送られてくるリンクをクリックすると、アイチップやアカウントとつながりのある他者に自動的に同じリンクが送信されるのだという。それだけではなく、リンクをクリックした本人は、ウィルスのようなものに侵食され、徐々にアイチップの制御ができなくなるらしい。アイチップ以外の端末の場合、他者にリンクが送信されるだけらしいのだが、まだそれ以上はなにもわかっていないのだという。警察も動いているらしく、起点となったインフルエンサー及び、そのリンクの製作者を探しているそうだ。俺はふとゆりあさんのことが頭をよぎり、ピコに声をかける。

『なんですかー』

「ゆりあさん宛のメッセージ作成」

ゆりあさんの名前を出すなり、ピコは目をキラキラと輝かせ、新規メッセージの入力画面を表示させる。

『さては、今の特集のことですね? そうですよねー、鴇さんの症状と似てましたもんねー』

「なんで、そんなにはしゃいんでるんだよ」

『鴇さんとの関係が進展するといいなと思って!』

「そうか」

俺はピコに相槌を打つと立ち上がり、家を出た。

 『4番線に電車がまいります。白線の内側までお下がりください』

ホームのアナウンスが流れる。満員電車を避けるため、朝から講義のある日は普通電車に乗って通学することにしている。とは言っても、混雑はするのだが。最寄駅に2社が乗り入れていることもあって、乗り降りの激しい駅だ。悪天候の日でなければほとんどの場合、大学の最寄り駅まで座ることができる。そのぶん幾らか時間はかかるが、満員電車に揉まれるよりはましだ。

「音声認識オフ、視線操作に切り替え」

電車に乗り込む前に指示を出す。

『了解です! 公共交通機関モードに切り替えます』

「ありがとう」

波に飲まれるように、電車に押し込まれる。座席の空間を見つけ座った。いつものようにブラウザを起動させ、今朝読みかけた掲示板のスレッドを開く。書き込まれた文字を眺めながら最寄り駅までの時間をすごした。

 ゆりあさんのアイチップの不調は恐らく例のリンクによるものなのだろう。各メーカーは対応に追われているとはいえ、いずれ解決するはずだ。ならば、そこまで心配することでもないと思う。今年落とせば後のない講義とは分かりながらも、適当に聞き流す。友人たちは出てノート取ったりしてれば簡単に単位が取れると言っていたし、そこまで身構えるほどのものでもないのだろう。念のためスマホのボイスレコーダーを起動させているが。

『鴇さんから、メッセージが届きましたっ!』

通知からメッセージウィンドウを表示させる。

『礼斗さん。私も、それかなーと思ったんですけど、リンクが送られてきた形跡とか、開いた覚えとかもなくって……。でも、症状は似てるので、もしかしたらなんらかの切っ掛けで、ウィルスに感染したのかなって思ってます。教えてくださってありがとうございます』

『相変わらず返信早いし、丁寧ですよねー!』

ああもう。いちいちはしゃぐなよ。授業中なんだから。俺は、心の中で視界を占有する勢いではしゃいでいるピコに悪態をつく。もっと小さい表示サイズにしたほうがいいのだろうか。オリジナルより小さめに表示しているのだが、踊り出すと邪魔のだ。どうせ音声認識を使っていないのだ、切ってしまってもいい気はするのだがこうして、授業をサボるにはいたほうが何かと便利なのだ。それにしても、原因がリンクのクリックじゃないというのはどういうことなのだろうか。他に感染経路があるということなのかもしれない。ゆりあさんのためにももう少し調べてみたほうがいいか。

『そういえば、ご友人から何やらリンクが届いていますよ』

ピコが徐に通知を出す。何をするでもない講義を聞いているだけのこの状況に飽きたのだろう。リンク……その単語に思わず身構える。その時、講義の時間が終了したことを知らせるチャイムが鳴った。

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