第5話 連絡

 会う人、会う人に聞かれ続けた質問から始まったその日の会話は、映画鑑賞後には映画がどうなのかになり、鴇さんの話に移行していった。

「いいなー。そんな可愛い人と知り合う機会ができるなら、俺もモニター応募すればよかったー」

翔は 体を預けるようにもたれかかっていた椅子から起き上がりながら「で、連絡するのか?」と聞いて来た。

「ああ。一応? AIも連絡しろってうるさいし……」

俺の返答を聞くなり、いいなー。とつぶやき今度はテーブルに突っ伏した。こんなこと言っているが、こいつには高校の時から付き合ってる彼女がいるし、その彼女は時折ファッションスナップを取られているほど、可愛い。

「もう、付き合えよ」

「早いわ! 今日ほとんど初めて話したようなもんだぞ」

俺は、翔の言葉にすかさず返答する。こいつは適当なテンションで、そんな偶然はなかなかないだとか、もうむしろ今から連絡しろだとかブツブツ言っている。

「お前、彼女となんかあったのか」

あまりに、やる気のない翔の態度を不思議に思い、尋ねる。

「わかる?」

顔をあげ、泣きそうな表情でこちらを見上げた。その問いに「わかる」と答えると、翔は彼女と喧嘩したのだと言い出した。

「……またか?」

すでに今年二度目。おそらくまたくだらないことで引っ込みがつかなくなってるんじゃないかと思うが。

「また。でも、今度は彼女の方が悪いと思うんだよな」

「何があったんだよ」

「彼女、新しAI入れたんだけどさ、そのAIが好みだとか言いだすんだぞ……挙げ句の果てに、そのAIと付き合いたいとか」

「お前も、同じようなこと先月言ってただろ」

「そうだけど……」

翔は力無い声で同意する。しかも、それで先月喧嘩している。もう同時にAIを入れればよかったのにと思ってしまう。自分がそれで怒ったことを忘れている相手も相手な気もするが。

『女の子は、そういうものです!』

「うちのAIが、女の子はそういうものだって言ってんだけど」

『言っちゃうんですか!? 内緒にはしてくれないんですか!』

「先に、盗み聞きしたのそっちだろ」

『それは、礼斗さんが音声認識を切り忘れてるのが悪いと思います』

「お前、音声認識切ってなかったのか?」

翔が呆れた顔をする。

「忘れてた」

「光ってないから、切ってんのかと思ってたわ」

「ああ。発光切ったままなだけだ。明るさとかで音声操作がオンオフになるから、あんまり気にしてなかったんだよな」

「は? 発光切れんの、それ」

「切れるよ」

「マジかよ。すげえ」

『ですよね、ですよね! ほら、ご友人にはこの良さが伝わったじゃないですか。それに比べて、礼斗さんの最初の反応は……はぁ』

「ピコちょっと黙ってて」

『了解ですー』

頰を膨らまして、視界から消える。

「発光切れるっていいなあ。AI起動しててもバレないじゃん」

「それはそうだけど」

「そしたら、彼女に私よりAIの方が大事なんでしょ! とか言われなくて済むわけだろ」

「何、お前そんなこと言われてんの。そりゃ、AIと付き合いたいとか言われるだろ」

「お、お前俺の味方じゃないのかよ」

「だってなぁ……」

いちいち相手にしていられない。最初の頃こそ、真面目に相談に乗っていたが、いつも惚気話を聞かされて終わることに気がついてからは、適当に聞き流している。まあ、それでもよほど困っているような時はちゃんと話を聞いているんだが。

「どうせ、時機に仲直りしてるんだろ。今回は別れるほど拗れてないんだろうし」

言葉を続けると、翔は「そうだけど」と言った。俺は、小さくため息をつくと、「で、何が納得いってないんだよ」と尋ねた。

「俺だけ文句言われるのおかしいじゃん。俺、付き合いたいまでは言ってないのに」

そこか。それぐらい許してやればいいのに。

「別に彼女も本気で言ってるわけじゃないんだろ?」

「ああ」

「なら、気にしなくていいじゃないか」

大きなため息を吐かれる。どうやら、そういうわけにもいかないらしい。難しい。俺より、ピコの方がいいアドバイスできるんじゃないか。なんとなくだが、そんな気がする。

「ピコにも相談するか? 女性AIだし、俺より参考になるんじゃないか」

翔はそれもそうかと呟くと、自身のAIを呼び出して話し始めた。おいてけぼりである。彼女の前でもやってるのではないかと思わず不安になる。だとしても、お互いそうなんだろうけど。

「ピコ表示」

『はいはーい! 呼ばれて飛び出てなんとやら! ピコです!』

「テンション高いな。バックグラウンドで何してたんだ?」

『先日閲覧してたサイトの履歴の読み込みです』

「そうか」

『そういえば、ご友人はいいんですか?』

「自分の端末のAIに相談してる」

『なるほど、なるほど! では、礼斗さんは、鴇さんへの連絡の取り方の相談ですね?』

実に楽しそうだ。もうこのAIはこういう性格なのだと割り切った方がいい気がする。

『恋バナ大好きですよ! 標準的な女性像をイメージして制作されてますから!』

そう言いながら、どこからかカフェセット——一人用の丸テーブルと椅子、それに飲み物とケーキの有料のモーション拡張セット——を取り出してくると、ニコニコとしながら椅子に座った。

「それ、対応してたの?」

『基本的に、第3世代以降のAI用モーション拡張系は全て問題なく動作します。解像度に多少の差異があるので、違和感が出るかもしれませんが。ちなみに第2世代までは、メーカーによるのでオススメはしません。対応メーカーのデータはインストールされておりませんので、モーション拡張の際は第3世代以降をお勧めいたします』

テーブルがあるからか、そこに台本を置き、チラチラと見ながら話していた。

「なるほど。とりあえず、新規メールの作成」

『了解です!』

ピコは、嬉しそうにくるりと回ると、左上を指差した。そこに、新規メール作成ウィンドウが表示される。 何を言ったわけでもないのに、すでにアドレスが入力されていた。

「何やってんの……」

『あれ? 違いました? 礼斗さんの傾向的にそうかなと』

前のAIの学習データか。俺は小さくため息をつくと折りたたみ式のキーボードを取り出し接続する。それを見た翔は、AI相手の惚気話をやめ「メール作るのか?」と聞いてきた。

「連絡しないのも失礼かと思って」

「お前そういうとこ律儀だよなぁ……。メールの書き方なら、相談乗るぞ?」

さっきまでの落ち込みようはどこに行ったのか。ひとしきり惚気話をして満足したのか、翔はピコと同じような雰囲気を纏いながらそう言ってきた。

「普通に書いたら大丈夫だろ? お前に相談するほどでも……」

「甘い! どうせお前のことだ、かたっ苦しい文章になるに決まってる」

「それの何が悪いんだよ」

ムッとして言い返す。翔は、「悪くないんだけどな、悪くはないんだ」と前置きした上で女性に対するメールの書き方について説明を始めた。……こういうことに妙に慣れてるところが、彼女と喧嘩する原因なんじゃないだろうかと本気で思う。中学からの付き合いだが、こいつに彼女ができたのは高二の夏だ。それまで、好きな人らしい人も居なかったはずなのだが。


 家に帰り、メールの続きを作る。別れ際の友人の姿が浮かぶ。

「何が、思いやりすぎないことだよ……」

『ご友人の発言は、的を居ていると思いますよー』

ピコは書いたメールの添削をしながらそう言う。あくまでも彼女に搭載された女性らしさと言う部分からの添削だが。


『鴇さん


今日は、お話できて楽しかったです。

「パボ・レアル」、大好きなんですね。俺も、ピコに振り回されながらですが、だんだん好きになりつつあります。

鴇さんのオススメのアプリとかありますか? 俺は、ゲームばっかりしてるんであれなんですけど……』

ピコはメールを読み上げ固まる。

『これはひどい! もう少し、ナチュラルになんとかならないんですか!』

「無理だろ。初対面だぞ、初対面!」

『一目惚れでした。ぐらい入れたらどうなんですか』

「一目惚れとかじゃないし……」

勝手に書き足そうとするピコを制止する。

『あれ? 一目惚れじゃなかったんですか?』

とぼけた様にそう言う。

「違うから」

『じゃあ、さっき名刺見たときのあの反応はなんだったんですかー?』

 家に帰ってすぐ、どこかで見た名前だと思った俺は、説明会の時の紙袋を漁り、あの日気にも留めなかった名刺を取り出した。そこには、鴇さんの名前が印刷されていた。しかも、丁寧なことに裏には個人の通話アカウントが手書きされている。ピコはそのときのことを記録していたのだろう。いちいち覚えて居なくてもいいものを……

「…… 初めて見かけたとき、 素敵な声だなと思って、一度話して見たかったんです。とかにしておいて……」

不満そうな表情をする彼女に渋々答える。

『了解しましたー!』

嬉々として手紙に書き込むモーションが入り、メールウィンドウに入力されていく。

「それで送っておいて」

『了解です! 返事返ってくるといいですねー』

「ああ」

ピコはケーキを食べながら、ニヤニヤとそう言った。

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