第4話 出会い

 モニターが始まって最初の土曜日。ここ数日で色々なシステムを試して見たが、不具合はなく、概ね良好。相変わらず、ピコはテンションが高いが、動作に支障はない。むしろ、今までのAIよりも検索や登録など些細な――積み重なるとストレスになるような――動作もスムーズで、時間も短い。新しいアイチップで蓄積データが少ないのもあるだろうが、おそらく今までのものよりも幾分かスペックが高いのだろう。さすが新型。

『今日は、ご友人とお昼から遊ばれる予定ですね! そろそろ家を出た方がいいかと!』

ピコの高いテンションにハッとする。入力中だったモニターレポートを急いで書き上げ、送信すると財布など簡単に荷物を詰め、家を飛び出した。

「まだ、電車まで時間ある?」

『大丈夫ですよ! ゆっくり歩かなければ、間に合います!』

 彼女が早歩きのモーションに変わる。俺の視界のわずか前を歩く彼女につられて思わず、俺も早歩きになる。こうしているとリアルなんだよなぁ……ちなみに、今のサイズ設定は3番。彼女いわく、おでかけ用。外を歩く時、なんとなく宙を歩く彼女に違和感を覚え、おすすめの比率に変更したのだ。本当に急いだ方がいいときは、表示を切って赤文字のタイマーが現れる。心臓に悪いから、あれは本当にやめてほしい。

『そのペースだと、乗り遅れますよ』

 考え事をして居たら、ペースが落ちて居たらしい。ピコに急かされて、駅に向かう足が速くなる。

 メッセージアプリを起動し、友人に電車に乗ったことを伝える。すぐに帰ってきたメールに、友人が電車に乗り遅れたことを知らされた。俺は、待ち合わせの駅でどうやって時間を潰すか考えながら待ち合わせ場所へ向かった。


 道中、駅の近くにカフェがあったことを思い出し、コーヒーを頼み窓辺のカウンター席に座って居た。読みかけの本を開き、窓の外を眺める。文字の読みやすさを調整すると、友人からのメールの着信を表示するようにピコに指示を出し文章を読み始めた。

 10分ほど経った頃だろうか。視界の端で書類が散らばるのが見えた。立ち上がり、書類を拾い集めるのを手伝う。

「あ、ありがとうございますっ」

聞き覚えのあるその声に思わず顔を上げる。説明会の受付の女性社員だった。

「私の顔に何か、付いてますか……?」

「い、いえ。そういうわけではないのですが」

俺が答えると、彼女はハッとした顔でこちらを観た。

「その色……モニターの方ですか?」

彼女は、俺の目を覗き込みながら可愛らしい声でそう尋ねてきた。

「はい」

「そうだったんですね。通りでどこかで観たことがあると思いました」

彼女は安心したような微笑みを向ける。拾い終わると、椅子に座りなおした。

「ありがとうございました。大事な書類だったので、助かりました」

「どういたしまして」

俺は、電子書籍のウィンドウを開きなおしながら答える。

「実は、待ち合わせ中なんですけど……」

「相手が来ない。とかですか」

「そうなんです。もう30分も待ちぼうけです……」

彼女はわずかに沈んだような声でそう答える。

「俺も、待ち合わせなんですけど、友人が電車に乗り遅れたとかで」

「じゃあ、一緒ですね」

彼女は眉尻を下げた複雑そうな声でそういった。俺は電子書籍にしおりを挟みなおし、閉じた。

「そうですね。それ、もしかしてレポートですか? チラッと見えてしまって……」

「あ、はい。昨日までに送信いただいた、モニターの方のレポートです。結構皆さん楽しんでいただいているようで、読んでいると元気をもらえるんです」

「そうなんですね」

そう言って綻んだ彼女の顔があまりにも可憐で可愛らしく、慌てて窓の外に顔を向ける。

「『パボ・レアル』どうですか?」

職業柄だろうか、弱々しさに好奇心が混ざったような声色で、レポートに目を落としながら、そう尋ねて来た。

「結構、いい感じです。今まで使ってたものより、処理が早いですし、視界認識の精度も今まで以上に高くなってますから」

俺が答えると、彼女は嬉しそうに口角を上げると、アイチップの特徴を弾んだ声色で語り出した。しばらく彼女と「パボ・レアル」について話し込んでいると、彼女の目の前のウィンドウをノックする女性が現れた。

「あ! お姉ちゃん!」

その女性に向かうと、彼女はそう言って荷物をまとめ始めた。

「あ、私の名前『ときゆりな』って言います。今日はありがとうございました」

鳶礼斗とびあやとです。今朝レポート送信したんで、問題なく送れてれば届いてるかと」

「ありがとうございます! 週明けに確認するの楽しみにしてますね」

彼女はそう言って、少し考えた後、一枚の紙をテーブルの上に残し店を出て行った。俺は、その紙を手にとって裏返す。

『アドレスですね! それも個人の。あ、こっちは通話アプリのアカウント! さすがですね!』

楽しそうなピコの声が聞こえる。

「何言ってんだ」

『これは、連絡してくださいってことですよ! あとで連絡してください!』

はしゃいでいる。全力で面白がっている。彼女がいないってわかった時のあの空気を読んだピコはどこに行ったんだ。

『さては礼斗さん、呆れてますね!』

「褒められて嬉しいのか……」

『当たり前じゃないですか! 褒められて嬉しくない女の子なんていませんよ!』

この音声認識の精度の良さもどうにかしてほしい。思わず溢れる言葉が全て、AIに筒抜けだ。いや、感度のいいマイクを使っている自分にも非はあるのだが。ピコは、先ほどの会話で鴇さんから、一押しの初期AIだと言われたのが、よっぽど嬉しかったらしい。先ほどからくるくる回っている。このままだとまた無意味にクラッカーを取り出して来そうな勢いだ。

『メールとアカウント、電話帳に登録しますか?』

ハッとしたように、尋ねてくる。最初に認識した時点で聞いてこなかったのは、職務怠慢じゃなかろうか。

「頼む」

俺がそう言うと、くるくる回りながら『かしこまりましたー!』と言って、手帳を取り出し書き込んだ。連絡先の確認画面が表示される。間違いがないかを確認し、登録を選択する。しかし、これは連絡とってもいいものなのだろうか。あとで翔に会ったら話してみようと思いながら、窓の外を行き交う人々を眺めていた。

 ピコンと通知音がなる。ピコがメールが来たと言って、ウィンドウを正面の駅ビルに掛かるように表示させた。翔からのメールだろう。先ほど通知を指定したため、視点の位置にウィンドウを表示させたのだ。視界認識で、移動中と判断される場合は、邪魔にならない形で通知されるのだが、座ってぼーっとしているだけだ。視界の中央に表示しても問題ないと判断されたのだろう。到着を知らせるメールに返信すると、翔の待つ駅ビル内へと向かった。


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