幕間

 照明を落とした暗い部屋の中で私は、パソコンのディスプレイを眺めていた。傍に置いた入れ立てのコーヒーはまだ湯気をあげている。

「想像よりも早い……か」

 アイチップ用AI開発メーカーのホームページ上に掲載された文面を眺めながら呟く。「我が子」に対する、注意喚起。アイチップのAIだけに作用するように仕込んだそれが上手く作用していると言う証。おそらく、このメーカーが一番手になるのだろう。……と言うことは、彼女を除いて確実に感染・発症しているのはこのメーカーの関係者か、ここのAiを使用しているアイチップとなる。もちろん、アイチップの開発、製造メーカーも知っているはずであるから、数日中には似たような文面が関係各社のホームページ上に掲載され、一週間か二週間程度でニュース番組でも特集が組まれるだろう。なんにせよ、「我が子」の存在が世間に広く知られるのには一ヶ月もかからないはずだ。

 開いていたブラウザを閉じ、あるゲームを起動させる。VR用のヘッドセットを取り付け、コントローラーを握る。音声や動作で操作をすることも可能だが、私の部屋はそんな余裕があるほど広くはない。その上、うっかり「君」のことを傷つけてしまっては、元も子もない。実世界と切り離された空間で、そばにあるはずの「君」の方を向く。サブアカウントでログインすると、互いに共通点のなさそうなゲーム仲間数人に、リンクを送りつける。皆が皆、簡単に引っかかるわけではないだろうが、いくらかの効果はあるだろう。アイチップとの連携を行なっていなくても、リンクを開いた時点でそのアカウントとの繋がりのあるアカウントへリンクが自動送信される。送信先の選択は無作為に行われ、アカウントの持ち主は愚か、私にも操作することはできない。もし、万が一私がうっかりアイチップでリンクを踏んでしまったら、自身のアイチップの制御が不能になると言うことだ。それだけは気をつけなければならない。

 一通り送り終えると、メインアカウントからログインし直す。

『やっほー』

相変わらず、雑談中だったのか、先ほどリンクを送信したゲーム仲間の一人からチャットが送られて来る。

「ばんわー」

『ねね、  ってアカウント知ってる?』

「知らない」

『だよねー。あたしも聞いたことない名前なんだけどさ、突然変なメッセージ来たから、誰か知り合いだったりしないかなと思って聞いて回ってんの』

「なるほど。それってどんなメッセージ?」

 ゲーム内の手紙機能を利用したリンクの送信。チャットでは字数制限に引っかかりリンクを全て送ることができない。その点、手紙機能を利用すれば、字数制限内に収まり、リンクを選択することでブラウザを起動させることもできる。

『なんか、やたら長いサイトのアドレス』

「そんなに長いの?」

『そー。多分、手紙の上限ちょうどぐらい?』

「長いな」

手紙機能の上限は、だいたいA5用紙2枚分ぐらいの大きさがある。余白やいくらかの制限はあるにしても、受け取った方は相当な長さに面食らうだろう。

『だよね。なあ、レンならこれどうする?』

おそらく同じことを、ログインしている友人全員に聞いているのだろう。そう言う人間だ。

「コピーしてクリップボードに保存してから、ゲーム外で開く」

『なるほどな。乗っ取り対策ってことか』

「ああ」

それが効果的かどうかは知らないが。アドレスを吟味する意味でも、一度別の場所に貼り付けることは意味があるだろう。ゲーム仲間に答えながら、狩りにでる支度を済ませ、クエストを受ける。

「海いかないか?」

おそらく、どこかの街マップでダラダラしているであろう友人に問いかける。

『森は? 今、森の方が綺麗だろ?』

ゲーム内と現実世界の景色が連動している影響で、新緑のこの季節は森林マップが鮮やかな葉の色とそれを引き立てる日差しがバランスよく、人気のスポットだ。秋は森林マップの一部が美しい紅葉に囲まれる。

「綺麗だけど、混んでるだろ」

『それは、一理ある。まあ、シーズン前の海もいいか』

ゲーム仲間はじゃあ、海で待ち合わせな。と言いながらゲーム内の音声通話をかけて来た。

応答し「了解」と短く答えた。

『ああああああああ!』

ゲーム仲間の叫び声が聞こえる。

「どうした?」

『さっき言ってたリンク、間違ってクリックしたっ』

どうやら相当焦っている。

「直接?」

『直接』

「ドンマイ」

『これ、乗っ取りとかなんないよな』

「知らない」

ゲーム仲間は、『だよなぁ……』とつぶやき小さくため息を零した。

「開いたものは仕方ないんじゃない?」

『そうだけど』

納得いってないのか、腑に落ちないのか。まあ、事故ならなおさらだ。こちらとしては、上手くいってくれたことに感謝するが。

「とりあえず、海の家で待ってるから」

『あいよー』

安全地帯に移動し、外部カメラを用いた擬似現実に切り替え、傍に置いていたコーヒーに手を伸ばした。

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