第3章 侵食
第16話 鴇ゆりあ
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失敗はしなかったが、成功したとも言い難い。
気づかれたのだ。
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私のAIは日に日に言うことを聞かなくなっていた。だから、仕事中は学生時代に使用していたアイチップを一時的に使用している。
「でも、折角作ってくれたんだし、どうにかしたいよ……」
両親から、就職祝いにと送られてた「パボ・レアル」の原型となったオーダーアイチップ。娘で実験したいんじゃないかと最初は思ったし、反抗期真っ只中の頃ならそう言って突っ返していたと思う。でも、使ってみると思っていた以上に便利で、ちゃんと私の好きなものや仕事を考慮したシステムになっていた。私が便利だと伝えたシステムが、モニターテスト用の「パボ・レアル」に実装されているところを鑑みると、実験的な部分がなかったと言い切ることはできない。それでも、私にとっては大切な宝物だ。保管用ケースに入れたそれを見ていると少し切なくなってしまう。
「どうにかして元に戻せるといいんだけど……」
ロッカールームを後にして、デスクへ向かう。
「おはよう!」
「おはようございます!」
「どうしたのー? 最近元気ないじゃん」
私の教育係の先輩に声をかけられる。明るく、元気よくがモットーで、彼女の周りにはいつも笑顔が溢れている。
「アイチップの調子が悪くって」
「前、話してくれたやつ?」
「はい。大事なものだから、どうにかならないかなぁって」
「それなら、あいつに相談して見たら?」
自分の席に座りながら先輩はそう言った。先輩の言うあいつに心当たりがなく、「誰ですか?」と聞き返す。
「ほら、ゆりちゃんの同期に樫葉っていたでしょ? 彼、大学でアイチップのアプリ作ってたらしいから詳しいんじゃないかなって」
「ああ! 樫葉さんですか」
絵に描いたような好青年と言う感じの同期。芸大に行っていたらしく、どこか浮いている印象がある。決して悪い人ではないし、どちらかと言うといい人で話やすいのだけど、言葉で言い表せない何かが違う気がする。
「あ、もしかして仲悪かったり……?」
少し開いた間に不安を感じたのか、先輩が心配そうな声色で訪ねてきた。その言葉に、頭を振りながら、できるだけ明るく否定する。
「同期で集まってお昼食べたりしますし!」
私の言葉に安心したのか、ホッとしたような表情を私に向け、先輩は「なら良かった」と小さく言った。
「そうですね、それなら今度聞いてみることにします」
私がそう答えると、先輩はウィンクしながら親指を立て、仕事を始めた。
先輩が広報として『パボ・レアル』プロジェクトに関わっていた関係で、私もそのチームに振り分けられ、先輩の手伝いをしている。私の今の主な仕事はモニターの人たちから提出されるレポートから使えそうなコメントを探したり、特定の単語や項目における変化を調べたり。要するに、製品化された時に広告やパンフレットなどで使用できるデータ作り。先輩曰く、ユーザーが見えないと広報はできないから、らしい。今はまだ目の前の仕事をこなすだけで精一杯だけど。それでも、モニターの人たちの生の声をはじめに見ることができるのは楽しい。もちろんいい評価ばかりではないけれど……。
今朝までに送られてきた、レポートに目を通す。その中に、奇妙な記述を見つけた。私は、同じようなことが書かれているものがないかを確認し、先輩に声をかける。
「Aiの挙動がおかしい? これ以外に同じようなことが書いてあるものは?」
「ありませんでした」
先輩はしばらく考えた後、「このレポートの送信者に連絡して、きっかけとかなかったか聞いて。それから、それ持って開発部の大友主任を訪ねて」そう言った。
「わかりました」
私は、レポートの送信者のプロフィールを確認し、電話をかける。
『はい、山本です』
「私『パボ・レアル』プロジェクトチームの鴇と申します。山本さゆり様でお間違いないでしょうか」
『はい。さゆりは私ですが……』
「突然のお電話すみません。昨日、送信していただいたモニターレポートの件でお伺いしたくお電話させていただきました」
『ああ! AIのことね!』
「はい。ご迷惑をおかけしており、申し訳ございません」
『ごめんなさいね、レポートは昨日の夕方ぐらいに送信したんだけどね、今朝になったら何事もなかったみたいに、戻ってたものだからすっかり忘れてたわ!』
「左様でしたか。今後、同じような不具合が出ないよう対応させていただきたいと考えております。念のため、きっかけや心当たりのようなものがございましたらお教えいただけますでしょうか?」
『切っ掛けねぇ……何かあったかしら。ちょっと待ってね、今思い出すから……』
無言の時間が流れる。電話中に生まれる間が苦手で思わず体がこわばる。
『そうだわ! すごく長いアドレスを開いたのよ! 確か、それからおかしくなったわね……』
「長いアドレスですか……お手数おかけしてしまいますが、可能でしたらで構いませんので、レポート送信サイト内の問い合わせフォームより、そちらのリンクを送信いただけますでしょうか」
『いいわよ! ちょうど今、手が空いてるしすぐ送るわね!』
「ありがとうございます!」
『こちらこそ、わざわざ連絡してくれてありがとうねぇ。レポートちゃんと読まれてるのか心配だったけど、見てくれてるみたいで安心したわぁ。それじゃあ、問い合わせ送るわね』
「お願いいたします。貴重なお時間、ありがとうございました。失礼いたします」
私は最後にそう言って、電話を切った。
「どうだった?」
電話中、心配そうにチラチラとこちらに視線を送ってくれて居た先輩は、私が切ったのを見るなりそう聞いてきた。
「今は、異常ないそうです。ただ、とても長いアドレスを開いた後からおかしくなったとか……」
「ウイルスの類かしら……だとしたら、脆弱性があるということよね……そのアドレスは?」
「問い合わせフォームより送信いただくようお願いしました」
「それじゃあ、それ来たら開発部に転送して、レポート持って報告いって来てねー」
もう一度そう指示を繰り返した先輩に返事を返す。しばらくして届いたアドレスに数行の説明を足し、印刷したレポートを持って開発部に向かうため席を立つ。
「そういえば」
思い出したかのように、先輩は口を開いた。
「怖いだろうけど、絶対に話聞いてもらって来て。大丈夫、ゆりちゃんの押しの強さを活かしてくればいいから。じゃないと、大友主任はメールなんて見て見ぬ振りするからね!」
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