第38話 答え合わせ
「まず初めに、どうやって数字を見つけたんだい? あれは、感染者にしか表示されていないはずだし、それも見つけづらいようにしてあったはずなんだけど……」
数字とリンクには関連性があったらしい。
「数字を見つけたのは偶然です。たまたま気になったので、すぐにスクリーンショットを撮影してって感じです」
「偶然か……。まあ、そうだよね。なら、そこからどうやってここへ?」
「ピコ……俺のAIが透明度に差があるって言ってて。最初は文章だったんですけど……」
「なるほど。ということはAIは長い間生きていたのだね。ここに来れたということは、今は動いていないのだろう?」
「その通りです。ピコは今自室のソファで眠っています」
「なるほど、なるほど。そういう可能性もありなのか」
そう言って、彼はどこからか取り出したメモ帳に書き込む。なにに納得しているのだろうか。よくわからない。
「ピコと言ったね?」
「はい」
「じゃあ、礼斗くんはモニターの人なのかな」
「そうです」
彼は「なるほど……」と頷いたあと、小さな声で何かをつぶやいていた。
「俺からも質問していいですか?」
レンさんは壁の写真を見た後、「どうぞ」と言った。
「まず初めに。あのアドレスはなんなんですか?」
「あれかい? 大したものじゃないよ。アイチップであれを開くと自動であるシステムのインストール準備が始まる。それ以外の端末では、アドレスを拡散するだけだからね」
「システム?」
「AI吸収システム。感染した人の端末にあるAIを吸収して統合する。よりリアルなAIによる応対のために開発された。もっとも、あいつは無駄だと言ってオーダー部門への提案すらさせなかったがね」
目の前に座る彼が、「あいつ」と言った時、そこに確かに恨みの色が浮かんでいた。
「あいつ?」
「ここに来たということは君も読んだのだろう? 私が書き綴った文章を」
俺の問いかけに彼はそう返した。その言い方に一つの文章が浮かんだ。ほとんどが文書作成ソフトで作られた文章だったのに対し、その一つだけが手書きの文書だった。
『あの男の言葉が、頭から離れない。あいつが……。俺たちの苦労なんて何もしらないような顔をして。まともに仕事もせず、あの椅子に座っている。あいつがいなければ……。レン、すまない。私はもう耐えきれそうもない。君と話していたあのシステムを押し付けてしまうことにはなるが、許してくれ』
短い言葉で綴られたそれはまるで
「遺書……」
俺がそう言うと、レンさんは顔を歪ませる。
「違う。遺書なんかじゃない。俺への伝言だ。あいつはまだ死んでない」
そして、声を荒げてそう言った。
「あいつは、今もそこにいるし、俺と話しだってできる。俺は認めない。あいつが死んだなんて」
まくしたてるようにすごい剣幕でそう言い放った。
彼が指差した、壁には写真が飾られているだけだった。おそらく等身大なのだろう。有名人でもなんでもない人物の写真。きっと、そこに写っているのが、レンさんの文章の中にあった、『君』なのだろう。そして、おそらくすでに亡くなっている。
「そこには、誰も……」
「俺には見える。あいつは今もそこで俺の方を向いているし……あ、ああ。そうだな。落ち着くよ……」
見えない誰かにたしなめられたのか、彼は深呼吸をして気分を落ち着かせようとしている。
「多分、AI。亡くなったご友人の姿を模したAIを作って、音声なんかもそこから合成させてるんだと思う」
ゆりあさんは、俺だけに聞こえるぐらいの声でそう言った。何度もこの光景を見ているようだった。
「取り乱してすまなかったね。ついね、彼のことになると頭に血が上ってしまって……もう何年もなると言うのに……」
俺はその変わりように鳥肌がたった。触れてはいけない。この話題に触れないように気をつけなくては。身体中がそう感じているようだった。
「いえ、こちらこそ失礼なことを言ってすみません」
「大丈夫だよ、気にしないでくれ。それで、君が聞きたいのはそれだけじゃないだろう?」
彼は、話題をそらすように、そう尋ねて来た。
「はい。あのアドレスを拡散させたのは、レンさんあなたですか?」
「そうだね……、そうとも言えるし違うとも言える」
「どう言うことです?」
複雑な空気が流れる。気持ちの悪い間が開いた。
「最初の感染源は、ゆりあちゃんだ。おそらく君も聞いているだろう? 彼女のアイチップが、君の使っているそれの原型だと」
「それは聞いていますが……」
ゆりあさんを見ると気まずそうに顔を伏せていた。
「彼女のアイチップのシステム開発をしたのは私でね。AI吸収システムをはじめとして幾つか実験的に新システムが実装されているのだよ」
「じゃあ、その中に拡散させるように……」
「ああ、AIに指示を出しておいた」
「……そうですか。なら、そうとも言えるってさっき仰ったのは?」
「あるゲーム内であのリンクを最初に送ったのは私だからね。そこからどう広まったかは知らないが」
「ゲーム?」
「ああ。もしかしたら君もやっているかな?」
その言い方に、一人心あたりがあった。俺は、審議を確かめるように呟く。
「アサシンのレンさん……」
「正解。やっぱり知り合いだったね。なんとなくそんな気はしたんだよ」
彼はクイズを正解した子供のように嬉しそうな笑みを浮かべた。彼が、ゲーム内に蒔いた人物だとするなら、彼はわざと自分の友人を感染させたことになる。なんの恨みもなく。ただ目的を達成する一環として。
「レンさんは、何か目的があったんでしょう」
俺は半ば確信を持って問いかけた。彼は、当然と言った顔をこちらに向けた。
「目的は、あいつに私たちのシステムが有用だと認めさせること。実装価値があると感じさせることだった」
「それは……」
「ああ、そうだ。礼斗くんの考えている通りだ。彼のためだよ。彼の努力をなかったことになどさせない。彼のために、私は今回のことを計画した。どうやら、うまく行ったようだがね」
満足そうにそう言った彼の目は、アイチップの光が忙しなく行き交っていた。その様を見るに、彼自身の目的は達成されたのだろう。
「さて。これ以上ここに二人をとどめておく理由もないわけだが……」
彼は、俺たちを見るにそう言った。
「なら、まずゆりあさんをVRモードから解放してください」
「……そうだね、せっかく連れて来たんだが、仕方ない」
数分後、ゆりあさんは瞬きを数回した。
「あ……」
「おかえり。無事に終了できたようだね」
「本当に礼斗さんだったんですね。勘だったんですけど、あっててよかったです」
そう言ってゆりあさんは見慣れた華やかな笑顔をこちらに向けた。安心しているのか、頰がすっかり緩んでいるのがわかる。
「さて、次は君だね。AIを元に戻すのだろう?」
「はい」
「それには、少し時間がかかるが構わないかね」
「はい」
『礼斗さん、新着メッセージです』
俺はそれを迷わず開く。そこにはまた長いアドレスが掲載されていた。
「……これは?」
「まあ、同じようなものだよ。AI吸収システムをはじめとして、最初のリンクを踏んでインストールされたものだけをアンインストールするためのアドレスだと思ってくれればいい。自動的に拡散されるから、安心してくれ」
レンさんはそう言った。俺は、そのアドレスを開く。
『しばらく、視界がジャックされます。よろしいですか?』
少し寂しそうなハルの案内が聞こえる。
「ああ」
『了解致しました』
ハルのその声に応えるように視界は、白く染まった。事前に案内があったからか、あの時ほど取り乱すこともなく、終わるのをじっと待っていた。10分程度経った頃だろうか。再起動が始まり、視界がピーコックブルー一色に変わる。
「終わったかな?」
「ピコを表示」
再起動が終わったそれに対して確かめるように、AIを呼ぶ。
『はいはーい! 礼斗さん! 無事ですか!? あの腹黒AIに騙されてませんか?』
いつも通り、元気な声が返って来た。
「ああ」
俺もいつも通りの返事を返す。
「大丈夫そうだね。終わったのなら、帰ってくれるかい。私はやることがあるのでね」
レンさんはそう言って、俺たちを玄関まで見送った。
「ありがとうございます」
エレベーターホールでゆりあさんが頭を下げた。
「お礼を言われるようなことは……。たまたまゆりあさんが居ただけですし……」
「でも、助かりました。私一人じゃ、いつまで経っても帰してくれそうにありませんでしたから」
「そういうことなら……」
俺は、そう言ってお礼の言葉を受け取ることにした。
「そういえば、電話した時ってもしかして」
「そうですよ。よくわかりましたね」
「少し、違和感があったんで気になってたんです」
俺は、それから久しぶりに会った彼女たわいのない話をしながら家へと帰った。
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