アンクロシング・ワールド

風鈴花

プロローグ

「俺には構わずッ……先に行け!」

どこかも分からぬ場所、建物と建物との間にある細い路地。差し込む陽はとっくのとうに沈み、眩しく点滅するネオンの光が剥がれかけのアスファルトを照らしている。

そこにいるのはひどく焦っている様子の青年と少女。

「でも……そうしたら、あなたがっ!」

栗色の髪を携え、耳にヘッドフォンをつけている少女が叫ぶ。よく見ると青年の腹部からは血液が漏れ出し、血だまりが足元にできている。覚束ない足取りを少女が支える。

「離せっ! 行けと言っているのが分からないのか! 俺は、もう……」

少女の手を払いのけ、冷たく突き放すように言い放つ。その言葉に少女が何か言いたそうに口を開くが、

「あそこだ、なんとしても捕まえろ! これ以上、ボスを怒らせるな。俺達が殺されるぞ!」

騒がしい言葉がそれを邪魔した。青年と少女の後方に男達の集団が現れる。

「ほら、殺人集団のお出ましだ。俺になんか構っていないで、行けよ……。そんで、何としても生きろ。俺からの……俺の最期の願いだ」

(なぁ……俺はお前を少しでも助けることができたのかな……。こんなどうしようもない俺でも、そんなことができたなら死んでも悔いはねぇな)

少女の耳には、そんな強い思いが届く。ヘッドフォンから流れ出る音楽を超えて、胸に心に青年の気持ちが届き、そして少女は走り出した。

青年の思いを背負い、自分達を追うものたちから逃げ、生き延びるために。

背後で爆発音が響き、あたりを烈風が襲う。

少女が後ろを振り向くと、そこは炎が吹き荒れ燃えていた。

ふと、両の瞳から涙がこぼれおちる。

そして走る。逃げる。

ありがとう。

ありがとう。

こんな私を、こんな人に嫌われてきた私を助けてくれて。

私に生きる意味を与えてくれて、救われる道を示してくれて。

そっと耳につけるヘッドフォンに触れ、そして何かを決意したように涙を拭う。

生きてみせる。

生き延びてみせる。

このどうしようもなく絶望してしまう状況でも、私は諦めない。

そして、少女は逃げ続ける。

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