第20話 わたしの闘い
王都の崩れた街の中をモンスターに追われながら必死に走り回る。
どのモンスターもまるで決まった制服で登校しなくちゃいけない学校みたいに、見開かれた眼と牙の間から垂れる涎と荒い息とをあわせもっていた。姿かたちはどれも一様で、おそらくは下っ端のモンスターなんだろう。
『もっと喰わせろ。もっと奪わせろ。俺を満足させろ』
そんなことを思っているのが容易に想像できる。
辺りに存在する赤銅色の染みと脂の匂いとその言葉を合わせると、ますます私の心を苛立てさせる。
私は不幸なことに神様に好かれて、あんなくだらないゲームに命を懸けて参加することになってしまった。だけど、私は神様がつくった人が好きだ。中には、心の奥底でとんでもなく嫌な気分にさせられるようなことを考えている人もいるけれど、それでも中にはひかるみたいな人がいる。
だからこそ王都で起きている惨状には目を瞑ることはできないし、ましてやユリアに言ったみたいにモンスターを殺す必要はないなんて毛頭も思っていない。
背後から五体のモンスターが追ってきている。目の前には新たに三体のモンスターが建物の陰から現れた。
領外にいるモンスターの総数はおよそ二万体と推測されている。この前の騎士達の働きから考えれば、今王都を襲っているのは千体から二千体がいいところのはず。
その中には所謂超級モンスターと呼ばれるものもいるはずだし、あの殺し屋もいる。私がそいつらに敵うとは思っていないけれど、やるからにはすべてを倒すつもりで戦う。
「グルルルルッ!」
喉をならす音が辺りに響き渡る。
「……残念だけど、遊んでる暇はないんだよね。だから、あなた達下っ端は――」
身に潜ませた一つの水晶を取り出す。それを天高く飛ばす。
天に舞い、そして放物線を描く軌道の頂点で静止した水晶には三六〇度、全天の景色が映る。さらにそこに映る景色が私の目にも映される古代の叡智、《観水晶》。その名が示すとおりに私は自分の半径五百Mの景色をとらえている。
そして、もう一つの古代の叡智を取り出し、
「――死んで……」
静かにそう呟き、そして見える限りのすべてのモンスターに照準を合わせた。
私の手に持つ杭に巻かれた鎖は瞬間に私の思った場所まで自由自在に伸び、分かれ、そしてモンスターの心臓を貫く。
どのような場所でも目の届く範囲に鎖を到達させることのできる古代の
言ってみれば古代の叡智を前にしてみれば一瞬なんて絶命させるには長すぎる時間。
だけど、これが使えるの時間はそんなに長くないはず。その間になるべく多くの――
私が多くのモンスターを殺してから十秒と経たないとき、そして心の中でそれを思った時、天上の《観水晶》が割れた。
頭上を鳥獣型のモンスターが過ぎ去る。風圧が私の体に当てられる。
大きな翼、長いくちばしに、鋭い牙。その姿はさっきまでの狼みたいなモンスターに比べれば少し高尚な姿に感じるかもしれない。だけど、その目は依然として変わらず血筋を走らせ獲物を見つけたと言わんばかりに嬉々としていた。
《観水晶》はあのくちばしで砕かれたのだろうか。
「やっぱり……」
そりゃ、空にあんな異様なものが浮かんでいて壊されない方がおかしいけれど、それでもあともう少しは使えると思ったんだけどな……。
「ふぅ……」
そうして一端心の中の空気を入れ替え、鎖を元に戻す。
七つ持っている古代の叡智のうち、一つが壊された、か。まぁ予想の範囲内だけどね。
「キエエエエッ!」
その《観水晶》を鳥獣型モンスターが同族の仲間を五体引き連れてやってきた。
相手は空を舞い、自由に動き回る。鎖で攻撃しても避けられるだろう。だったら――、
「これなら、どう……?」
左手を前にかざし、まるでそこに弓があるかのように握った右手を引き、そして手を開く。
幽かに見える風の奔流が、空を舞いこのみに近づいてきているモンスターへと向かっていく。やがて奔流がモンスターへとぶつかり、その体が大破する。
そう、今私が使ったのは見えない風の刃を作り出す、矢の如く素早く射出する古代の
「それじゃ、遅いよ」
イメージした。幾つもの矢がモンスターを貫く様子を。そして放った。
八つの風の奔流はそれだけでさすがにすべてを当てることはできなかったけれど、その数は空に舞う四体のモンスターを仕留めるには十分な数だった。
私に届くことなく、そして空を飛んだまま、鳥獣型モンスターは体を失った。
ドンッッッ!
それから一瞬もかからないうちに私のすぐそばに大きな震動が起こった。
影が大きく私を覆った。その正体は道脇にある三階建てくらい大きい体を持つ超級モンスターだった。手には大きな斧を持ち、頭に生えた灰色の角と口からはみ出た牙が鬼を想像させ、さらに体毛に覆われた体は筋骨隆々としていて今までのモンスターの比とはならないくらいにその強さを体現している。
「オマエカ……オレタチノ、ナカマヲ……」
片言だが言葉も話す。間違いない、このモンスターは王国に超級に認定されているモンスターだ。
ドンッッッ! ドンッッッ!
その後二つの震動が私を襲った。どうやら超級モンスターがもう二体増えたようだ。
超級モンスターはその体に見合うだけの跳躍力を持っているみたいで、どれもこれもいきなり現れてくる。
皆同じような武器に同じような大きさ、攻撃パターンも一緒なのかな。囲まれているから逃げることはできないし、こんな化け物みたいなのをほかのところにやるわけにはいかない。
ここは何としてでも私が戦って、勝たないと……!
「きっとあなた達は私たちをたくさん殺した。それこそ、人々の希望を一途に背負ったような人たちも。……私はあなたを赦さない!」
その言葉に挑発されてか、一体のモンスターが手に持つ斧を私に向かって振り下ろす。
私はその初動を見て足に身に着けた古代の
通常の肉体では作り出せないであろうスピードで私は一気にモンスターの足元まで駆け寄る。直後、さっきまで私のいた場所は斧で砕かれていた。
はやい!
体が大きい敵というのは動きが鈍重であるのが常であるはずなんだけれど、その筋肉量が物語っているように今回に限ってはそんな甘い話ではないらしい。
だけど、これはチャンスだ。相手が攻撃を行って、隙ができている。あのスピードで動かれてしまったら、攻撃を避けるだけで手一杯になって厄介な事この上ない。あの人に私の居場所が知られるのはまずいから、すぐにこの場所を移動しなくちゃいけないのに。
だからすぐに行動に移した。腰のホルスターから豪華な宝石で装飾がなされた剣、古代の
剣を地面と水平に構え、そして前へと素早く移動しながら刃を振るう。
自身の振り下ろした斧を拾おうとしていたモンスターの片足は私の攻撃で使い物にならなくなる。
「グオオオオウッ」
悲鳴とも聞こえる咆哮を発しながら態勢を崩し、私はモンスターの背中側に回り、傾いていく体を上っていく。肩まで上りつめていって、思いっきり首に刃を向ける。
ごろんと、音をつけるならまさにそんな風に首が地面に落ち、体が完全に倒れた。
二体の超級モンスターは少しの間、仲間がただやられていくのをぼおっと眺めていたけれど、不意にその毛を真っ赤に染め、怒りに満ち満ちた様相を呈した。
「「オオオオオオオオウッ!」」
二体の巨大な体が放つ音は王都中に響き渡るのではないかというくらいに大きく、そしてその動きもさっきのモンスターとはまったく違っていた。
気づけばすぐ目の前に超級モンスターの大きな掌が迫っていた。一体が自らの武器である斧を捨て、特攻してきたのだ。
「くっ!」
私は咄嗟に後方に飛び、だけれども掌底に伴い発生した風圧が私の身を襲い態勢を崩させられ、地面へとしゃがみこむ。
身を大きく覆った影は頭上にモンスターが存在することを示し、急いで頭上を見上げるとそこには斧を持って飛びかかるモンスターの姿が見えた。
攻撃の致命傷は避けられるかもしれないけれど、どう頑張っても攻撃に巻き込まれてしまう。なら、攻撃を防ぐほか方法はない。
身にまとうマントに手をかけ、攻撃がくる方向に投げ込む。直後、モンスターの攻撃によって烈風が辺りに吹き荒れる。
「グググググググッ?」
だがモンスターは疑問のうなり声を放つ。
それもそうで、モンスターの手を襲ったのはとてつもなく固い衝撃。そのせいでモンスターは手から斧を落とし、その動きを硬直させる。
私はその間に《カーヴァ》を《神風刃》へとセットする。
古代の叡智、どんな攻撃でも防ぐことのできる《ソフィアの盾》を元の状態へと戻し、超級モンスターへの道が開かれる。
《カーヴァ》の周りに風の奔流が纏われ、その刃をさらに巨大化する。そして、モンスターの胴体に向かって放つ。
大きくなった刃は風の速さで超級モンスターへと向かい空を奔り、体を真っ二つに分断した。
モンスターにも仲間意識はあるらしく、同じ種のモンスターが倒されると一瞬の硬直が訪れることをさっきまでの経験上わかっていた。
だから情けなんかかけないで、すぐさまもう一体の超級モンスターの方へと飛ぶ。
《思鎖》を取り出しそこから無数の鎖を発現させ、さらに仲間の突然の死を目の当たりにしているモンスターに向かって放つ。
数々の鎖は超級モンスターの体に纏わりつき、その動きを制限する。
「グオオオオオウッ!」
モンスターは自分が縛られていることに気づき、それを必死に振りほどこうとする。
「すごい力だね……、十秒もしたらさすがにちぎられちゃうよ。でも……それだけあったら――」
未だ自分の体が空中にあるままの状態で《神風刃》を目の前に掲げ今までにないほどに力を込める。
目の前に大きな陣が現れ、その周りを風が包む。風が風を呼び、そして翡翠色に静かに光っていく。
「十秒もあれば、ありったけの力を込めることができるし、あなたにはそれだけで絶命には十分な威力……」
「ギギギギギギ――」
攻撃を止めていた、とてつもなく大きな矢をその場にとどめていた右手を静かに話していく。瞬間、嵐がその場を襲いモンスターの叫び声は途切れ、空間からすべての音を持っていった。訪れるのは微かな静寂。
私の攻撃は遥か遠くまで超級モンスターを吹き飛ばし、そしてその体を縦に刻んだ。
私は反動で少し体を後ろへ下げられたけれど、なんとか無事に着地する。
地面に落ちた《ソフィアの盾》と壁に突き刺さったままの《カーヴァ》を手に取り、忙しく足を動かす。
「早く、ここから移動しないと、あの人に見つか――」
足早にその場を去ろうとした時だった、頭痛と眩暈が激しく襲った。思わずその衝撃に足を止め、へたり込んでしまう。
「んっ……、ちょっと使いすぎちゃったかな。だけど、こんなことで足を止めるわけにはいかない……」
すぐに移動して、ほかのモンスターを倒しに行かなくちゃ。
「――んな、イソグことネェだろ?」
「なっ……!」
背後からおぞましい声がした。距離にしたらそこまで近くはないはずだけれど。
心臓が飛び跳ねる思いを必死に我慢して、振り向く。
金色の短髪に、赤く染まった眼球、紫色に塗られた唇に腕には入れ墨がしてある。体中についているのはおびただしい数の傷の跡。記憶の中のとは少し違いがあるけれど、そこにはもう私との距離を一M近くまで縮めているシンクの姿があった。
「もっとゆっくり行こうゼ。せっかくの再会――ダッ!」
シンクの手に持つ不気味な毒色を放つナイフが私に切っ先を向けているのが分かった。
《空靴》を使ってもこれだけ距離が詰められているということは、足を踏み出してもそれはもう遅い。咄嗟に肩に手を回し《ソフィアの盾》を私とシンクの間に発動させた。
だが、一瞬の後、《ソフィアの盾》はいとも容易く砕け散った。超級モンスターの魂を込めたとも言える一撃を防いだ《ソフィアの盾》がほとんどの時間をかけずに壊れた。
衝撃でこのみの体は数メートル吹っ飛ぶ。
「イヤー、よくもヤッテくれたッテ感じだ。……オレの仲間の中でも精鋭の中のセイエイだったんダぜ」
不規則に不可解なノイズが混ざったような声、遠い昔に一度だけ聞いたことがある。できれば、あれっきり二度と聞きたくなかった声だ。
だけど私の前に現れてしまったからには逃げることなんて到底できないだろうし、戦うしかない。
「あァー、そういえばケイヒンはどうした?」
「知らないよ、そんなの……」
体を起こしながら、およそ七メートルほど離れているシンクの話に合わせながら、必死に頭の中では策を練ってる。
「マサカ、あっちの世界においてキタとか言うんジャねえだろうな? そんなワラエル話ねえよナ? キャハハハハッ!」
「……そうだね、どっかに落としてきちゃったみたい」
「アァ? マジで言ってんのか?」
私がまるでそのことを何とも思っていないみたいに発現すると、シンクは怒気を孕んだ声で私に再度問いかけてくる。
「さぁ? だけど、今の私にそれが宿っていないってことは確か。……だけど、死んでもあなたを含めてあの五人の誰にも渡したくないものだよ」
「ハッ、殊勝なココロ掛けだな。ソー言えば………………お前モシカシタラこっちの世界では巫女とかいうモノなのか?」
私が本気で言った言葉に対してはふざけたように軽い態度しかとらない。本当に心が読めないというのは良い。おかげで嫌な思いをせずに済む。
「……そうだけど、それがなにか?」
「イイねぇ、そうだよ、そうダよ…………。やっぱ戦いはそうでなくちゃ。犠牲になった仲間のためとか、とてつもない大きな景品のためとか、そしてこの世界を、オレ達をこんなにも底辺にまで落とした奴への復讐とか。そういうのがなくちゃ燃えねえよな。タマタマ俺が欲していたものがオレの大事なものを奪って、それはお前からスベテを奪っていい理由だロ?」
無理矢理な理由づけだ。だけれども、これは私がもといた世界で実際シンクが心の中で思っていたことだ。
なんでそんなことをするのかわからないし、その根幹にはただの本能的な破壊衝動、殺人衝動しか存在しなかったのだけれど。
「どんなに理由をつけたところで、誰も何かしらを奪っていい理由なんかにはならない……よ」
だから、相手を憤らせてしまったとしても私には言うしかなかった。もう考えもまとまった。一回こっきりの作戦だ。これが決まらなかったら私は死ぬ。
「知ってルか? それが死ぬ奴の死ぬためのリユウだッ!」
瞬間、目の前にシンクが現れた、かのように見えた。もはやこの世のあらゆるルールを無視してシンクはとてつもないスピードで私の眼前に現れた。
速い!
予想をしていたよりもずっと……。だけど、私の目にはきちんと彼女の姿をとらえることができている。それさえできれば、私の持つ最後の古代の叡智を発動することができる。
目を見開き、そして念ずる《逆針の瞳》に。
シンクはすぐ目の前に迫っていた。だけど、私には襲いかかることはできなかった。
途端にその体を硬直させ停止する。
《逆針の瞳》、敵の脳と体全体に揺さぶりをかけることでまるで時が止まったかのように動きを封じる古代の叡智。
封じられる時間はわずかだけど、それだけ十分だ。
いくらシンクと言っても人間には変わりない。言ってしまえばさっきの超級モンスターよりも耐久度は低いかもしれない。
だから、込めろっ。今持てる私のすべてを。ありったけの力をありったけの速さで、ありったけの力とスピードを持ってシンクが避けることもできないくらいに。
《カーヴァ》に注げ、風の奔流を。《神風刃》に伝えろ、ありとあらゆるものを断つ振動を。そして広げろ、範囲を。
《空靴》で後方に飛びながら、右手で《カーヴァ》を支え、辺りに舞うありとあらゆる空気をその場に込める。現れる陣は先程よりも数倍大きく、その中心に大きく《カーヴァ》が突き刺さっている。辺り一帯が大きく震えているのがわかる。ともすれば、その振動で地面が割れ、建物が崩れてしまうほどに。
お願い。私がこの右手を放つ瞬間まで《逆針の瞳》、シンクの動きを止めて。
「これで、シンク……あなたも終わり」
未だシンクの体は硬直を続けている。
右手を放ち、そして思った。
勝った!
「ンなわけ、ネーダロッ!」
「くっ!」
やっぱり私の攻撃が直撃するまで硬直させておくとまではいかなかったか。私が攻撃するまでおよそ一秒と少ししか経っていないというのに。
だけどもはや剣は放たれた。その速さは光のごとく、避けることなんかできない。ましてや、私の持てる、そして古代の叡智が出しえるありったけの力を込めた攻撃だ。それをいくらシンクと言えども防げるはずがない。
私のすべてを込めた攻撃がシンクへと高速で飛んでいき、そして――
「えっ――」
言葉が出なかった。
辺りに存在していた震えは弾け飛んだ。シンクめがけて飛んでいた《カーヴァ》はその動きを止めた。そして、私の手にしていたはずの目に見えることのない風を集め飛ばす《神風刃》が砕けた。
私のすべてを懸けた攻撃はシンクに見事なまでに粉々に砕かれた。
「なんで……?」
動揺してしまって
「簡単なコト……。テメぇだけが……アー、えっとなんだっけ? 古代の叡智とカを使ってルわけじゃナインダゼ」
古代の……叡智をシンクも使っている。
じゃあ、今シンクが手に持っている毒色の刀身を持つナイフが古代の叡智……? そういえば初めアレで攻撃をされて《ソフィアの盾》は壊れて……。
そこまで考えが至ってそして、恐ろしい結論にたどり着いてしまった。
「まさかっ!」
「ソう、そノまさかだ。オレの持つ《ブレイカー》はどんなものであロウと壊スのさ」
つまり私の使っていた《ソフィアの盾》をはじめとして、攻撃の筆頭であった《神風刃》も《カーヴァ》を覆っていた風ごと壊されたってこと。
かろうじて《カーヴァ》が壊されなかったのは直接あのナイフに触れていなかったからだろう。
「デ、これのオモシろいところがヒトを刺すときナんだ。モチろん、壊す範囲もキボもナンデも操れルんだが、それはソレハユカイでコッケイで思い出しただけデワラエテクル。キャハハハハッ!」
今、シンクの言葉に挑発されて飛び出ていったらたぶん殺される。
かといっても《ソフィアの盾》も《神風刃》も壊され、手元に《カーヴァ》はない。あるのは《空靴》、《思鎖》、《逆針の瞳》だけ。
とてもじゃないけど、これでシンクに致命傷をあたえることはおろか逃げることさえ敵わないだろう。加えて、私はさっきの攻撃のせいで最早こうして立っているのがやっとだ。
「マ、もったいないように、コボレナイヨウニ、コワスッ!」
すべてをあきらめた瞬間だった。
この戦いの前にユリアと話していたことがまるで夢のようだ。
どんなに足掻いても、自分の信念を貫き通そうとしても、人は、私はこんなにも簡単に死ぬ。
シンクが前傾姿勢を取って、今まさにその場から私の元へとその悍ましいほどの人の血を吸ったであろうナイフを胸元に突き立てにこようとする。
静かに目を閉じ、せめて最後くらいきれいに終わろう――
心の中で思い、体で感じ、何もかもを投げ出し、今まさに終わろうとした時だった。
空に爆音が響き渡った。
「アァ、なんだ?」
シンクは見上げ、私も目を見開き空を仰いだ。
そこにあったのは、ただひたすらに空の青さよりも蒼い弾幕が風に乗り広がっていく様だった。
それを見て音を感じて、私の中ですっかり萎んで消えかかっていた闘志の焔というものが大きく燃え上がった。
そう、まだ終わりじゃない。
あの弾幕を撃ったのはユリア。
意味するところは、ユリアが行っていた準備の完了。
だったら今こそ私たちがあなたたちに大手を振って反旗を翻すとき。
《思鎖》を左手に取り出し手に持ち、《空靴》に力を込めた。
私は右手で腰に差していた銃に手をかけ、上を向け、赤い弾幕を放った。
当然巻き起こる爆音と赤い広がりを見せる弾幕にシンクは気づく。
「……テメえか。ナニを企んでイルカはわからねエが、ドッチニしろ変わらねえな」
睨みのきいた視線を私に向ける。
「変わらないことなんてない。なぜなら、今、ここで、私はあなたを倒すから」
「イッテロ!」
途端シンクが私の方へ向けて突撃。
あらかじめシンクには接近戦闘しか存在しないことを、これまでの戦闘を通して理解していた私は空へ飛んだ。同時に《思鎖》を下方へ向けて放つ。
「ソレガ、ドウシた?」
だがシンクはその驚くべき身体能力で私めがけて《思鎖》の鎖をかいくぐり飛んできた。そのナイフが私の体へ届く
同時に動きを止めたシンクに《思鎖》の鎖を巻きつけてさらに長い間の動きを止める。
そのままの加速度を保って、右足を思いっきりシンクに向かって振り下ろす。
だがシンクの動きを止めることができるのは一瞬。
「コンナモノデ、オレの動きが止められるわけ。ナイダロォッ!」
ガチガチにシンクを縛っていた鎖を壊れ、そして《思鎖》も砕けた。
だけどここで攻撃を止めたら終わりだ。
そのままの勢いを保って私は右足の《空靴》の力を発揮させ、蹴りを放つ。
「アメエッ!」
その攻撃をシンクは《ブレイカー》で防ぎ、そして右足の《空靴》が砕け散る。だが、その攻撃によって発生した勢いまでは壊されていない。シンクの体は下方へ飛び、私の体は上方へ飛んだ。私はその間際にシンクに向けて狙いをつけて赤い宝石を投げつける。それはシンクの体に当たり、赤い空気をまき散らす。
体が上昇しながら、視界の端にとてつもなくたくさんの、それこそ海岸にある砂の数くらいにたくさんの光の矢をとらえた。
まさに黄金色に輝くそれは光の速さと言っても過言でないほどのスピードでこちらに向かってくる。
そう、これこそがユリアの準備していた超攻撃用古代の
さっき投げた赤い宝石はシンクに狙いをつけるための準備。
「シンク、これで終わりだよ……。さすがのあなたもこれだけの攻撃を受けたら、ただでは済まない」
すでに私の背後には光の矢が迫っている。
「……ハッ、それも古代のエイチってやつか? ワスレタのか! オレの《ブレイカー》はどんなモノでモ、コワスッ!」
「うん、忘れてない。だから、終わりなの」
「ナニッ――」
途端、宙を落下していたシンクの《ブレイカー》を持つ右手が吹き飛んだ。
あらかじめ《思鎖》が完全に砕かれる前に、シンクが《ブレイカー》を持つ腕を狙って地面に落ちていた《カーヴァ》を飛ばしていたのだ。
「これであなたに攻撃を防ぐ手は残っていない」
左足の《空靴》に力を込めて《太陽の光》がシンクを狙う軌道上から離脱する。
回避の途中に《太陽の光》が私の体のすぐ横を通りすぎる。
「クソオオオオオオオッ!」
シンクの怒号が耳を通り脳に響く。
私の体は《太陽の光》が巻き起こす旋風に体を奪われ、いつの間にか左足の《空靴》はどこかへ吹き飛んでいた。体は地面へと激しくたたきつけられ、体中がきしむ。
「ははっ、もう……この体は……」
どう頑張っても体を動かすことができない。
辺りには地面と建物の砕けた粉々が舞い散る。視界は完全に奪われたけれど、シンクさえ倒せば後の脅威はなんとかなる。
これで、終わり。私の戦いは終わ――
「――オワッテナイヨォ!」
「ッ!」
突如煙幕の中から身を出し、そして私の体が悲鳴を上げながら煙幕の外へと蹴りだされた。……、シンクが生きていたっ!
「なん…………でっ?」
もはや、体中のすべてにガタがきているように肺から空気を送り出して呼吸をすることさえ苦しい。
「ナンデって……」
シンクは私の前に立ち、首を掴まれ、持ち上げさせられる。
「んっ!」
「ソリャ……あれぐらいでシヌわけないだろっ!」
首に激痛、次いで腹部に激しい痛みが走る。勢いよく貫かれたのか、体が後方へと飛ばされ、そこにたまたまあった建物の壁へと激突する。
「ぐっ!」
痛みを覚えた腹部に視線を移動してみると、そこに確かにさっきシンクから切り離したはずの《ブレイカー》が突き刺さっていた。
「血をナガサさせるワケニはいかないからな。刺さったままだ。ま、体の中はコワシテルガ」
前方から血まみれのシンクがこちらに近づいてくる。
なぜ、私の中はそんな思いでいっぱいだった。
だが、シンクの左手が持つもの、それを見て全身に悪寒が走った。
シンクの左手に握られていたのは、私が切り離したはずのシンクの右手だった。
「サスガニ、キキテじゃないんでな。サッキの攻撃は半分ホドしか壊せなかっタガ、充分だ」
そう、あろうことかシンクは自身が右手を《ブレイカー》ごと切り離された瞬間に、左手で切り離された右手を掴み、そこに握られていた《ブレイカー》によって《太陽の光》による攻撃を防いだのだ。
「ばけ……も……」
私の喉から発せられる音はもうほとんどなく、声はかすれて空気に消えた。
ああ、だめだ……。
もう自分の体が自分のものでなくなっていく感覚が身を襲っている。
痛みも声も視界も、もう何もかも感じることはできない。
ああ……、これは光か。
昇天する魂を迎えに来る光なのかな……。
懐かしいような感覚。
まぁ、でもシンクを倒すまでとはいかなくても重傷を負わせられたみたいだし、儚く弱い私にしてはやった方かな……。
身を包む光が強くなっていき、次第に心が体が穏やかになっていく。
そして映った。
私を覗き込むひかるの顔が……。
「ひかる……」
これは最後に見る夢かな……。
あぁ、でも、やっと会えた……。
「このみは……ゆっくり休んで。ここからは僕の役目だ」
消えゆく意識の中で深く静かな地底にある湖面に響いた波紋のように波を立てては、沈んでいった。
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