断章7 神

「大分、好き勝手をさせてもらったような気がするな」

目の前に広がるのはただの廃墟と化した東京。その光景を前にして布目颯也は呟く。

ただの一人の人間が起こしたには大きすぎる被害。もしここが本物の東京でおよそ千万人が存在したならば、日本の人口は一瞬としてその一割を失ってしまうことになっていただろう。

「お、やっとお出ましだね」

周りの風景が目まぐるしく変わっていく様を、常人にとってはおそらく狂気の様を目にして、次に何が現れるのかを理解した。

神の国で散々好き勝手して、それで出てこない方がおかしいのだ。

否、この言い方は間違っている。正しくは布目颯也が彼らを出てくるよう仕向けたのだ。

目まぐるしく変化していくは色、色彩豊かであった東京の瓦礫風景はほとんど一瞬にして白に染まった。つまり、その場にあった茜色や藍色や灰白色の様々な境界線がすべて白へと書き換えられていき、結果的に何もかもがなくなっていった。

そのあと目に映るのは、平凡な軒並み。誰が住んでいるのかは知らないが、二階建ての木造一軒家が立ち並んでいた。

それは一昔、二昔も前の田園風景にどこか似ていて、ただ色彩が欠けていたのを除けば、平凡でのどかで和やかな光景だった。

「なんのようなの、布目颯也?」

ふと声がした。この真っ白な空間に澄み響き渡る女性の声。

「まあ、こちらも分かっているつもりではあるけどな、お前の口から聞かせてみろ」

次に聞こえたのは威厳のある、野太い男の声。

「相も変わらず君たちは仲がいいねー。うらやましいよ」と目の前に突如現れた二人に対して親しげに言葉をかける。長い艶のある黒髪を携えた藍色の瞳を持つ少女と、短い黒髪と金色の瞳を持つ少年だ。

颯也は二人の出現を特に驚くこともなく、軽いテンションで話し始める。

「なに? 私たちに離れ離れになってほしいの?」

「いいや、そういうことじゃないさ。ただ、見ただけの感想を述べただけだよ。いつもの調子さ。君たちとは久しぶりにあったからね」

「ユウ、あまりこいつの話を間に受けるな。いつもいつも中身のないことばかり口に出す奴だったからな」

「うん、わかってるよ、トウヤ」と言って、ユウはトウヤの体に寄り添う。

「はぁー、本当に君たちは会うのは随分と久しぶりだけど、全然変わっていないよね。最後に会ったのは神の創りしゲームに参加する時だったかな」

「安心しな、あの時あの場所にいたやつで変わることができた奴なんか一人もいねえよ。お前も、殺し狂も、馬鹿も、景品も、皆が皆、昔のままだ」

「……そうだね、君たちも、シンクも、このみちゃんも、デムリスも、そして僕も昔のままだ。変わってしまったのは、世界の方ってわけかい? どうだい、念願の、非正規の方法で神になった気分は?」

「非正規の方法とは、また随分と突っかかってくるんだな。そんなに俺たちのことが気に食わないか?」

「別に、ただどんな気分かと思ってさ」

「ふん、どんな気分かと聞かれれば……最高に幸せさ。とんだ邪魔者が入ってこなければ、これが俺たちの求めていたものなんだと実感できるくらいにな」

「そうか……それは残念だね。到底、僕たちをもとの世界へと返す、いや、これでは言い方が間違っているか。この世界を壊して、凍結状態にあるであろう元の世界に僕たちみんなを移動させてもらうことはできなさそうだ」

「そうだな。それはできない相談だ。何と言ったって、おれたちは今この空間を作り出すためだけに神になったのだから」

「そうか、そうだよね。…………なら、力づくでも僕のいうことを聞いてもらうよ」

と言うのと同時に颯也は姿勢を低くして、二人のもとへと向かって走り出す。手にはダガーナイフが握られている。

「はっ、神に楯突こうとしているのか? 身をわきまえろ!」

「君たちだってしていること自体は変わらないだろう? そして実際にできたんだ。僕にできないわけがない」

トウヤとユウに真正面から突っ込む颯也。それを見たトウヤが一瞬目を細め、そして颯也の右腕に向かって見えない何かが飛んで行った。

それは颯也に当たるとともに、彼の腕を吹き飛ばした。

だけれども颯也は顔色を変えずに走り続ける。

「なにそれ? 情けでもかけたつもりかな? やるなら、足から狙わなきゃダメでしょ」

吹き飛んだ腕は空の途中で霧散し、そして気づけば颯也の腕はもとに戻っていた。

続いてユウが手を前に振りかざし、そして颯也の周り半径二メートルほどの地面が消失した。さらにその周りからは、地面が颯也に向かって覆いかぶさるようにして変形していく。トウヤはその中に見えない何かを数発撃ちこんだ。

「甘いね……」

颯也は小さくつぶやき、前方に素早数本のナイフを照射した。照射したナイフは颯也を地面が取り囲むよりも早くトウヤのもとへと届き、だけれどそれをトウヤはいともたやすくよけた。

颯也はそのまま地面にとり囲まれ、ユウから撃ち込まれたものによって粉々に砕け散り、そして堕とされた。

「下界からやり直してこい」

その様子を見届け手に確かな感触を感じて、トウヤが見下ろす言葉を吐く。

トウヤの右腕が吹き飛んだのがその直後。

「な……にっ?」

驚愕の言葉を吐くトウヤ。背後には確かにさっき葬り、下界へと堕とした颯也が五体満足で立っていた。

トウヤはそのまま颯也に体を蹴られ五メートルは吹き飛ぶ。

それからコンマ一秒も置かずに、同じナイフでユウの顔へ刃を立て、傷をつける。

「トー……や…………あ……!」

トウヤの惨状に目を向け、ユウは声を出すも掠れて声にならない。まるで全身が弛緩したように颯也に体をもたれかかり、瞬く間にユウの顔から表情が消えた。

「お前っ、ユウに何をっ……!」

トウヤも吹き飛ばされ倒れている状態から体を起こそうとするもできずに、ただ体が震えているだけ。声は発すことができるが、体が動く気配がない。

「ユウちゃんには君と話をしやすいようにてっとり早く心を失ってもらった。まあ、しばらく後には戻るだろうけど。君には動かれると厄介だから顔から下の動きだけを止めさせてもらった」

「毒……か?」

「毒ではないよ。君たちがこの世界のいろいろなところに隠した古代の叡智と呼ばれるものさ。にしても詰めが甘いねー。化け物を相手にするんだ、すべての可能性を排除していかないと、ね」

「お前は俺が砕いてユウが下界へと堕としたはずだ! なのになぜ、ここにいる?」

「簡単さ。その時、僕が最も生きていた場所が君の背後だったというだけだよ」

「……ッ!」

トウヤは何かに気づいたように表情を変える。

「そうさ、実は君にナイフを投げたとき、等しく僕は僕の人差し指も共に飛ばしていたんだ。君も知ってるように僕の能力は『再生』その時最も損傷がない部分から僕の意思で体すべてを再生することができる。僕の体を粉砕し、さらに神の国から追放するという選択は良かったが詰めが甘いよ。で、本題だ」

そういいながら、ダガーナイフをユウの首元へと向ける。

「この世界を壊せ! 君の最も大切な人が目の前で何もできず無残な姿になるのには耐えられないだろう」

「…………なぜだ?」

苦虫を噛み潰したような表情で、やっと口にした言葉は颯也の命令に応えるものではなく、疑問の声だった。

「なぜ……とは?」

ナイフを握る手に力をこめ、あらゆることに注意を払いながら颯也はその言葉の真意がどこにあるのかトウヤに問いただす。

「今のお前にとっては、この世界がどうであろうと、元の世界にお前たちが戻ったからといって、そこに強い思い入れはないはずだろう?」

「ないさ……僕の人生はあの時、六発の銃弾に体を貫かれたときからもう決まってしまっているんだ。だけど僕がという話ではないんだよ。この世界には未来がないんだよ。ここにいる僕の部下はいつか近いうちに死んでしまうだろうし、そうでない人も多く死ぬだろう。構造がそうなっているんだ」

「…………」

「君にも心当たりはあるだろう? この世界は確かに君たちを君たちの望んだステージにのせたかもしれない。けれども、少なくとも君たちが言う下界のシステムは見上げたものではない。特に――」

「――言うなっ! 俺たちの創った世界に文句を――」

「――言うよ。特に君たちがシンクをほかの力を持つモンスターと共に外に追いやったのは、彼らに神への反逆をしてくださいと言っているようなものだ。下界は崩れ、いずれその脅威は君たちにも及ぶだろう?」

「俺に……どうしろと?」

トウヤの心中は混乱していた。自分の幸せを求めて作った世界が間違った世界であると伝えられ、その可能性にさえ考えが至らなかった自分に無性にむかついている。

だけれど、自分が間違っていると指摘され、自分自身がそれを認識して、それを改めないほど彼は馬鹿でもなかった。

仮にも彼の最も大切な人・ユウが人質にとられているのだ。

トウヤは心を決め、颯也の条件を呑むことにした。

「なあに、別に神を辞めろといっているわけでも、不幸になれと言っているわけでもない。……一端すべてを元通りにして、それから世界が平和になるよう――」

「――それは困る……」

やっと交渉がうまく進む、颯也の心の中にそんな思惑が浮かんできたころだった。

三人の誰でもない声がそこに響いた。

気が付けばトウヤの前に人が立っていた。

「なん……だと!」

「なんで、お前がそこにいる! お前は確かにあの時……!」

颯也とトウヤが驚愕の声を彼らの意識と関係なしに吐き出す。それは誰にとっても予想だにしなかったことが起きたからだ。

「なんで、だとぉ? 決まってんだろ、俺が神だからだ!」

そうトウヤとユウが以前、神の座から引きずり下ろした神シャドウがそこに立っていた。

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