断章8 変革の時
ただ真っ白なだけの空間。
そして、そこには静寂が訪れていた。
本当に一瞬のことで、誰一人それに抗うことなんてできなかった。
神の創りしゲームを始めた張本人、かつトウヤとユウによって神の力を剥奪され消されたはずのシャドウが突如現れ、瞬く間にトウヤの首を切り落とし、その体を自らに吸収した。
「なっ……!」
思いもよらないシャドウの行動に颯也は驚愕の声を発し、ユウの目は見開かれ一滴の涙が頬を零れ落ちた。
「悲しいか……? 安心しな、すぐに一緒のところへ導いてやるよ!」
そんなユウの表情を見てか、感情のそぎ落とされた声を発し、そして動く。
この場合、動くなんて表現では誤用があると思わされるほど一瞬で、瞬間移動のように颯也とユウの目の前に現れ、
「させるかっ!」
その一瞬に恐ろしいほどの反応速度で対応したのか、颯也はユウを庇うようにして立ちはだかり繰り出されるであろう攻撃を受けとめようとする。
だが、
「残念だが、お前は邪魔者だ。退いてろ」
軽く手を払いのけたように見えた。
そのモーションと同時、颯也の体はどこまでも続くようなこの空間を地面とただ水平に吹き飛んで行った。
そしてシャドウは動くことのできないユウの心臓へと手を伸ばし、掴み、潰した。体に根付く脈動が消え去っていくのと同時にユウの体は吸収され、遂にはその空間からトウヤとユウは完全に消失した。
「これで……オレの力は元通り。いや……前以上の力を手に入れることができた! ったく、親父も面倒くさい制限をつけてくれるよな。ま……とりあえずは――」
「――待て!」
シャドウが声高らかに興奮し叫んでいるところに、颯也の声が木霊し、その続きを遮った。
「……まじでお前にその力が発現するとは思わなかったんだがな。期間限定とは言え、不死身ってやつはオレの苦手分野だ。さすがに生きてるもんは吸収してオレの力に加えることができないからな。お前にとってそれが幸か不幸かは判断しかねるが」
「そんなことはどうでもいい。……なにをするつもりだ!」
「なにを……? まぁ、見てなって……」
「お前が何を」
「黙れ」
颯也の問いに対し答えを言わなかったシャドウへ問いを重ねようとした颯也だったが、シャドウの“黙れ”の一言で、そのすべてが封じられた。
颯也の手足と口に巨大な真っ白に塗りたてられた剣がささり、その切っ先が地中深くへと根を張った。その剣は颯也の体を傷つけることなく、颯也の体をただすり抜けることなく、ただ深く突き刺さり颯也の行動すべてを封じた。
「黙って、見てろって。俺に吸収されないんだったら、せめてな……」
シャドウは右手を天と呼んでいいのか、何もない上方の空間へと伸ばし、何かを掴んだ。
ただ真っ白なだけで光と呼べる光なんて存在しないような場所に一筋の温かみのあるそれが一筋差し込んだ。
一筋の光が周りの風景を変えていったのか、それとも空間を上書きするように光によって色が染まっていったのか、何が起こっているのかは理解できないまま世界の様相が変化した。
それに伴い、颯也を押さえつけていた剣も塵となり消えていった。
「これは……?」
最初、地面に押さえつけられていた颯也が目にしたのは、何の変哲のない青空だった。
だけれどその後、彼が体を起こして目に飛び込んできた景色はとても変哲じゃないなんて言葉では片づけることができないくらいに、壊れていた。
比喩じゃなく、本当に壊れていたのだ。まるで先刻、東京に模した神の国を颯也が壊しまくった、その結果のように。
今、颯也が見ている景色もまぎれもなく東京のそれと等しい。
「まさか……いや、でも…………」
そう、どうしても嫌な方向に解釈が進んでしまう。
「ハハハハハハッ!」
そんな悪夢が颯也の頭をよぎる頃だった。シャドウの高らかな、鼻につく笑い声が耳に届いた。
「何がおかしい……?」
声を低くし、シャドウにその行動の真を問う。
「なに……ただの思い出し笑いだ。気にすることはない。……ついさっきまでのこいつらの作った場所を澄ました顔で壊していたお前と今のお前を比べると……な。おかしくてしょうがない」
シャドウは自らに指を向け、馬鹿にしたような口を利く。
「……安心しな。別に、今お前が見ている世界はお前が壊したものじゃない。お前じゃない誰かが壊した世界だ」
安心できるものか。
「……じゃ、ここは僕が知っている、いわゆる元の世界ってことでいいのかな?」
叫び、どうなっているのかを問いただしたい感情を抑え、冷静を装ってやっと一文、颯也の口から言葉が出た。
「まあ……な。まだ、入れ物だけだが……、いつまでもあんな不安定な失敗作みたいな世界を主軸にするわけねえだろ……。あんなのは放って置いても壊れる」
ぼやっと、独り言のようにぼそぼそと話し、そして急に活気づいたように声を張り上げた。
「じゃ、いっちょ、すべてを安定した、壊れようがない世界に!」
颯也はシャドウの感情の起伏が不気味に思えたが、それよりも声を張り上げた瞬間空が震えたことに驚いた。
そう空が震えているのだ。ふと目を移すと、蒼く巨大なサファイアのような物体が地上へと向かって下降しているのが見えた。外側は蒼く透明でどこまでも澄んでいるように思えるけれど、その中は黒く、この世のすべてのものをごちゃまぜにかき混ぜたような色合いをしていた。
「なんだ……あれは?」
ふと声が上がった。
それは颯也のものでも、シャドウのものでもなかった。
「君は……ッ!」
その声が、聞きなれた声が颯也の耳に届き、廃墟の中に立ちすくむ一人の少年の姿を目にした。
「ひかる君……?」
そう、つい先ほどまでは誰もいなかったはずの世界にひかる――この場合木漏光流と言った方が正しいのか――が立っていた。
ひかるも先の颯也と同じように空を見上げ、その表情を驚愕に染めていた。
そして、その存在に予想外の挙動を示した者がいた。
「なんだ、ここにいたのか? ひかる」
シャドウがひかるにいたって普通に、昔からの顔なじみのように話しかけたのだ。
颯也が驚くのも束の間、話しかけられたことに気づいたのか、ひかるがシャドウの方を向く。
「だれだ……?」
ところがひかるの口から出たのは颯也の予想の外のもので、
「なんだ? まさか俺のことを忘れたんじゃねえ…………いや、そうかお前はまだあっちのままか……」
それはシャドウも同じようだったが、何かを思い出したように口を閉ざす。
何が起きているのか、これまでにないほど混乱している颯也の頭には少なくとも何か口にしたり行動したりということはできなかった。
だから突然と数メートルは離れていたはずのシャドウがいつの間にか颯也の目の前に立っていたことに気づくのも一瞬遅れた。
「お前はこっちにいられちゃ、都合が悪いんでな。元の場所に帰りな!」
颯也の顔の前に手をかざし、そして颯也が何か行動を起こそうと思い至るその前に颯也はその場所から姿を消した。
一連の行動をひかるはただ眺めていて、そしてその頭の中でどんなことが起こっていたのかは計り知れないが、いきなり目を見開いて、
「お前はッ……、まさか……ッ」
記憶の中にあるシャドウの姿を捉えたのか、何か言葉を発しようとする。
だが、
「お前はいらないんだ」
一言シャドウがそう呟き、ひかるが続きの言葉を述べるよりも早く一つ指を鳴らした。
シャドウの発した音はそこに在る、いくつもの世界と世界に存在するあらゆるものに心地よく響き渡った。
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