第2話 イルミナティ

「ねえ、こいつらって?」

あの地下道で誰かも分からない人に銃を突きつけられながら、地上に出てそこにあった異様に長い黒塗りの車に僕たちは乗り込んだ。四角を描くようにしてある座席のちょうど僕の目の前にあの男が座っている。

このみが逃げる素振りや焦りみたいな感情を出すのだったら、もちろん抵抗したけれど、不思議とそういった行動は全くなかった。ただ、驚きはしたみたいだった。

そしてわけも分からないまま車は動き出した。

口をついて出たのは目の前にいる人たちの正体を聞く言葉。

「私を別の意味で追っている人たち、かな」

「別の……」

このみの言葉は、その時あやふやで何か確信的なものを掴めはしなかった。

「目の前にいる僕のことを無視して会話をするとは……中々神経が図太いね、君たち」

そして、目の前の銀髪の男が口を挟んでくる。

「というか……おいおい、勘違いしてもらったら困るけど、別に僕たちは君を追っているわけじゃないよ。保護しに来たんだ」

「保護……?」

でも、またなんでそんなことを。

「このみちゃんには繰り返しその旨を言ってきたんだけど、散々逃げられてさ」

「あなたの言っていることを信じられるわけない。私を保護する理由もないでしょ」

颯也の視線がこのみに向けられ、その視線に気づいてか口を挟む。

「と、まあ……こんな感じでね。今までは、そこまで本気で保護する気はなかったんだけど、最近ちょっといろいろと不穏な空気が漂っていてね。ま、そこらへんの空気は上手く読んでくれたみたいで感謝するよ」

このみがあの場で抵抗しなかった理由、きっと僕がいなかったらこのみは一人で逃げていたんだろうと思った。

「ま、そこでやっとこのみちゃんと面と向かって話す事ができているし、保護する理由でも話そうか?」

「別に聞きたくないけど」

「はぁ、つれないこと言うねぇ。ま、それでも話すけどさ」

大げさなジェスチャーをしながら悲しむ身振りをして、そして自分勝手に話し始める。

というか身勝手すぎる、口には出さないにしても心の中で目の前にいる人物がどんな人なのか大体判断した。

「このみちゃんを保護するって言ったのは、別に僕は神になりたいわけじゃないからさ。といっても、他の人が神になるのも危うくてしょうがない。現状維持が一番だ。他の参加者からの保護は――」

「颯也ッ!」

颯也の言葉をこのみがその怒鳴り声でさえぎる。そのこのみの態度の急変振りに僕は驚く。何が起こったんだ、そんな感情が渦巻く。

え、というか今、颯也は神がどうとか言っていなかったか。このみもそんなことを言っていたし、何かあるのか。

「っと、びっくりした。何……別にもうひかる君はこちら側の人間だ。何を話し――」

「颯也……それ以上は私が言わせない。それに……まだ、ひかるが戻れないとは決まっていない。今すぐ、ひかるを……ひかるの元いた場所に帰して」

何かを思い出したように、このみの態度が急変する。

それに颯也……それがこいつの名前なのか。いやそれよりも何だ。何で、こんなにこのみは怒って……。

「それはできないな……、ひかる君の家の周りには今でもデムリスの手下がうろついているし、何より――」

目の前で繰り広げられるのは言葉の応酬。

まるで喧嘩だ。目の前で僕の知らない人と論争するこのみを見て、僕はどことなく疎外感を感じ、これからさき一体僕はどこまで行ってしまうのだろうと、そんなことを考えていた。

そんな時だった。耳に、いや耳の中で何かが崩れていく音が響いた。建物が瓦解するでも、河川が氾濫し堤防が壊れるでも、土に深く根ざす木々が腐り山が雪崩れ落ちるわけでもない、全く聞いたことのない響き。ここから近いところでも遠いところでもなく、だけれど確かに崩壊していく、直感的にそれが分かった。

気づくと、このみと颯也が口を閉ざしていた。打って変わって何かを考えているように、沈黙が訪れた。

「急いで城へと向かおう……おそらく、僕の考える中でそこが一番安全なはずだ」

その沈黙を破ったのは颯也だった。そう落ち着いた声でこのみへと提案した。このみはそれに無言で頷き、颯也は運転手のいるほうに向かってただ「急いでくれ」といった。

車の速度は上がり優に法定速度を超え、他の車両を次々と追い抜いていく。今、自分がどこにいるのか、どこを走っているのか、どこに向かっているのか全く分からないまま、気づけば空腹感が体を襲っていた。窓の外はすっかり闇に染まっていてネオンの光が残像を作りながら過ぎ去っていく。本当ならば家でゆっくりと食事でもしていたんだろうと思いながら、すっかりと蚊帳の外になってしまった僕の視線は車窓の外へと固定されていた。

「ひかる……」

そんな僕の耳に消え入りそうな声が届いた。

視線を元に戻すと颯也は車の前方で誰かと連絡を取り合っているようで、このみの表情は暗く俯いている。

「あの、私……」

その時、僕は何となくこのみが言おうとしている言葉は分かったような気がした。別に誰かの心を読めるわけではないんだけどさ。

「言わなくて大丈夫だよ。逆にこの状況で一人帰るなんて、そっちのほうが後味悪いよ」

「でもっ……」

「というか……あの人、だれ?」

このみの言葉に被せる様にして、ずっと疑問に思っていたことを口に出した。

「……布目颯也(ゆめ・そうや)。イルミナティっていう、非合法の組織の創設者だよ」

布目颯也……、ある組織の創設者。

父さんだったら知っていたかもしれないな。まぁ、あの人が僕を息子と思っているわけないと思うし、僕もそんなことは知りたくないけど。でも、そうか……きっと僕とこのみはどこかで繋がっているかもしれない。

このみが教えてほしいと言った場所を僕が何となく知っているのも、そのせいかもしれない。

「あれ……そういえば自己紹介がまだだったね。おっと、そんな深刻そうな顔をしなくても大丈夫さ。まだバランスは保たれている」

このみの言葉を聞き、そう時間が経たない内に颯也が僕たちに話しかけてきた。その言葉は思案顔をしていた僕に向けられたものか、それともこのみへの言葉かどうかは分からなかったけど。

「さっき、このみちゃんが言ってたと思うけど僕は布目颯也……イルミナティって言う組織のトップ。非合法の組織なんていうと悪さしているみたいで印象よくないけど。ま、秘密結社みたいなイメージで、付け加えれば正義の味方、だよ」

重みの無い言葉で僕にぺらぺらと自分のことを話していく。

「ま、君は知らないようだけど、僕は君のことを人聞き程度には知っているよ、ひかる君」

「え……」

僕が颯也の言ったことを聞きなおそうとした、その声が思わず漏れ出たときと同時に、動いていた車が停止した。

「さ……着いたよ。ここがイルミナティの本部、僕の城だ」

扉が開き、現れたのは白色照明に照らされ、まるで監獄のような不気味さを誇る巨大な建造物。周りには高い塀が、およそ颯也の言うとおり城のように敷かれていた。

「取りあえずは……ここで君たちを保護する」

そして僕たちは城の中へとさながら連行されるがごとく連れていかれた。

「食べないのかい?」

今はと言うと僕の目の前に、人生で初めて食べるくらいの豪華な食事の数々がこれでもかというくらいに並んでいる。こういうのをどういって表現していいのかわからないけど、ここに並んでいる料理名を何一つとして言えないことは確かだ。

「ああ、もしかして、毒が入っていたりするのを危険視していたりするのかい」

「えっ、いや、別に……」

確かにお腹は減っているけれど、未だ自分の立場がどうなっているのかを理解できない。

「食べれるときに食べたほうがいいと思うよ」

隣に座るこのみは早速、その豪華な料理に手を着け、僕にそういう。

確かにこのみの言葉も最もだと思うけど、それにも少しの疑問を感じる。さっきまでは颯也の言葉に反発していたのに、今ではすっかりと意見が一致している。二人の間に何か共通の認識でも生まれたのだろうか。

「別に心配しなくても君を悪い方向にもっていこうとは思ってないよ。それに……何かを考えるだけじゃ腹は膨れないだろう?」

「それは……確かにそうだけど。……じゃあ、いただきます」

「うん、召し上がれ。君にはこれからたくさん働いてもらう予定だから、たくさん食べてもらって結構だよ」

僕が目の前の食事に手をつけながら、耳から驚く言葉が入り込んだ。

「え……働く?」

「颯也っ!」

「はははっ……働くって言っても別に巻き込むわけじゃないよ。僕の見解的にはひかる君は、もう泥沼の深みにはまってしまっていると思うんだけど、そして僕的にはそっちの方が都合がいいんだけど、このみちゃん曰くまだ引き返せるらしいんだよね。僕はこのみちゃんに嫌われているらしいし……」

まあ、そのところに対しては僕が何か口を挟めるところではないけれど。

「そこで……ひかる君にはこのみちゃんの近くにいてほしいんだ」

このみの近くに。

「それは別にいいけれど、またなんで……」

「その方が、二人が生き残る可能性があるからさ」

生き残る? ふと、このみの言葉を思い出す。危険に晒されるからといって頑なに僕の申し出を断った。あの言葉が本当に本物なんだと思わされた。

「ほら……君たちは相思相愛のようだし、都合がいいだろ?」

「ぶっ……」

思わず口に入れていた食べ物を噴出しそうになるのをこらえ、なんとか呑み込む。

「おっと、冗談だよ、冗談。ま、お堅い話ばかりだと疲れてしまうだろう?」

少しばかり場の雰囲気が和らいだかと思ったときだった。

その瞬間、この建物全体が激しく揺れた。

いや、揺れたというにはあまりに大きな音が付属していて、そして短かった。

いうなれば、それは爆発音のようで、どこかでなにかが爆発したようだ。

なんて、その時の僕には考えている余裕はなくて、

「えっ、なに……?」

「始まったか……」

颯也が何かつぶやいたような気がしたけれど、爆発音が聞こえてから、周りの空気や雰囲気があわただしく動いているのがどうしても感じられて、何を言っているのかまでは分からなかった。

ちらっと横にいるこのみの顔を見ると、そこには少しだけど不安の影がちらついていた。

そして、僕も少なからず彼女以上に、それを感じた。

「すまないが食事の時間はお終いだ。ま、十分ではないかもしれないけれど、きちんと動ける程度には食べているだろう? そして、ひかる君、君が君の仕事を果たすときだ」

颯也の言葉を聞き、頭の奥で何かうずいたような、そんな気がした。

颯也のその言葉があってからは、見事なまでもったいないぐらいに未だ食べられるのを待っている数々の料理たちを見捨て、その部屋から出た。

もともと僕たちのいた部屋はこの建物の中央部に位置していたらしい。何が起こったかは分からないけれど、今僕たちはそこからとにかく下層へと向かっている。

なにぶん先頭を歩く颯也の歩調は速くて早口の説明があったけれど僕にはよくわからなかった。だけど、緊迫した状況であることは伝わってきた。

ただひとつ理解できたのは、今この建物は攻撃されていて、僕たちはいつ命を落としてもおかしくない状況にいるということ。

「この建物に緊急脱出用装置はただの一つしか存在しない。僕たちの組織はかなり大きいほうで攻撃してくる奴も少なかったし、なにより撃退できる設備がある。だけども今回に限っては相手が悪い。君たちを生かすため先に逃がす。ひかる君、まぁこのみちゃんの考えによるけど君は折を見て、このごたごたから抜け出すんだ」

「いや、それは……うん分かったけど」

いや、本当は分かっていない。この状況で颯也の言うとおり、僕たちを保護するんだったら今攻撃されているこの場所から脱出させるのは理にかなっている。

けれど、その先僕は多分このみを置いて、一人このわけも分からないごたごたから逃げ出すことなんてできない。つまり、それは颯也の言うとおりにはできないということ。

それに颯也もこれが起きることを予期したような感じだ。このみも同じく別段驚いている様子はない。加え、ついさっきまではゆったりと食事をしていたんだ。その間にきちんと対応策ができているということなのか。でもだったら、益々いま攻め込まれている状況が分からない。

信じるべきなのか、そうでないのか。

だけどあの時、地下道で僕たちに拳銃を突きつけながら、保護するといったあの言葉は少なくとも嘘ではないのだろう。

とにかく、今は言う事を聞くこと以外は選択肢がない。

「ここから脱出した後は君たちの力で逃げてくれ。緊急脱出先は君のよく知っている場所だから、きっと逃げ切れると信じているよ。それともう一つアドバイスをするなら、なるべく人ごみにまぎれることだね。奴らも公の場所で一人の少女を襲ったりはできないよ、おそらくはね」

「そうだね、私もそう思う。でも……颯也はどうするの?」

このみが颯也の言葉を呑み込み、そして問う。

「なに、僕のこと心配してくれているのかい?」

「別に……」

「ちょ、その冷たい目はやめてくれ、凍えてしまうよ。……でも、そうだね、僕はここに残るほかないだろう。僕はいま攻め込んできている奴らを知っていて、一筋縄でいかないことも、僕の仲間が大勢死ぬことも分かっている。そこから僕が逃げることなんてできないし、それ以上にただ黙って見ているなんてできない。僕は、この組織にいる者すべての命を預かっている。今まで、死んでいった仲間のためにも僕は闘うさ」

「そう……」

このみはただ一言。

僕の頭の中には、死ぬという言葉が渦を巻いて染み込んでいった。それは、まだ自分のいる場所がどんなところなのか、きちんと把握できていない何よりの証拠だった。

けれどもそんな僕の心の中の感情も一気に変わっていく。

このみの言葉に続いて爆音が今までにないくらい大きく轟いた。それから、近いところで建物が崩れる音が響き、天井についている蛍光灯が数回点滅する。怒号と奮起の叫びとが聞こえ始める。

「急ごうか」

颯也は揺れが収まると同時に小走りで道を行く。それにこのみが続き、最後尾に僕がついていく。二人の背中を見ながら、耳では外で行われているだろう戦闘の響きが届く。

銃声と爆発音、苦悶の声、呼びかける声、たくさんの足音に無数の銃声。心の中で感情の波が荒立っていくのが分かる。

僕の耳は、今、何のフィルターも通すことなしに死の音を聞いているんだ。

そう思えた。

これは死の音だ。すぐそこに死が近づいてきている。

感情の振れ幅が大きくなり、足を動かしながら、どこか自分が体を動かしていない感覚に陥る。自然と、だけれども不意に恐怖が腹の底から湧き出てきて、段々と体全体に回っていく。それはどことなく、毒が全身に向かってしびれを伴いながら進んでいくのと似ていて、僕の体は段々と動かなくなっていった。

背後で敵の侵入を防ぐためのシャッターが次々と閉まっていく音が聞こえる。

そして、それを爆弾か何かで壊す音も聞こえてくる。

今の今まで、まったく想像することができなかった、死の現実性というものが目に見えなくても、身体と頭で分かってしまった。

そして理解した。さっき颯也が言った言葉のすべては真実だったんだと。今、僕はいつ命を落としてもおかしくない状況にいる。

初めて、今いる状況を正しく理解することができた。だが、それは全く嬉しくない。

そのせいで動悸が激しくなり、呼吸が乱れ、心拍数は上昇し、思考はどんどんと加速していくのと逆に身体はますます動かなくなっていった。

こんなにも体が震えるのは初めてだ。

目の前に颯也とこのみがいて、段々と背中が小さくなっていくのが見える。

置いて行かれる。置いていかれれば僕は敵に追いつかれ、攻撃され、体中に銃弾を撃ち込まれ、爆炎に焼かれ、誰とも分からない死体となってしまう。

地面に倒れる自分の姿が鮮明に想像できてしまう。古傷がうずくように胸が痛む。

このみと颯也は、足が動かなくなっていく僕には気づかないのか。

目をつむり、様々な場面が思い出され、別に致命傷を負ったわけでもないのに走馬灯らしいものが僕の頭のすぐ横を走り抜けていった。

段々と色のあるところから真っ黒な場所へと突き進んでいく僕の姿が想像できる。

――っ!

ふと、そんなときに僕の右手に温もりが広がった。

まるで心地よい風が吹く草原の木の下で昼寝しているような、そんな落ち着きが伝わってきた。強張っていた体もだんだんとほぐれていき、さっきまでの緊張感はどこかへ行ってしまった。

僕の瞼の裏に映っていた漆黒への道もなくなって、そこに光を少しずつ入れるようにして、瞼を開くこともできた。

そこは、僕がおかしくなる時と変わらずに、蛍光灯は点滅を続けていたし、僕が死の音と表現したものも、より現実味を帯びてそこに存在していた。

ただひとつ違うところは、僕の右手がこのみの左手とつながれていたことだった。

「大丈夫だよ。……私がとなりにいるから、大丈夫……」

不思議と、その言葉だけで安心できた。

単純だな、と自分自身であきれてしまうくらいに。

そう一端なってしまうと、さっきまでの状況が嘘のように思えて颯也の後姿をこのみと一緒に追いかけることができた。

「言っていなかったことなんだけど……」

歩きながら、このみはそう始めた。

「私は人の心が読めるって言う呪いを持っているけれど、それとは反対で思いを伝えることもできるの。……私が誰かに触れている間、その人に私の気持ちは筒抜けになっちゃう」

このみの言葉を聞いて分かったことがある、というかは納得が言ったという方がいいかもしれない。さっき、僕の中に流れ込んできた、暖かい気持ち、落ち着いた気持ちはこのみのもので、それが僕を穏やかにさせてくれたんだ。そのほかにも思い当たる節がいくつかある。

「そう、なんだ。……ありがとう」

「そんなことないよ。私が、こうしてられるのは――」

このみが言葉を続けようとした時だった。

背後から爆風が吹きこんできた。

「早くッ!」

颯也の声が、風が耳を通り抜ける音の中に混じって聞こえる。

あせって、颯也の居場所を探す。

周りは黒煙であふれていて、きちんと周りを把握することができない。

だけど、これくらいなら大丈夫だ。

右手に力を入れて、このみの手を強く握る。

そのままの状態で、目の前に扉を開けている颯也の姿が視界に入った。

僕は、そこに向かって走る。

後ろからは無数の足音が聞こえてくる。

一体、何人いるんだっ!

心の中で、どうにもできない現実に文句を垂れ流した。

煙の中を走り、数メートル先の扉にこのみと共に入り込む。

ほぼ同時に、鉄製と思われる扉が勢いよく閉められる。

「ここは……?」

転がり込んだ時に崩した体勢を直しながら、僕は言葉をもらす。

「僕が最初に言った、唯一の緊急脱出装置だよ」

「どれが?」

「これが……」

手のひらをそれに向けながら、颯也は説明をする。

「いや、ていうか、それ何、乗り物?」

「うん、そうだね。これで二人乗り。と、そんなことはどうでもよくて早く乗りなよ。もう、奴らはすぐそこにまで来ているんだから」

「う、うん、そうだね」

しぶしぶ僕たちは、だけれども確かに納得しながらその乗り物に乗ろうとした。

それはいわゆる円筒状でコーヒーの缶を大きくしたような印象だ。とてもじゃないけど乗り物とは思えない。

「いわゆるパイプラインというものさ。それは、発射から十秒後には秒速百メートルに達するし、脱出用にしては有用だよ」

聞いたこともないよ、そんな乗り物。

「いいから早く乗っちゃいなってよ」

颯也って、普段と変わらないように。いや、普段なんて言えるほど僕は颯也のことを知っているわけでもないけれど、それでもいつもと変わらない調子でそう言い続けていた。

そして、爆音が響いた。

もう、そこからはよくわかっていない。何度かのそれで、もう聞き馴れたものではあるけれど、感じ馴れてはいない。心半ばで、このみと必死に手を握ったまま、人のことなんか考えずにとにかく姿格好は気にしないようにそれに乗り込んだ。

すぐ近くの場所で颯也が叫び、そして体が加速度的な推進力によって押し出された。

ふいの加速によって、僕とこのみの体はこの世界の忠実な物理法則に従って、その狭い場所の端に同時に寄せられ、体と体との間にもうこの世のすべてのどんなに小さい物質すらも入らないというほどまで密着されられた。

だけど、そんなことを深く思っている余裕もなく、遠くで何発もの銃声が聞こえ、その反響音が僕の頭の中で永遠と繰り返された。

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