断章1 はるか別の場所で

どこかは分からない場所。少なくとも、地球上には存在しない、四方八方すべてが白で塗りつぶされている空間。その中に黄金色の幾何学的模様を模された柱が等間隔に、まるでそこに道でもあるかのように並んでいる。その道の先には頂の高い王座があり、そこに鎮座するは茶色の長髪にきつねのように鋭い目をした無精ひげを生やした男。

「あぁ……? なんだ、お前達か、トウヤ、ユウ。どうしたぁ? まだお前たちのやっているゲームは終わってはいないだろう?」

そこに座る男が、目の前に現れた男女二人に対し言葉を吐く。トウヤと呼ばれた男は黒髪に金色の瞳、そこに宿る光は戦いを前にした闘士のように強く輝いていた。またユウと呼ばれた女は、腰まで伸ばした長い艶のある黒髪を纏めずに、そのぱっちりと開かれた色彩の薄い藍色の瞳は、ともすれば背景に混じって消えてしまいそうな儚さを持っていた。

そして目の前の男の言葉にトウヤが答える。

「あぁ……確かにシャドウ、てめぇが始めた神の創りしゲームに俺たちは勝っちゃいねぇ。颯也は終わらせる気がねえ、シンクはただ殺しを楽しんでるだけ、デムリスはそもそも勝てねえ、てか殺されるだろ、いつか。……で、かくいう俺たちも別に真っ向から勝とうなんて思っていない」

「ははっ……なんだ、このゲームを、神になることを諦めるのか? それに他の奴らが何を企んでいるか分かんねえだろ? 今は随分と全員が躍起になって行動しているようだが」

「ううん……なんとなく分かるから。普通にあの子を捕まえて、儀式をして、あなたの前に行って、その証明をして、そしてゲームの勝者として私達が神になることはきっとできない。他の参加者の邪魔か、それともそもそもの前提が間違ってるかもしれない」

感情のすべてを削ぎ落としたような、目の前で言葉を聞くものに感情を込めて話すことを拒絶しているかのような声をユウが発す。

「なるほど。で、なんだ? それでお前たち二人はゲームを放棄せず、設定された条件をクリアせずに、神になろうとしているってわけか、どうやって?」

「薄々、気づいているんじゃないのか? 俺たちが次に一体何をするのか?」

トウヤが挑戦的な口調で、シャドウに言葉を投げつける。

「あぁー、なぁーるほど、お前たちは無謀にも、すべての参加者がしようとしていなかったことをするわけか…………つまり神への反逆を」

「うん……シャドウ、君から無理やりにすべての力を奪うよ」

「おー、怖いねぇ。でも悲しいかな。俺はお前たちに好かれていると思ったんだが。……溝の中に埋まっていたお前たちを光のもとへ連れ出し、規格外の化け物共と一緒に力を分け与え、こうしてゲームに参加させてやっているんだからな。その恩を忘れたのか?」

「恩……? どの口ほざいてんだよ! 俺の、俺たちのあるはずだったありふれた運命

を激しく捻じ曲げたのはお前だろうが! お前が、俺とユイを孤立させ、人から離れさせ、そして俺たちの生きていた大地のすべてから平穏な時のすべてを奪ったんだ! 好意なんて寄せるかよ、俺の中にあるのは、怒りと憎しみと嫌悪の感情だけだ!」

トウヤが激しく憤りシャドウへと向かって、その感情をぶつける。

「なんだよ……気づいてた、というよりかは調べたのかよ。まったく……可愛げがない。大人しく救われたことに喜び、与えられた力を使い、ゲームに参加すればよかったものの。で、分かってるのか、神に歯向かうことが……どういうことなのかを!」

シャドウがゆっくりと立ち上がり、そして瞬間的にトウヤの前へと移動、人の目に留まらぬ速さで蹴りを繰り出し、それがトウヤの腹部へ当たる。トウヤの体には、はち切れんばかりの膨れた力が加わり、その圧力と衝撃とに耐え切れず後方へと吹き飛ぶ。

「トウヤ!」

「そんなお前も危ういぜ」

ユイが叫び、だがまるで相手に時間を与えないかのようにその顔に向け、首を吹き飛ばすかのようなスピードで刃のように鋭い蹴りを加えようとする。その一瞬、だがその一瞬でユイの体はシャドウの目の前から消え、吹き飛ぶトウヤの背後に現れ、体を受け止める。

「大丈夫っ?」

すぐさまぐったりするトウヤに声をかける。

「あぁ……大丈夫だ、この程度」

そしてトウヤは手を腹に持っていき、そこにあった傷を消すように自分へ向けられた痛みを消し去る。

「それに……仕込みはできた。俺たちの勝ちだ」

ユイの腕の中から立ち上がり、そして遥か遠くにいるシャドウへ勝利宣言をする。

「あぁ? 何言っているのかわかんねえよ。待ってろ、今そっちに……」

シャドウが言葉を口にし、だがその言葉が不意に途切れる。その先は沈黙だ。

「今そっちに……なんだ? こっちに来ないのか? いや……来ないんじゃないな。来れないんだ」

「まさか……お前」

シャドウが顔の色を見る見る怒りに染めていきながら、

「ユイ……頼んだ」

「うん」-

トウヤとユイは一言お互いに交わし、そして再びシャドウの前に姿を現す。

「終わりだ、シャドウ」

「お前っ、ふざけ――」

そしてトウヤが手を前へとかざし、シャドウが怒りの言葉を口にし、その途中で勢いよくその腹部が地面から這い出た幾本もの槍に貫かれた。シャドウの腹部から鮮血が噴出し、銀色に輝く槍の刃と柄とを流れ落ち、真っ白な地に円を描き溜まり始める。

「な……ぜ、だ……?」

槍が消え去り、どさっという音と共に地面に臥す。

「まぁ……こればっかりはユイにこの力を与えてくれたお前のおかげかも知れねえな。まぁ、なんにしても神の力は……俺たちのモンだ!」

トオルの言葉と共にシャドウの体の中から淡い青白い光が現れ、それがトオルとユイの二人に降りかかる。

「ぐっ……、お前らみたいな、……違反者をッ……!」

真っ赤な血の池の中に身をうずめ、絶命寸前だと思われるシャドウが言葉を発す。

「あんまり喋んないほうが、いいんじゃない? それ結構、痛いと思うけど」

「こいつの言うとおりだ。あんたもそんなくだらない問答なんかせずに、おとなしくこの場所から去れば、まあ普通の人間としてなら生きられんじゃないか? ま、それだけの傷を負っていても、元は“神”なんだから、大丈夫だろ」

トウヤがシャドウを見下したような口調で静かに言い放った。

「ふざ……けるなよッ。俺が……神だ。ハァ……まだ足りねえんだよ、まだっ……」

「言ってな。だけど、あんたはもう、俺の前では無力で無価値に等しい、ただの人間なんだよ。もう神様でも、この世界のすべてを創造し、変え、終わらせる者じゃあ、ないんだ。ま、元々お前に終わらせることのできる力は備わっていなかったようだが」

ひどく、悲しく、また猛れる獣のように憤り、そんなすべての感情がそれらの言葉から読み取れるような、そんな言葉を発して、そして、シャドウとの会話を終わらせた。

「ここでお前は退場だ」

その言葉が響きを放った瞬間、シャドウの姿はなく、トウヤとユイのみがその場所に存在していた。あったはずの王座も規則正しく並んだ柱も血の池もそこにあった何かしらを連想させる物すべてがなかったことのように消えた。

「いよいよだな……、そろそろ始めるか」

しばらくの沈黙を挟み、トウヤがぽつりとユイに呟いた。

「うん」

「準備は……できてるか?」

これから起こることへの、そう言葉の後には続くように思えた。

もう、この一歩を踏み出したら、後へは戻れない。

一度動き出してしまった運命の歯車は、思ったよりもきっちりとお互いがお互いを動かしていて、もう、それを巻き戻すことはできないんだ。

そう言っている風にも聞こえた。

「うん、私は大丈夫」

ぎゅっと隣にいるトウヤの手を握り、そう答える。

「たくさんの人に恨まれ、嫌われるかもしれない」

「そうだね……。でも、今までと大して変わるわけじゃない」

「いろんな運命を捻じ曲げてしまうかもしれない」

「ううん……きっとそんな風にはならないよ。この原世界で幸せな人は幸せに、力を持つものは力を持ち……。変わるのは私たちだけだから」

「…………そうだな、それだけはきちんとやらなきゃな……よし、始めるか」

「うん……行こう、私たちのいることのできる世界へと」

二人は片方の手でお互いの手を握り、そしてもう片方の手を天へと向けた。

その瞬間から、どこかが壊れてもきちんと回り続けることのできていた世界の歯車が音を立てて崩れ始めた。

その音は世界に響き、だけれどもほとんどの者はそれを感じることができず、その不吉な響きが耳に届いたのは数人だけ……。

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