第24話 ぼくの闘い
一瞬、眼前に広がった景色に僕は目を疑った。
少し前までの僕が経験したことを考えれば、何かが起こって、僕はもとの世界へと戻るはず。だけれど、おそらく僕が見ているのはそんなありふれた世界じゃない。
なぜなら、そこは一面どこもかしこも真っ白で金色の柱がただずらっと道を作って並んでいる。僕はその道の入り口にまさに立ちすくみ、本能的に道の先から何かが僕を呼んでいる気がした。
「このまま、ここにいても仕方ない、か……」
きっと僕はすでに罠のようなものにはまってしまっていて、後はどうもがくだけの差なんだろうけど、僕はその道を進んだ。
道を進むにつれて見えてきたのは階段とその上にある王座。そこに誰かが座っているのが分かるけれど、それが誰だかはわからない。
そして、少しずつ目の前に見える道の終着点、王座のようなものを前にして、そこに悠然として座しているのが誰なのか分かった。
その瞬間に、僕の目を通してそいつの発する光が網膜に焼き付けられ脳へと信号となって送られた瞬間、同時に僕の体全体に悪寒が走った。なんであの時、あの世界の僕が“気をつけろよ”と言った訳がなんとなくわかった。
心の中には大きな恐怖が根付いていた。体が震えるのを必死にこらえて、心情が表情に出るのを必死に抑えて、そこにいる奴に向かって言葉を投げつけた。
「なんでそこにいるんだ?」
「おい、なんだその口の聞き方は? 仮にも、神でも、俺はお前の兄貴だろう?」
そう目の前にいたのは、僕の兄だった。
大嫌いな僕の家をこよなく愛する兄、闇流(アル)。
「あんたのことを兄貴だと思ったことは一度もない。それにしても、神……? どういうことだ!」
「ああ……お前は知らされていなかったのか」
「知らされていない? なにを!」
「神っていうのはな、俺らの家系で代々引き継がれていかれたものなんだよ。親父はどうやらお前に継がせたかったようだが、お前はそれを拒否したんでな。俺が貰った。今じゃシャドウって名だ」
「ッ! じゃあこのみの事も、神の創りしゲームの事も、今回の事も、全部お前がッ!」
自分の家がどんな家なのかだったのか、その正体を知って困惑するよりも、僕があの時譲り受けた力から聞いた神のことに頭が行って、怒りの方が早く湧き上がってきた。
「おいおい、ちょっと待てって……。今回のことは違うぜ、俺がやったわけじゃない」
「でも……現に今、お前は神だと言った」
「アァ……、ったくメンドクセエな。ま、大切な弟のことだ、懇切丁寧に説明してやるよ」
「…………」
「今、お前が住んでいた世界はいわゆる受け継がれてきた世界なんだよ。親父がじじいから、じじいがその上のじじいからって具合にな……。で、親父はその世界を受け継ぐ役目をお前に託したかったそうだ……。ったく、ひどいよな。こういうのは、兄貴の役目だろう? 俺はオレでその役目を……というか力を引き継ぎたかったんだぜ」
「……」
「ま……お前に同情を求めて帰ってくる言葉はないか。……そして、ありがたいことに親父は力を手放さなくちゃいけないぎりぎりまで待ったがお前は答えを変えなかった。それが十年前の話だ」
「十年前……?」
確かに僕は僕の家のやっていることを何一つとして理解していなかったけれど、あの家が嫌いだったのは小さいころから確かだった。
父親の僕への無謀ともいえる家を継げという重圧と、兄からの数々の虐めで半ば逃げるようにして家を出た。そう記憶している。
「そして、ようやく、長年の恋い焦がれたものを手に入れたわけだ! 喜んださ、やっとこのくだらない世界が壊せるって!」
「ッ!」
「はっ、何を驚いてんだよ。当たり前だろ、今まで神はいくつもの世界を創ってきて、ただ親父たちはそれを受け継いできただけだぜ。そんなの、つまらねえじゃねえか?」
「……本気で言っているの?」
「嘘だよ…………なんて言うと思ったのか? 言う訳ねえだろ。まさか、忘れたわけじゃないだろう?」
その瞬間、目の前、目上にいたシャドウが自身の王座から立ち上がり、
「まだ、残ってんだろ? 俺が、つけた、傷……」
背後、まるで耳元でささやかれるようにして声がして、背中に奴の指の感覚が現れる。
「やめろッ!」
思わず、叫んでいた。それはただ僕が僕の中にある記憶から逃げてただけなのかもしれないけど。
「おー、こえ。ま、おふざけはこれくらいで」
カツカツと靴の鳴らす音を響かせながら、僕の背後から目の前までやってくる。
「せっかく手に入れた力は、だが、親父の策略、陰謀によってほとんど使い物にならなかったんだよ。ただ、この今俺とお前がいる空間を作ったり。そういってしまえば、壊すことがまったくできなかったんだ、悔しいことにな」
「……神の創りしゲーム…………」
「おおっ、ご明察。さすが……むかつくくらいに勘がいい」
同じく神トウヤらを受け継いだ十年前、神が始めた神を決めるためのゲーム。
「言ってしまえば親父が俺に課したルールは、つまり俺が神の場合のみに適用されるのさ。なら、他の奴に神を継がせ、その力をそいつごと丸ごと奪い取れば、どうなるのかってな……。結果は……この通りさ。ま、俺に挑戦する奴がいたら程よく負けてやろうと思っていたのが、本気で負けたのだけは予想外だったが、それも保険をかけておいたおかげで無事に、こうして、この力を持って、神となった!」
シャドウの言葉と共に突如として足元に広がったのは、東京の景色。シンボルマークである赤と青の電波塔がはっきりと見える。だけど、その光景は凄惨なもののだった。
建物は崩れ落ち、道が埋まり、人々はその中に埋もれていた。阿鼻叫喚といいたらよいのだろうか、今見えているのはまさにそんな光景だった。
「お前ッ……!」
「そんなに怖い顔するなって……。ぶっちゃけ怒りたいのはこっちの方なんだぜ。せっかく俺が唾をつけといた嫁候補を見事に籠絡してくれちゃって……」
「嫁……」
「雪原このみのことだよ! ま、その名前も俺が付けたんだが。せっかく女神になるための権利があった力を。神の創りしゲームの景品として見せびらかした力を。誰かがルールを破って無理に神の力奪うことになっても俺は力を失わずに済むようにしていた力を。その制限された大部分の力を、見事に奪いやがって!」
目の前にいるシャドウの怒りが見る見る間に絶頂を迎えようとしている。眼下に広がる景色は、東京から日本へと広範囲になっていき、そして日本列島が火を噴いた。
「何をッ!」
「とぼけんじゃねえよ。お前があいつから奪った力だろ! お前がここにいて、お前に懇切丁寧に今までの説明をした理由がそれだ! こんなんじゃ足りねえんだよ!」
シャドウが僕の胸に指を突き立てて、何度も何度もたたく。
「俺から奪ったものを返せ!」
そして、攻撃的な意思がはっきりと僕に向かって飛ばされたのが分かった。その次に何が来るのか、もうほとんど理解してた。
けれど今の僕の体は極めて脆く、ましてやあの時もらった力はそもそも剣として僕の手にあった訳で今の僕が持っているわけがなかった。
思わず、手で身を覆い、咄嗟に降りかかる攻撃を少しでも防ごうとした。
だけどその手をすり抜けて僕の目に入ってきたのは眩しいくらいの光だった。
「なんだッ!」
耳にはシャドウの驚愕の言葉。
『私は常にあなたと共に在ります』
続けて響いたのは誰ともわからないような、だけど不思議と安らぎを感じる声だった。
「君は……?」と思わず聞いていた。
『あなたに宿る、そしてあなたに託された力です』
つまり、それはあの時このみから託された……。
『ええ、加えて元来あなたに宿る力です』
「ごうらああああっ! そこから出てこいやッ!」
外で響く音はシャドウのこれまでにないくらいの怒号。周りは眩しいくらいの光に囲まれていて、何が起こっているのか分からないけれど。
『決めるのはあなたですよ。この空間は長くは続きませんから……。シャドウに、元来一つの力としてするか、それとも……』
その先の言葉は続かなかった。それに、眩しいほどの光も弱まっていく。
時間にしてみればほんの数秒の出来事。
だけどなぜだか僕は一人じゃないような気がした。
『絶対に止めて』
あの力を託された時の混じりけのない純粋な心からの思い。
僕は王都を最終的には守ることができたんだろうか。
今でも、僕の世界はシャドウによって壊れつつある。
もし、シャドウの言いなりになって力を渡したとされて、その後に何が残るんだろう。
ズキンと胸が痛む。
遠い昔に、必死に忘れようとして忘れていたはずのことが思い出される。
シャドウの歪んだ笑み。血に染まる鉛筆。破れ、段々と血に染まっていく服。
『やめろよ……いい加減』
そしてどこまでも冷たく上から押し付けられた言葉。
あいつを見ただけでその時の恐怖が一気に浮上してきた。一番楽なのはこの痛みを忘れるために、あいつの言うとおりにしてここから立ち去ることを赦してもらうことだろう。
でもそれでいいのだろうか。
このみのあるはずだったありふれた人生を。
シンクによって無慈悲に奪われたたくさんの命を。
そして、今眼下に映っている本来ならごく平和な光景を。
そのほかにも数え切れない、いろいろな道のすべてを捻じ曲げた元凶があいつだ。
僕の、たった一人のちっぽけな恐怖でそれを見逃していいはずがない。
「なんだぁ……? その目は……」
そしてついに弱くなっていた、たぶん僕を守っていてくれていた光が消えた。
すぐそこには何のフィルターを通すことなく、ありのままのシャドウが立っていた。
「僕の持っているこの力は……守るために託された力だ。渡すわけにはいかない」
自分で言った言葉が震えているのが分かった。
「ふっ……おいおい、声も、体も震えているぜ。そんなんで……よくそんなセリフが出てくるな…………。で、どうするんだ、戦うのか? 殺すぜ」
体中から冷や汗が吹き出てくる。体の感覚が遠のくようで、手に力が入らない。
「大丈夫だ……大丈夫だ……」と小声で自分に言い聞かせる。
「あん……なんだって?」
「戦わないよ……勝てないから」
「…………?」
心よ震えるな、言葉も体も震えるな。
思い出せ。
あの時、右手に広がって僕の不安を見事に消した、このみの手の温もりを。
僕に決意をくれたふゆかの言葉と思いを。
そして、ついさっき僕が向こうの世界の僕に与えられた腹の痛みと、手にじんと残ったこっちの世界で起こったことへの思いの丈を。
「僕は、お前の、いや……この世界から神の力を消し去る!」
頭にはすっかりと忘れ去られていた記憶が舞い戻る。父さんと兄貴と僕がいて、兄貴の手には薄青色の光を発す何かが、そして僕には小さな光を灯す力が入り込んでいくのを。
それを思い出すと、なぜか心がひどく落ち着いていく。
「ッ! おまッ…………」
「お前は言った。僕の持っている、いやこのみに渡した力はお前と繋がっているんだろう?つまり、僕がこの力を消せば、辿ってお前の持っている神の力も消える……」
「……自分が何を言っているのか、理解しているのか? 神の力を消すのと、神がしてきたことを消すのは同義だぞ!」
「わかってるよ。でも、さすがに神の力を消したからって、すべてを無にすることはできないよ。せいぜい、今の神のやってきたことをなかったことにするだけだ。それは僕にとって願ってもいないことだよ」
「ふんっ……できると思っているのか、それがお前に……。それはただの借り物で神の力を消すなんて、俺でさえやれなかったことだ」
「できるよ……この力はお前の制限された、壊すことのできる力の大部分なんでしょ?」
それに僕にはお前の持つ力とは少し違う力が多分宿っている。
「……ッ! させると思うかッ!」
話し合いでは解決できないと思ったのか、シャドウが手を前にかざし、同時に奴自身が僕に特攻する。もともと、僕とシャドウとの距離は二メートルとなかったから近づくのなんて一瞬だ。
でも、
「するよ……思えば、こんなの一瞬だ」
それよりも早く僕は僕の中にいる力に呼びかけた。
『ごめん……だけど、こうするしか方法はないみたいだ……消えてくれ』
そして今ある世界がぷつんと途切れた。
電源の切れたテレビのように真っ黒な液晶の中にいるように、真っ白な世界が一瞬で消えた。僕の意識もそうして黒に塗りつぶされるようにして例外なく消える。
唯一、頭に残ったのは二つの言葉……。
――いいえ……でも、私はこれまでも、そしてこれからもあなたと共に在ります
――すべてを、そして悪かったことだけを押しなべてなかったことにできるなんて思うなよ
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