第3話 世界の終わり

「颯也たちは……どうなったのかな?」

僕は静かに落ち着いて口を開いた。あんなことがあったのに、驚くくらいに冷静だ。こんなにも落ちつているのは、恐らくこの場所だからなのだろう。

颯也の言っていた通りに、このパイプラインは僕の知っているところにつながっていた。

だから、そこでいくばくかの休息と心の余裕ができて今まで重く閉ざされていた僕の口がそうして開いた。

「私には、分からない。ただ……死んではないと、思うよ」

「そっか。まあ、このみがそう言うんだったらきっとそうなんだろうね」

僕も心の中では、颯也は死んでいないと思っている。

「とにかく逃げないとだよね。ここにいても、いつか誰かが追いつきそう」

「んー、そうだね。多分、簡単にはあきらめてくれなさそう」

「とりあえずは地上に――」

そう僕は次の行動を言いかけて、やめた。

「どうしたの、ひかる?」

「ちょっと……」

僕は人差し指を口の前まで持って行って、このみに沈黙を促した。

「なにか……聞こえる?」

多分、このみには人との会話以外の音は聞こえてくることはないのだろう。

いや、それとも、ヘッドフォンのボリュームを少し下げれば周りの気配で少しは分かるのかもしれないけど、今はわかるはずもない。

「うん……かすかにだけど足音がする」

「上にいる人のじゃなくて……?」

「足音がこの空間で反響してるから、多分同じ場所にいる……と思うけど」

多分、颯也の城を襲った奴らと同じ奴らだと思う。まだ、場所は遠いと思うけど、きっといつかは追いつかれてしまう。

というか、場所がばれるのが早すぎるだろう。

颯也の時も地下道に入り込んで、今もそうだ。なにか種があるのか……。

まるで元々この地下道に精通していて、僕たちがどんな行動をするのかを見透かしたような感覚に陥る。でも、だとしたら逃げ切れる可能性は小さい。

「どうしたの……?」

僕が考え込んでいたからか、このみが顔を覗き込み心配そうな瞳で僕を見つめる。

「いや、なんでもないよ。とにかく上へ逃げよう。ここじゃ、きっと追いつかれるのも時間の問題だ。こっちからは相手がどこにいるのか分からないし、人のいるところに行けばとりあえずは大丈夫……なんだよね?」

「うん……その度合いにもよるけれど、それなりに多ければ襲ってきたことはなかったけど……けど、それが今も大丈夫かどうかはわからない」

「え?」

「え、ううん、何でもないよ。少なくとも、ここにいるよりかは安全だと思う」

「じゃあ、すぐに、ここから出よう。今、この上は人通りの多い場所の近くなはずだから」

「うん」

僕は記憶の中から、地下道の道なりを思い出し、一番近い出口を思い出す。

そこに向かって僕は走り出した。このみの足音も続けて聞こえてくる。その音を確かめながら、僕は地上へとのぼった。このみも後からついてきて、そして出遭った。

そこは公園だった。

そんなに広いというわけじゃないけど、狭いというわけでもない。

昔、友達とよく遊びに来ていたりもする公園だ。よく知っている場所だ。

知らないのは荒立たしい風と、上空から降ってくる異物、あたりを眩しく照らすサーチライトの光。

マンホールから顔を出し、気づけばこの調子だ。

「ああ、もう!」

僕の口からは、自然とそんな文句が声にならないまま這い出た。

上空にいたそれは僕たちの目の前にいて、サーチライトの光が僕たちを捕らえるよりも若干早く地上へと僕たちは体を出したけれど、すぐに眩しい光線が僕たちに照準を合わせ、狙っている。銃声と銃弾が足音よりも一瞬遅く鳴り始め。地面に敷き詰められた公園の砂が舞い上がる。その間、視界は闇に塗られる。

無意識のうちにこのみの手を引き、ここぞと言わんばかりに記憶を頼って公園から出た。

その先にある階段を下り、続けて坂道を全速力で下った。

とにかく逃げなくちゃ、そんな気持ちで僕の心の中はいっぱいだった。

少し人通りのある場所に出てきて、僕はゆっくりと立ち止まる。

自分自身が肩で息をしているのが分かった。そこまでに僕の心臓は限界を超えて動いている。それでも、それを必死に落ち着かせようとした。

「なんで……こんなことに……っ」

追手は地下だけじゃない。地上にもなんだかよくわからない殺人狂は僕たちを、いやこのみを狙ってうろついている。

ちょっと視線を横にずらすと、僕と同じように肩で荒く呼吸をしていながら、立ち止まっているこのみの姿が目に入る。

「なんなんだよ、一体……」

まだ来るのかよ。いくらなんでもしつこすぎだ。そして目立ちすぎだ。まるで何かに焦っている様な。いや、今はどうやって逃げるかだ。

「このみ、こいつらはいった――」

このみに、颯也って追手の情報を聞こうとした時だった、

ヘリコプターの羽音が聞こえた。

すぐさま、その音のする方向を向いた。

はるか上空にその黒塗りのヘリコプターを発見することができた。

目をこらして、じっと何をしているのかを見る。

ヘリコプターの扉は開いていた。

そこから人が乗り出して、何かをこちらへと向けていた。

もはや銃と呼べるほどかわいらしくもなく、その砲口は数十センチにもなるようなほど大きく、それをこちらへ向けているということは……。

撃つ気じゃないよな。

そんな……遠くから……。

当たるわけがないじゃないか。

それに……、人だってたくさんいるんだぞ。

どうするんだよ、それを……?

巻き込むのか、こんなにもたくさんの人を、意味もなく?

考えるよりも早く、身体が動いていた。

逃げなくちゃ。

当たるはずがないけれど、それでも逃げなくちゃいけない気がした。

人がいなくて、狙われないようなところに行かなければいけない。

そして、その発射音が僕の耳に届いた。

数秒後には、さっきまで僕たちがいた場所で爆発が起きた。

坂道を下りてきて、この通りに面したその場所にほとんど狂いもなく、その爆発物は大きな音を立てて飛んできた。

「うそ……だろ?」

あそこはさっきまで僕たちがいた場所じゃないか。

そんなところに、あんなに遠くの場所からあんな危険なものを撃って命中させることができる? 風とか、それまでにある障害物とか、そういうのも全部考えたうえで、あんな砲撃ができるのか?

化け物だ。

そして続けて思った。

いや、最初から化け物だったな。

このみは人の心を読むことができるし、颯也はあんなにでかい組織のトップだ。

それが攻撃性を伴ってしまえば、こうなってしまうのは思ってみれば単純なこと。

僕の心は、そこで一端折れかけた。

そう折れかけたのだ。

だけど、折れはしなかった。

「このみ……あれはなに?」

「私や颯也と同じような人……」

何かを諦めたようにこのみは口を開く。

「そうか」

からからと乾いたのどから、しわがれた声が出た。

「あいつらも、このみのこと狙っているんだよね」

聞いて思った。でなけりゃ、あんな物騒なものぶっ放したりはしないか。

「そうだね」

もう、あたりは阿鼻叫喚の嵐だった。

人の焼ける嫌なにおいがあたりに立ち込める。

嫌な臭いだ、と思う。

何人もの人が僕にぶつかって、僕はよろけてこのみは僕とはぐれないように僕の手をしっかりと握っている。

「あの……ひかる……?」

「ん、なに?」

「だいじょう……ぶ?」

「うん、全然平気だよ」

そう、平気さ。

ここから、さっきのヘリコプターを見る。はっきりと見える。

さっきと同じ顔の奴が、女で手には蝶の入れ墨がしてある、あの女が見える。その顔は人を見下して、こうして人を殺すことに悦楽を感じているように恍惚とした表情を浮かべている。

そして僕たちが死んでいないのをみると、再び死の砲弾を放とうとしてくる。

多分、あいつにはいろいろな事を視ることができるんだろう。

僕にはそんな化け物と戦う力なんかない。とことん、逃げるしかないんだ。

そしてなんとなく、このみと一緒にいろといった颯也の思惑がわかったような気がした。

まったく、こうなることがわかっていたのかよ、颯也は。

最初から僕にごたごたから逃げてほしいなんて思っていない。それはあくまで、このみを言いくるめるため嘘だったんだ。

でも今、これだけは言える。颯也が僕にやってほしいことと、僕が今やりたいことはほとんど重なっている。

「このみ……、僕はどこまでも君を逃がすよ。どんなことがあっても、どんな敵が追ってこようと、君を守って逃がす」

今日初めて会ったはずなのに、僕はそう言い切った。本当、泥沼の深みにはまってしまった。これが運命ていうものなのか、それはわからない。ただ、それから逃げることなんてしたくない。そう思った。

「…………あっ、その、なんというか……」

そして言ってしまってから、その言葉の重要性に自分自身で気づいた。

まるで、今の言葉は、プロポーズみたいじゃないか。

このみはこんな状況なのに顔を真っ赤にして、うつむいてしまっている。

僕も似たような感じだ。

「あ、その、深い意味はないよ。そのまんまの意味で受けとってもらえれば、と思うよ」

「う、うん、そだね」

そんな事をしているうちに二撃目の爆発音が轟いた。反射的に僕はこのみを抱きかかえて、脇へと飛んだ。今までなら考えられないような明らかに一般人とは異なる、だけど決して不可能ではない程度の運動能力で。

熱風は背中にあてられて、ただ熱いと思った。

だから気づかなかった。

僕は、なんにも気づかなかった。

その時、僕は車道へと飛び出ていて。

そこには、初撃と二撃目で倒れた車があって、そのなかには車道を塞ぐようにしているタンクカーもあって、周りの人はそこから逃げていて……。

そこまでで、僕は気づいた。

ああ、終わりはこんなにも早いんだ、と。

ここに来て、僕はどことなく自分に酔っていたんだ。

一度飛び上がったらもうどうすることもできないし、その場所へと突っ込んでいくだけだ。タンクから漏れ出した発火性のある液体が、爆発的な勢いで炎を上げるのがスローモーションとなって僕の目に映る。

「ごめん……」

その短い一単語しか言うことができなかった。

言って、その瞬間に僕の体はその爆発に巻き込まれて、焼けた。

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