豪結ー11

「よくもまぁ、顔を出せたな」

 不快感を隠すことなく呟くと、松島は少しだけ困った顔をした。

「そう怖い顔をしないでほしい」

「無理な話だろ? あんた、何をやったか分かっているのか?」

「少々、強引なやり方だったが、私は君の為を思ってやったんだ」

「押しつけがましい言い方とやり方だな。誘拐が俺のためだって? 脳みそ、腐ってんのか?」

 怒気を含む言い方に、松島は肩をすくめた。こちらの話を全く聞いていない――聞かない素振りだ。

「貴方、あんなのと知り合いなの?」

 俺と松島の会話を静かに聞いていた堰神が、通信ではなく口頭で質問してきた。その顔は険しく、明らかに松島を嫌っているのが分かる。

「知ってるの?」

「えぇ、嫌ってほど。獅童成典の元で訓練を積み、一時期はエースの座まで上り詰めたけど、そこから竜人教に傾倒。なまじ腕が立つからおかしな行動さえしなければお咎めが無かったのが祟って、『竜人最高。自分正しい』って考えのおかしな人間よ」

「つまり、あれも竜と太陽の神話会の人間ってことか?」

「本人も神話会も違うって言っているけど、系統としては同じね」

 距離があるので聞こえてはいないと思うが、松島と宗教団体が同じ穴の貉と言われたからか、松島は「ハッ!」とイラついた息を吐いた。

「君たちは分かっていないようだね。私たちと、あんな奴らを一緒にしないでほしい。私たちは、獅童成典の意思を引き継いだ、一番の部隊・・だよ」

「勝手に父さんの名前を出して、悪行を働かないでもらえますか?」

「それも誤解だ。現に、我々は竜人の保護を最優先にしている」

「まだそんなことを言っているんですか? 竜人が居るなんて妄言を信じて、いつまで人に迷惑をかける気ですか?」

 相手に話す気が無いように、こちらにも話す気はない。それは松島も理解しているようで、今度は肩をすくめるだけでなく、大きな、俺たちにも聞こえるため息をついてきた。

「ならば、君が着ている竜人外骨格服アークスマイトスーツはどう説明する? 日本には、現在、120基の竜人外骨格服アークスマイトスーツが存在している。そのどれもが神器遣いかその候補生――神代学園の生徒が所有している。君のは、121基目の確認されていない神器だ」

「科学は日進月歩ですよ。これは、竜人外骨格服アークスマイトスーツではありますが、その核となるのは魔力。これは、魔力核式神器によって顕現された、竜人外骨格服アークスマイトスーツですよ」

 今現在は嘘だが、宮前さんが言うには研究段階だが実現可能な技術だ。

 そのことを言うと、松島はこういった技術面の話には疎いのか、やや驚いた表情をした。

「それは初耳だ。私が一線で活躍していた時は、そういった技術を研究している、という話を聞いていたが、まさかすでに完成しているとは……」

 そういうと、松島は笑顔になった。何を仕掛けてくるんだ、と身構えると松島の背後――船内から、白衣姿の人間が数人ゾロゾロと出て来た。

「しかし、それは好都合だ。私たちとしては、話し合う気が無い剣仙は必要ない」

「よく分かっているじゃない。犯罪者を捕まえるのも、神器遣いわたしたちの仕事なの」

 安い挑発に、堰神も同じく安い挑発で返す。互いに、気にする価値もないと思っているのか、その声色は剣呑としたものではなかった。少なくとも、表面上は。

「ならば、これでどうか?」

 白衣姿の連中が押して来た、発電機のような物に松島は手を置きながら言った。

 竜人外骨格服アークスマイトスーツの機能で、中の物が何なのか調べようとしても、今まで確認されていた物でないようで、その内容が表示されない。

 チラリ、と堰神を見るが、堰神もそれが何なのか分から無いようで、同じような瞳で俺を見てきた。

「現代兵器を凌駕する、神器の訓練は国の課題だ。それと同時に、どうすれば相手方の神器を弱体化させられるか。それが――」

「ッ!? まさか!」

 堰神が驚くと同時に、松島は手で白衣の連中に指示を出すと、その発電機のような筐体は稼働を始めた。

 高高速の戦闘に特化した堰神の剣仙であれば、あの機械を止めることなど造作なかっただろう。だが、松島に焦りはない。かわりに、堰神が焦った。

「神器がっ!?」

 堰神の言葉と同時に、俺の竜人外骨格服アークスマイトスーツから力が抜け、動きが鈍った。

「獅童君。竜人外骨格服アークスマイトスーツの調子はどうかな?」

 不敵な笑みを浮かべて聞いてきた。そんなこと、直接、聞かずとも、分かっているだろう。

「それこそが、君の着ている物が竜人外骨格服アークスマイトスーツという証拠だ。この機会は、竜核式神器によって顕現した竜人外骨格服アークスマイトスーツを弱体化するものだ」

 言い訳もできなかった。竜核式神器で顕現した堰神の剣仙と同じく、俺の神器――巨爪の化け物ロノ・ペルロの動きも精細さを欠いている。

「凄い物を持ってんですね。それって、国家秘匿技術とかそういった類じゃないんですか?」

「その通り。聡い人間は好きだよ」

「そりゃどーも」

 こんな物を、個人が所有しているとは思えなかった。神器遣いの世界というのも、かなり闇が深いようだ。

「これを見せたのは、それなりの理由がある。私が竜人の魂を開放したいというのは理解してくれていると思うが、その願いを叶えるためのこの機械だ。この機械さえあれば、竜核式神器で顕現できる竜人外骨格服アークスマイトスーツの下位互換である、魔力核式神器で戦闘したとしても、相手を弱まらせることが出来れば互角以上に戦える。技術が進めばさらに、だ」

 「つまり、竜人の魂は必要なくなる」と松島は熱く語った。その言葉に、その表情に嘘はなかった。

 夢を語る人間というのは、一定の方向性と熱さがある。それを、松島も持っていた。

「君が保護している竜人のクラエス氏には、確かに無理やりここに来てもらった。それについては謝罪もするし、君たち・・・・からの罰を受けよう。しかし、この話をしてクラエス氏も獅童君と相談をしたいと言ってくれた。彼女としては、私の感覚になってしまうが、了承してくれていると考えている」

 つまり、俺が首を縦に振れば、その願いを――クラエスが抱いていた願いを叶えられるということだ。

 難しい。途方もなく難しい話だが、この機械があれば、この機会を作るもしくは持ち出すことが出来る権力があれば、それも可能になるのかもしれない。

「獅童君、あなた……」

 俺の心が揺らいだことを悟った堰神が、小さく問い詰めるように呟いた。

「話を聞いてはいけない。これはどちらが正しいという話ではなく、君がどうしたいか、という話だ! 君が決めるんだ、獅童幸徒!」

 その松島の言葉で、決心がついた。この世界は、俺にとっては酷い世界だ。犯罪者の息子というレッテルのせいで、辛い日々を送った。

 だから――。

「悪い、堰神」

「待ち――ッ!?」

 高高速の戦闘を得意としていても、俺の間合いで、さらに自然体の状態で回避することは不可能だ。

「ゴフッ!?」

 俺が爪を顕現している時間で逃げられる可能性があったので、堰神の脇に帯びていた刀を抜き、そのまま腹に突き刺した。

 『信じられない』と、そんな声が聞こえそうな、驚愕の表情を浮かべながら堰神はその場に崩れた。

「邪魔者は消えた。話を聞く前に、クラエスに会わせろ」

 余りにも思い切りが良い行動だったからか、周りの白衣だけでなく松島も少しだけ面食らったような顔になった。

「俺は、こんなクソッ食らえな世界に生きるつもりは毛頭ない。弱いままでも終わらない。クラエスの――竜人の願いを叶えるが、俺の願いも叶えてくれるんだろ?」

 半ばヤケになった顔になっているだろう。表情筋が強張っているが分かる。

 しかし、勢いがあったからか緊張という呪縛から解かれた松島は、溢れんばかりの笑顔で俺を迎え入れた。

「ようこそ、竜と太陽の神話会へ。我々こそが、本当に竜人を思っている人間が集まった組織だ」

 皆、笑顔になった。俺だって、今までにないくらいの笑顔だ。

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