神器遣いと竜姫の闘舞(ダンス)

いぬぶくろ

プロローグ

 雲と同じ高さにあるこの地は、季節が春を迎えているというのに、いたるところに残雪が後ろ髪を引かれているように留まり空気を冷やしていた。

 日が傾き始めた頃、この寂しい光景が広がるこの世界に、二人の男女が向かい合っていた。

 片方は、赤と黒が入り混じった長髪を風になびかせ、外套を羽織っている少女。キッ、と綺麗に伸びた眉に気の強そうな瞳は見る者を委縮させる。そんな雰囲気を放っていた。

 対するもう片方の男は、岩に背を預け、フードからのぞく顔は今にも死んでしまいそうなくらい顔を青ざめさせている。

 元気であれば、女性が好む顔だったのだろう、と分かるほどよく整ってる。肉体も鍛えられていたはずだが、辛い長旅により衰弱していた。

「すまないな、クラエス。どうやら、私はここまでのようだ」

 男は弱々しい声で、目の前に建っている少女――クラエスに弱音を吐いた。

 それに対し、クラエスは元気づける言葉を言わない。すでに、彼の死期が近くなっていることを悟っているからだ。

「頼みがある。この手紙を、息子の――幸徒ゆきとに渡してはもらえないだろうか?」

 そう言い、男がクラエスと呼ぶ少女に差し出したのは、一つの茶封筒だった。長いこと持ち歩いていたのか、封筒は全体的に汚れており、端々は破れ、紙が薄くなっていた。

「お前には借りがある。人の元へ行くのは気に入らないが、お前は我々の願いを叶えてくれた。今度は、我々が願いを聞き遂げる番だ」

「ありがとう。息子には苦労をかけている。できれば、独り立ちできるまで――いや、これ以上は無理な話か……」

 虚ろな目をした男は、たぶん自分が話している言葉の半分も理解できていない。自分で話しているにも関わらず。

「幸徒……すまな……い……」

 男は、少女に差し出していた手をゆっくりと下すと共に、動かなくなった。

 二度と動くとのない男を見下ろし、クラエスは小さく息を吐いた。

「お前の願いは、かならず叶える。安心して逝け」


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