楽しい異変ー7
「膝枕してあげようか?」
「要らぬ……」
結果は散々たるものだった。課程が善戦していればまだ言い訳もできたかもしれないが、3試合やったにも関わらず、あれから過ぎた時間は30分だ。試合時間は、計8分。
1試合目は、1分。2試合目は、3分。3試合目は、4分で俺が撃ち抜かれて終了した。
今は強化素体でも減衰できなかった衝撃で脇腹を痛め、呼吸するたびに体に激痛が走るので横になって休んでいる。
「1試合目は全くダメだけど、3試合目で4分も生き残ったんだから、そこは褒めてもいいんじゃない?」
励ましているんだか貶しているんだか分からないが――、いや、堰神のことだからこれでも励ましているんだろうな。
「意味が分からん。壁抜きとかチートじゃん!」
「獅童君の奴もできるでしょ?」
「その先に相手が居るなんて分かんねぇよ! 何で正確に俺を撃ち抜けるんだ!?」
今でも、俺が負けた理由が分からなかった。だって、この試合、全てにおいて八東と会敵することなく、壁越しに撃ち抜かれて終了しているんだから。
どれだけ早く動こうとも、止まって息を殺していようとも、その正確さも倒され方も変わらない。ちなみに、一番、長く生き残った3試合目が息を潜めるやり方だった。
「感覚を研ぎ澄ませて、壁の向こう側を見るの。足音が、呼吸音が、心臓の鼓動が壁を伝わって私に教えてくれるんだよ」
「んな馬鹿な」
「でも私はやってるよ? イリヤもできるよね?」
「当たり前よ」
二人の言葉に戦慄した。吠え面をかかされたのは、俺の方だったからだ。
新品の神器が手に入り、1週間でクラスのトップに来た。クラスメイトを弱いと断じ、上を見ていた。
堰神と戦って善戦し、なかなかの手ごたえを感じていたが、まさか射撃で躓くとは思わなかった。しかも、八東は当たり前だが近接戦闘を得意とする堰神もできるときた。
「まぁでも、これは実戦でしか使わない――言ってみれば、第1運動場のみたいな制覇大会の会場じゃやれないしね」
「そうね。
2人からのありがたい言葉に、少しだけ心が軽くなった。当面の目標は、上位入賞をして生活に潤いを持たせることだ。それ以上のことは必要ない。
「獅童君の能力も分かったことだし、今日はこの辺りにしておこうか?」
「そうね。ここも次に待っている人が居るだろうし、あまり長居をしたら他の皆に悪いし」
序列1位だからと言って、人気がある場所を長時間借りる、ということはできないみたいだ。
そもそも、第1運動場を貸切るとかそれ以前に、利用すること自体、初めてだった。しかも、屋内訓練場を貸切るというのも。
「じゃっ、私たちの着替えは向こうだから」
「あぁ、分かった。今日は色々とありがとう」
礼を言うと、八東は手を振って笑った。
「今日は、じゃないでしょ? 今日から、制覇大会までしっかりと訓練をするんだから」
「マジか。それは、ありがたい。でも、自分たちは良いのか?」
「私もイリヤも油断はしないわよ。着替えて食事をして休憩してから、またここに来て訓練するんだから」
「そっ、そうか……。ハードだな」
堰神も八東も、ハードな生活にも関わらず「慣れた」の一言で終えてしまった。しかも、訓練の後に夜食を食べるというんだから凄まじい。
これは、俺も心を入れ替え、気合を入れて臨まなければいけないな。
□
「失礼。獅童幸徒君で良いかな?」
着替えを終えて、学校を後の校門を抜けたところで声をかけられた。
既視感を覚えるそのやり取りに嫌な予感がしたが、声をかけて来たのは今朝とは違う人だった。背広を着た、見た目、30後半くらいの身なりもは綺麗で体つきもガッシリとしているが、疲れた、草臥れた雰囲気を放つ男性だ。
「何でしょうか?」
「今朝、君は住んでいるアパートである男女と話していたようだが――」
「誰ですか?」
「名前はまだ分からないが、男は――」
「ですから、貴方は誰なんですか? 学校の敷地外とはいえ、待ち伏せして話しかけてくるのはマナーが良いとはいえませんが」
男の行為を一刀両断すると、男は力なく笑いながら首を振った。
「すまなかった。
「名刺は要るか?」と聞かれたけど、断った。その名刺のせいで、何が起こるか分からないからな。
男性――松島は名刺入れを出そうとしていたのか、胸の内ポケットに手を入れたまま固まってしまった。
「それで、松島さんは何のご用で?」
「そう警戒しないでくれ。私は昔、君のお父さんの成典さんの部下だった人間だよ」
そこで再び、松島はポケットに手を入れて写真を取り出した。
「君のお父さんと写った写真だ。それは君に渡しておくから、画像に加工がされていないか調べてもらって構わない」
受け取った写真を見ると、確かに目の前に居る松島と名乗るお琴と、父さんが一緒に映っていた。父さんは
「いえ、いいです」
写真を返すと、松島は力なく「そうか」と小さく呟き、写真を受け取った。
「それで、何のご用ですか?」
「あぁ。さっきも言った通り、君が今朝、話をしていたのはネットにも書かれている通り、竜と太陽の神話会というテロリスト集団だ。そこは警告しなくても理解していると思うから省くが、そのテロリスト集団が君を拉致しようと計画している」
穏やかじゃない話が松島の口から放たれ、俺は少しだけ目まいがした。
何で俺がそんな目に合わなきゃいけないか分からないし、そんな話をすみに避けているとはいえ、こんなところで話して良い内容なのか、と。
「なんですか、それ? 意味が分からないんですけど?」
「信じられない気持ちも分かるが、受け止めるんだ。私は、成典さんにお世話になりっぱなしだったが、その恩を返す前に成典さんはどこかへ行かれてしまった。ことが起こらない限り、手を出すつもりはなかったが、さすがにテロリストが出張って来ては君一人の力では対処できないだろう」
「そもそも、なんで俺があの宗教団体に狙われないといけないんですか?」
「まず第一に、君が獅童成典の息子だからだ。しかし、今までは全く芽が出ることなく過ごしていたが、最近、
それは俺も朝に思ったことだ。活躍するようになってから、急に声をかけて来た。
「私としても、あいつらと同じ考えになっているから人のことは言えないが、私は警告をしに来ただけだ。判断するのは君に任せたい。しかし、それと共に重要なのが、竜人を名乗る少女が来るのと同時に、君が活躍し始めたのがいけなかった」
まただ。今朝は、竜と太陽の神話会の男が竜人と言い、今は松島も竜人のことを言う。この二人が共に竜人と呼んでいるのは、クラエスのことで間違いないだろう。
しかし、クラエスが自らをイタズラに竜人と名乗ることはない。カマをかけているのか、それとも、どこかから話が漏れているか。
竜と太陽の神話会であれば、常日頃から「竜人が、竜人が」と言っているので、カマをかけるつもりはなく、本当に思い込みで言っている可能性もあった。
しかし、それでは松島の説明がつかない。
宮前さんが漏らした……とも考えにくい。書類の扱いなど、かなりずさんなところを見せられたが、最後の一線は絶対に越えない。だとしたら、家に盗聴器が仕込まれている可能性か?
「――朝も、竜と何ちゃらに言われたんですけど、同居人を竜人とか超常生物に仕立て上げるのは止めていただけませんか? 彼女は普通の人間だし、俺の実力を竜人の力とかほざかれると腹が立つんですけど?」
「それはすまなかった。しかし、どちらが事実だろうと、彼らは構わない。『竜王の魂を開放した、獅童成典の息子』という旗が、『正体不明の竜人を名乗る少女』が来ることによって、最下位から一気に上に駆け上がった、という話題が大事なんだ」
「だから――」
「違うなんて
「じゃぁ、どうしろってんですか!? これからずっと、最下位に居ろっていうんですか? 嫌なこった! これは、俺の実力だ! 竜人の力なんて関係ない、俺が生まれ持った力だ! 他人がどうなろうと、知ったことか! 全て、俺のせいにするなッ!」
一度、堰が切れてしまえば、後は濁流となって口から流れ出た怨嗟の言葉。吐き切ったあとで、自分が馬鹿なことを言ってしまったと気づいたが、もう遅い。
目の前に立つ松島は、ポカン、とした表情になり、異変に気付いた下校中の生徒たちも、チラチラ、とこちらを見ていた。
うまく我慢していたのに、まさかこんなところで出てしまうとは、自分の馬鹿さが悲しくなってしまう。
「もういいでしょ。不愉快だ」
「そうだな。すまなかった。すまないついでにもう一つ――」
謝罪の言葉を吐きつつ、これ以上、何を口にするのか、と苛立ちながら松島を睨むと、一瞬、怯んだ様子を見せたがすぐに今までと同じ顔つきになった。
本当に腹が立つ。
「君が住んでいるアパートの1階。そこに住んでいる女性は、竜と太陽の神話会のメンバーだ」
松島は、理由を説明することなく、俺が望んだ通りいうだけいって去っていった。
引き留めることはない。そうすれば、相手の思うつぼになるからだ。
そもそも、父さんの部下と言い写真を見せて来たから話を聞いたが、その話だけで竜と太陽の神話会の人間ではない、という確証はない。
父さんの部下の、竜と太陽の神話会の人間かもしれないからだ。
「はぁ……」
よくよく、出ばなをくじかれるもんだ。この一件で、またネットに悪い噂が書き込まれるだろう。
これからは、序列1位の堰神や、序列20位の八東が一緒に訓練をしてくれるんだから、彼女たちの名誉を守るためにも、俺が下げる原因になってはいけない。
松島は最後に何か言っていたが、聞かないことにした。考えても、俺には判断しかねるからだ。
そもそも、今までよくしてくれた人を疑うなんてこと、俺にはできない。
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