転換ー7
部屋に俺以外の人間が居るのはどれくらいぶりだろうか?
妹が一度だけ体調が良くなったので泊まりに来たことがあったけど、あれ以来、誰も部屋に呼ぶことは無かった。そもそも、そんな仲が良い人も居ないし。
「――どうした?」
と、俺のすぐ横で声をかけて来たのはクラエスだ。
今、俺はクラエスと同じベッドで寝ている。添い寝というやつだ。
初めは、俺が床で寝ようと思ったけど、突然、やって来たうえ、俺の人生を滅茶苦茶にしてしまった自分がベッドで寝る何てダメだ、とクラエスが床で寝ることを提案した。
だが、さすがに女の子――しかも、お姫様を床に寝かせる訳にはいかないので、色々と話し合いをした結果、こうして並んでベッドインとなった。
警戒心が無いのか、今日初めて会った俺にここまで心を許しているのか。いや、そもそも、何か問題を起こそうとしても、ランドリーでの一件を見れば俺が相手になるわけがない。
そう考えたら、あとは俺の気持ちだけだったので、こうして大人しくベッドでクラエスと一緒に寝ている。
「誰かと一緒に居るのは、久しぶりだと思って……」
「なるほど。私も、こうして誰かと一緒に寝るのは久しぶりだ」
「父さんとは一緒に寝なかったの?」
「私のか?」
「俺の」
話を聞けば、一時期は一緒に居たというのが分かる。その時も、こんな風に並んで寝たんじゃないか、と思って聞いてみた。
だが、何が良くなかったのかクラエスの表情が一気に不機嫌になった。
「私は女だ。竜人と人は種族が違えど、姿形は似ている。大人の男と床を同じくするなど」
怒っているのか恥ずかしがっているのか、クラエスが熱を帯び始めた。布団の中が、どんどんと熱くなっている。
いや、ちょっと待て。俺の父さんは、『大人の男』だから寝なかった?
なら、今、俺と一緒に寝てるってことは、俺が『大人の男』じゃないからってことか?
「ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだ?」
不機嫌さを隠そうとしないクラエスが、律儀にこちらを向いて聞き返して来た。
「クラエスから見て、俺ってどんな風に見える?」
「あのいかつい父親から生まれたとは思えない、とても愛らしい男の子だ。そして、優しさに満ち、光り輝いている、愛さずにはいられない子供だな」
「なるほど」
なら、クラエスのこういった行動も理解できる。俺だって、小さな女の子と一緒に寝ることには抵抗は全くない。だって、何の心配もないんだから。
「今日は、ゆっくり寝られそうだ」
「そうだな。ゆっくりと寝よう」
俺とは違う安心感だろうけど、クラエスは同意するとすぐに眠ってしまったのか、静かな寝息を立て始めた。
□
朝、目が覚めると手のひらに何か違和感が――といったことは無く、いつも通りの目覚めだった。
隣を見ると、クラエスはすでに起きて窓際で胡坐をかいて空を見上げていた。
「おはよう」
俺が起き上がると、空を見上げていたクラエスは俺に視線を移し、優しく朝の挨拶をした。
「おはよう。何をやっていたんだ?」
「朝の日光浴だ。最近、ずっとあの服を着っぱなしだったから、直接、陽の光を浴びることがなかったからな」
春過ぎの陽光は柔らかいが、風は少しだけ冷たい。それでも、窓際に座っていると肌が焼かれるような熱さを感じるものだが、まだ朝ということもあってそこまで熱はないようだ。
ときおり、洗濯物が風に揺られて影を作るのがまた、気持ちが良い光景を作り出している。
「今日はあそこ――学校というところには行かなくていいのか?」
「休みだから大丈夫」
だから、前日は目覚ましをかけずに寝た。クラエスは長旅で疲れていると思ったし、用事はあるが、その時間には自然に目覚めると思っていたのでから。
しかし、普段より少しだけ長く寝たからか、体がだいぶ軽い。
「朝ご飯は食べる? そんなに良い物はないけど」
「ありがとう。本当のことを言うと、日光浴をして空腹を紛らわせていたんだ」
光合成でもするつもりかな、と疑問が頭に沸いたけど、それは言わないでおいた。クラエスは竜人だし、茶化しただけで何か意味があるかもしれないと思ったからだ。
「期待しても、そんなに良い物はないけどね」
冷凍庫から、二人前の冷凍ご飯を取り出してレンジに入れて解凍する。その間に、鍋に水を入れてコンロに置いて火にかける。もう一つのコンロにフライパンを置いて、卵を二つ投下してから弱火にかけておく。
お湯が沸騰したところに解凍したご飯を入れて一分煮たら、スープの素を入れて、かき混ぜた卵を回しながら入れれば、雑炊の完成だ。
スープの素雑炊と目玉焼きの簡単朝ごはんの出来上がりだ。
「美味しそうだな」
「大層なもんじゃないけど、朝はこれが一番良い」
ご飯も雑炊にすればかさが増すし、目玉焼きは安いし簡単に作れる。手間もかからず、忙しい朝でもササッと食べることが出来るので重宝している。
「いただきます」
「どうぞ」
スプーンで雑炊をひとすくいしたものを、クラエスは、ふぅふぅ、と冷ましてから口に運んだ。
「美味しぃ~」
「昨日の冷食の方が美味しいと思うけど?」
夕食に出したのは、冷食の炒飯だった。一袋を一気に解凍した物を、そのまま大皿で出した。それも、クラエスは「美味い、美味い」と食べていた。
たしかその時は、久しぶりにまともな食事をした、と言っていたな。
「そんなことあるか。昨日のは、そこの機械で温めただけ。今日のは、ユキトが最初から最後まで作ってくれたじゃないか」
「簡単なもんだしな」
「簡単か、そうじゃないかは関係ない。ユキトが私のために作ってくれたことが嬉しいし、それを含めて『美味しい』んだ」
「そんなもんか?」
「それ以上の何があるというんだ?」
不思議そうに聞いたクラエスは、俺が何も答えないと再び雑炊を食べ始めた。よほど空腹だったのか気に入ってくれたのかは微妙だったけど、朝ご飯はあっという間に無くなってしまった。
「それで、クラエスはこれからどうするんだ?」
「ナリノリに言われた通り、出来たらユキトたちを守らせてほしい」
クラエスは父さんから、俺たち家族を守ってほしいと、言われたらしいけど、他人の人生を割いてまで守ってもらおうと思っていない。
「いや、それはいいんだ」
「なぜ!? 我々は、ナリノリから――」
俺から拒絶の言葉を受けたクラエスは、ショックを受けた。第一の目的に、手紙と父さんの遺体を渡すこと。その次に来ていた目的を拒絶されたんだから、当たり前かもしれないけど。
「だから、もうそれはいいんだ。人の弱みに漬け込んで何かをやってもらうんじゃ、それは卑怯者がやることと一緒だ」
「そんな訳ない! 私は、自分からやりたいと思った! 確かに、初めはナリノリに言われたからだったけど、今は違う。ユキトと会って、『守りたい』と、そう思ったんだ」
「今の境遇は、成績上位者になれば改善される。そんなに気に病むことじゃない」
そういうと、クラエスはひどく落ち込んだ、とても悲しそうな表情をした。
「違うんだ。同情とか、そんな感情では話していない。守りたいと、そう思ったから――私は……」
声がどんどんと尻すぼみになっていき、最後は言葉を切ってしまった。これ以上、話したところで俺には届かないと思ったのかもしれない。
朝は穏やかで楽しかった朝食だったのに、今となっては居心地の悪い酷い場所になってしまった。
悲しそうに目を伏せ、キュッ、と唇を噛んでいるクラエス。今にも泣きだしてしまいそうな雰囲気で、俺は何か話しかけなければ、と焦る。
「もしよかったらさ、妹に会ってくれないか?」
「ヒトミか?」
あっ、そこも知ってるんだ。父さんは、クラエスに色々と話をしていたようだ。
「そう、瞳。妹は、ここんところずっと入院していて、毎週、必ずお見舞いに行ってるんだけど、俺だけだと飽きちゃうから」
「いや、飽きないだろう。兄が来てくれるんだぞ? 嬉しくないはずがないだろう」
「えぇ? あっ、ありがとう……? ん、んで、もしクラエスさえよかったら、今日、見舞いに行くから一緒に来てほしいんだ」
「もちろん、良いぞ! 違う、連れてってくれ。ナリノリから話を聞いていて、話してみたいと思っていたんだ!」
「おっ、おぉ、そうか。それは嬉しい」
異様な喰いつきに若干、尻ごみをしてしまったが、妹のお見舞いに同行してくれるようだ。
なお、それを行うためには一つ二つ問題がある。
「なら、服を何とかしないとな……」
「これじゃ、ダメなのか?」
「ダメじゃないけど、ダメっぽいよなぁ……」
クラエスが着ている服は、昨日と同じ、背中に金糸で刺繍が入って黒色の肌触りが良いジャージに中はクソダサTシャツだ。
黙ったクラエスは綺麗なんだけど、視線がキツイから服装も合わせてもろヤンキーみたいに見える。
浮浪者みたいな服は昨日の内に洗って干してあるから着ることができるけど、あれだと目立つからな。
「まぁ、いいか」
選択肢が無いので、これで行くしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます