転換ー8
普段は自転車で行くが、今日はクラエスも居るので徒歩となった。かなり距離があるが、俺に会うよりも先に病院の方を見に行っていたらしく、「徒歩でも問題ない距離だ」とクラエスが言ったから、俺も安心して徒歩で迎える。
目的地は国立桜花総合病院という名の病院で、そこの4階にある個室に妹は入院している。
「おーっす」
「いらっしゃい、おにーちゃん!」
ストレスによる心因性の体調不良からウィルス感染という負のコンボによって、病気が治りづらい体になってしまった妹の瞳。
俺と違って学業も運動も申し分なく、現在は通信教育で中学の授業実績を作りながら、保護者がやっている神器の研究の実験結果の整理などのバイトをやっている。
「はい、お土産」
「モルテンシアのケーキ!? どうしたの、急に!?」
人気がある洋菓子店の紙袋を見た瞳は、目を輝かせて喜んだ。
たいへん人気があり、買うにはまず並ばなければいけないほど。しかも、一つが結構、高いからあまり贅沢が出来ない俺はまず買わないお見舞いのお菓子だ。
「フフフ。ちょっとした、サプライズだよ」
「何か、良いことあったの?」
俺の言葉に質問を飛ばしているが、視線はケーキの箱に釘付けだった。そこから見ても中身は見えないというのに、何が面白いのか……。
「クラエス、入って来てくれ」
「失礼する」
来客に対して、さすがに失礼だと思ったのか、瞳はケーキの箱から顔をあげて入って来たクラエスを見た。
「…………うわっ」
人の容姿に対してまず驚くと言った失礼なことをしない妹が、入って来たクラエスを見て驚いた。やっぱり、ヤンキーっぽいのがダメだったのかもしれない。
「なっ、何か変か?」
耳が良いクラエスは、妹が発した呻きを聞き拾い少なからずショックを受けた。
「違います、違います! すごく綺麗な人が来たから、何が起きたのかちょっと驚いちゃって」
「そうか? 気に入ってもらえて嬉しいよ」
ムニムニ、と自分の顔を触って何かを確かめているクラエスは、瞳を見て微笑んだ。
「ちょっ、ちょっと、おにーちゃん。誰、あの人?」
「あの人は、昔、父さんと一緒に働いていた人なんだ。こっちに来たときに、瞳に挨拶がしたい、と言ってくれたんだ」
「そうなの!?」
驚く妹は急に姿勢を正して、クラエスに挨拶をした。
「初めまして。
「初めまして。クラエス・ウィラハ・エステンハースだ。クラエスと呼んでくれ」
「おっ、おぉぉぉぉ……」
映画でしか見たことがない自己紹介に、瞳は目を丸くして驚いている。
「ちょっと、おにーちゃん。凄いよ。外人さんだよ」
「外人なんて、どこにでも居るだろ?」
俺が通っている
「居るのと知り合いじゃ、全然、違うよ。しかも、クラエスさん、凄く綺麗」
「ありがとう」
いつの間に瞳の隣に来ていたのか、クラエスは瞳の手を握りお礼を言った。手を握られ、お礼を言われた瞳は「はうっ」と変な悲鳴を上げて、顔を真っ赤にした。
「瞳、調子はどうだ?」
「だだっ、大丈夫、この間の健診でも、何の問題も見つからなかったから」
俺の質問にもなんとか平静を保ち答えようとしているが、声は若干、上ずっていた。
しかし、その少しの変化をクラエスは見逃さなかった。
「そんなわけないだろう。顔が真っ赤じゃないか。本当は、酷く調子が悪いんじゃないのか?」
初めは手で瞳の額を触り、熱を測っていたクラエスだったが、熱さが分からなかったのか額と額をくっつけて熱を測ると、瞳はさらに顔を赤くした。
「あっ、あの、あのあ――」
涙目になりながら、身をよじるようにしてクラエスのおでこ検温から逃れようとする瞳に、クラエスはまたショックを受けたような顔になった。
相手が年下だから、クラエスの心の壁がかなり下がってはいないだろうか?
「クラエス。妹は、恥ずかしがり屋なんだ。悪気はないから、許してやってくれ」
「そうだったのか!? 申し訳ない。縄張りへズカズカと踏み込んでしまって」
バッ、と立ち上がり、クラエスは瞳から距離を取った。どうにも、丁度いい距離感というのが分かっていないような感じがする。
「仲良くなれたところで、おやつの時間にしよう」
時刻は午前10時を少し回ったところ。この病院の朝食が午前7時30分なので、時間的には丁度いいだろう。
ちゃんと昼ごはんがしっかり食べられるように、大きく腹に溜まるようなケーキは買っていないつもりだ。
「何か、何か手伝うことはないか?」
「じゃあ、このポットに水を入れてきてくれ」
「分かった」
テレビ台の下から取り出した電気ケトルをクラエスに渡すと、「水道に案内する」と瞳がクラエスの手を引いて出て行った。
妹は、それほど人見知りをするタイプじゃなかったが、父さんの一件から他人を恐れるようになってしまった。
クラエスは、俺が連れてきた父さんの知り合い、というとで安全だと判断したのかもしれない。
今日一日だけでも、友達のように過ごしてもらえれば、と思う。
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