神器使いー3

 平日の初めである月曜日というのは、いつでも憂鬱な日だったけど、今日はそれほどでもなかった。

 朝、クラエスと一緒に朝食を食べてから登校した後も、頭の中は今日の実技訓練のことで一杯だった。

 今まで、どれだけ頭で思い描いていても、神器の出力が足らずにいつも負けていたが、今日からは違う。

 昨日、宮前さんから新品の核を貰った。まだここでは竜核の力を発揮する必要はないので、切り替えで魔力核の神器を使用する。

 クラエスの話では一定の距離を離れてしまうと、肉体の方に変調が起こり活動を停止してしまうとのことだったが、研究所からの帰りに試しに測ってみたら、アパートから学園程度の距離なら全く問題は無かった。

 今週末には、クラエスと出かけるついでに、どれくらい離れたら問題が発生するのかを検めて確認していかなければいけない。



 教室に入ると、一瞬で空気が悪くなった。あからさまに睨みつけてくる生徒に、舌打ちをする生徒。ただし、この程度であればまだ可愛い。

 中には、入室すると同時に喧嘩を売って来たり、机を外へ投げ飛ばすような嫌がらせをしてくる奴もいる。

 さて今日はどんなことを――。

「おっ……?」

 どんなことをされているか、と思い自分の机を見ると、意外なことに何もされていなかった。

 こういった時は、椅子に画鋲が仕込まれているか、机の中にゴミが詰め込まれているかされていることが多い……。

「(何もない……?)」

 引いた椅子は綺麗な物で、教科書を入れるために机の中を覗き込んでも、中は綺麗に空っぽだった。

 さすがに、ここまで来ると逆に不気味だった。最近、ルーティンワーク化してしまい慣れ過ぎてしまったということもあり、違うやり方をされてしまうと対応できなかった。

 急いで相手の出方を伺うために、普段から喧嘩を売ってくる斎藤の机を――見てから思い出した。

 そこを含めて、複数名の生徒の席が空いていた。どれも、俺によく嫌がらせをしてきた奴だ。

 つまり、ランドリーでクラエスにボコられた奴ら。土曜日の新聞に載っていなかったし、登校時それほど騒ぎになっていないのでさすがに死んでいないと思うが……。

 しかし、この教室の空気はおかしかった。まるで、俺があいつらを病院送りにしたような、腫れものを扱うような態度だ。

 予鈴が鳴ると共に担任が入って来た。そして、俺を見るなりため息を吐いた。

「知っている生徒はすでに聞いていると思いますが、この学校で暴力事件が起きました。軽傷者でも全治3週間。重傷者は、全治2ヶ月の大怪我です」

 担任からあの事件で出た負傷者の話を聞いたクラスメイトは、小さな呻きや悲鳴を上げた。

 これには、俺も驚いた。洗濯機や乾燥機に思い切り叩きつけられたというのに、その程度・・・・で済むのか、と。

 神代学園の最下位組Eクラスの生徒だったが、毎日、体を鍛えているからこの程度で済んだのかもしれない。

 かくいう俺も、丸椅子で頭をぶん殴られても生きていた。おかげで、多少・・ラフに扱っても人は死なない、ということが分かる。

 それから担任は、事件の概要と俺が警備員に話した『黒い姿の人間』を話して、朝礼は終わった。



 そして、午後からの授業は、待ちに待った神器を使った実技演習だ。

 この時間になると、クラスメイトの表情は一変する。なぜかというと、神器を使っている時間というのが、自分たちの能力不足を忘れ、一瞬でも輝く時間だからだ。

 壊れた神器を使っている俺は、Eクラスの共有サンドバックとして、皆の輝ける時間の一翼を担っていた・・

 やり返される可能性は少なく、かつ全力で扱っても神器に守られて致命傷にはならない。頑丈で自分たちの暴力的欲求を満たすことができ、さらに神器遣いとしての欲求を満たせる優秀な玩具だった。

 だから――。

「本気でやってんのか……?」

 実技訓練で一番に当たった、幸運の女神に微笑まれ、俺の相手となったクラスメイトの頭を掴み、地面に叩きつけたことで出た感想がこれだった。

 強化素体に、一昨日、病院の屋上で見たフィッシャーのような兵装はない。Eクラスの実技訓練は武器の使用は禁止されているので、こうした肉弾戦となる。

 とはいえ、魔力核式神器で顕現した強化素体も名前から分かる通り強化された体となるので、このように人の頭を地面に叩きつければ、地面にヒビを入れるくらいたやすい。だが、この程度であれば神器遣いは死なない。

 しかし、今まで見たことがない光景が目の前で繰り広げられたからだろうか、一人の生徒から悲鳴が上がった。

「キャァァァァァァァァァ!!!!」

 それに続き、クラスの女子たちが、一拍、遅れて悲鳴を上げた。魔力核式神器が起動している強化素体状態で叫んだもんだから、その音声が大音量で俺の耳を襲った。

「タンカ! 救急を呼べッ!!」

 その女子生徒に悲鳴で正気に戻った実技担当の教師が、近くの生徒に指示を出し始めた。

「獅童! その手を離せッ!」

「はい」

 掴んでいた手を放すと、生徒の顔が露わになった。白目をむき、鼻から血を流し、口からはヨダレを大量にながしている。

 生徒たちは慌てに慌て、先生も焦っているが俺もよくこんな風になっていたから分かる。これは、後遺症も全くない、1~2時間も寝れば治るタイプの気絶だ。

「お前、何をしているんだ!」

「何って……。神器の実技訓練ですが?」

「その神器はどうしたと聞いているんだ!」

「修理に出したんですよ。正規のルートを使って、ちゃんと。国からの承認もある・・・・・・・・・歴とした修理部門で修理してもらいました」

 “国の承認”という言葉を出すと、教師も黙らざるを得なかった。国の指定修理機関と、学校の先生であればその差は歴然。不正を理由に叫んだところで、ただの馬鹿になるだけだ。

 先も言った通り、この神器は竜核と魔力核を切り替えることができるハイブリッドだが、本気を出すつもりがないので、通常の魔力核式神器と同じ性能しか出ない。

 こいつが――こいつらEクラスがすさまじく弱いだけだ。

 だから、早く他の奴らと戦いたかった。

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