神器遣いー4

「乾杯ーーぃ!」

「乾杯!!」

 実技訓練での完全初勝利を収めた俺の部屋では、ささやかだがパーティーが開かれた。

 普段、買うどころか目にも入れないようにしている、商店街の肉屋に鎮座しているローストチキンが、今日は河岸を変えてテーブルの上に乗っている。

 飲み物はお酒が相応しいんだろうけど、お酒は高いからジュースで我慢となった。そもそも、俺は未成年だしね。

「さぁ、食べよう」

 ナイフでローストチキンを切り分けて、互いの皿に盛り付けていく。サラダやパンやポタージュといった副菜は、すでに分けられた状態でテーブルに並んでいる。

「この鳥は美味いな! ここに来てから、食が豊かになっている」

「今日は、無礼講だ。今度はいつ食べられるか分からないから、しっかりと食べないと」

 とは言うものの、今日の出来事を思い返せば、今度・・は近いうちに来ると確信している。

「クラエスのおかげで、人生が一変した。本当にありがとう」

「なんの、なんの。学校の屋上から見ていたが、あれは私の力と関係なく、ユキトの普段からの努力の賜物だ」

「そう思うか?」

「あぁ、もちろん。それどころか、力量差が大きく出ないように、多少、手を抜いていただろう?」

「…………バレていたか」

 別にバレていてもいいんだけど、バレていたらバレていたで恥ずかしくなってしまった。

「当たり前だ。しかし、無理はしないでくれ。ユキトが傷ついては、私が悲しい」

「無理はしない程度に頑張るさ。それに、今日のは自分の力がどの程度か知りたかったから、っていうのもある」

 今日のことを思い出すと、愉快でしょうがない。

 俺が叩きつけた生徒が医務室へ運ばれていくと、実技訓練は再開した。

 先の一件で、弱い奴らは軒並み戦意喪失した。俺としては強い奴らと戦ってみたかったが、Eクラスの上位は、俺に嫌がらせをしていた連中――クラエスにボコられた奴らが多く含まれていたので、今日はそれが叶わなかった。

 しかし、残っている奴の中で上位の、正義感が強い奴がしゃしゃり出てきたが、結果は同じだった。

 今までずっと、「神器さえまともなら」と苦渋を舐めさせられていた。今、思い返すとまともに戦ってもいないのに「神器さえ普通なら楽勝なのに」とも考えていた気がする。

 まぁ、それも間違いではなかったが。

 この実技訓練で、俺の実力はEクラス上位となった。このまま、上のクラスの生徒を倒していけば、今までとは違う生活が待っている。

「しかし、こんなにも良い物を食べては、ヒトミに申し訳ないな」

 先ほどまで、ローストチキンを「美味しい、美味しい」と食べていたクラエスが、妹のことを考え、悲しそうに目を伏せた。

「お菓子程度なら良いけど、さすがに食事ともなるとな……」

 精神面が大きく影響しているとはいえ、ウィルスによる病気もたまに発病している。そもため、妹の食事は栄養価や薬に影響がない物が出されている。

 先日、妹の見舞いに持って行ったお菓子だって、事前に主治医に確認した物だ。さすがに、主食になるようなものは許可されないだろう。

「週末に、別のケーキ屋のケーキを持って行ってやろう。結構、並ぶから、クラエスも一緒に並んでもらっていいか?」

「もちろんだ。あぁいった店は初めて入ったが、待っている間も色々な物が見れて面白いからな」

 一人で並ぶのは辛いから、という理由で、クラエスに頼んで一緒に並んでもらったが、待っている間も彼女は彼女なりの楽しみを見つけてくれたようだ。

「これで、第一関門は突破――っていった感じかな?」

「何か言ったか?」

「いいや、何も」

 嬉しくて、つい変なことを口走ってしまった。

 でも、仕方がないだろう。これで上位クラストップへ行く目途が立ったのだから。



「わぁ、美味しそう!」

 週末は予定通り、人気のケーキ屋のケーキを持って妹の病室を訪ねた。

 ただ、今回は俺とクラエスの二人きりではなく、そこに宮前さんも含めた3人で見舞いに来た。

 宮前さんは、「最近、家族らしいこともできなかったから」と、仕事に忙しいお父さんのようなことを言いながら付いてきた。

 見舞いに来てくれるだけでも良かったが、「さすがに手ぶらじゃ申し訳ない」と道すがら雑貨屋や服屋に寄って小さいぬいぐるみやカーディガンといった、入院していても邪魔にならない物を見繕ってきた。

 そして、今は3人で並んで買ったケーキを、皆で一緒に食べている。

さっちゃんが久しぶりに来てくれて、嬉しいなぁー」

 しかし、ケーキを見舞い品として持って来たことより喜んだのは、宮前さんが来てくれたことだった。その裏の無い言葉を聞いて、宮前さんが泣きそうになったのは、今は黙っておこう。

「本当に、ごめんねぇ。研究がひと段落したおかげで、こうやって自由時間もできてさぁ」

「ううん、全然。だって、お父さんが居なくなってから、ずっと迷惑かけっぱなしだから」

 妹が笑顔でいうと、ケーキを潰さないように注意しながら宮前さんは妹に抱きついた。

「迷惑だなんて、全く思ってないわ! それより、もっと頼って! もっと電話――は、あまり出られないから、メッセージを送って色々、話して!」

 ぎゅう、と抱き着かれている妹のケーキを受け取ると、妹も同じように宮前さんに抱き着いた。仲睦まじいようで良かった。

 気が済むまで抱き合った後、宮前さんは妹から離れると、俺に話すように指示して来た。

「ほら、発表することがあるんでしょ?」

 ドスドス、と宮前さんから脇腹にエルボーを食らいながら話を促される。

「なになに? 何の発表があるの?」

 妹が目をキラキラさせながら問うてきた。申し訳ないが、プレゼントとかそういった大層なもんじゃない。

「あー。今週、色々あったおかげで――」

「色々じゃ分かんないぞー」

 宴会で茶々を入れる酔っぱらいのような合いの手を宮前さんから貰いながら、続きの言葉をつなげる。

「先週の初めから昨日までで、俺はクラス内での序列が暫定トップとなりました」

 暫定、とは順位はコロコロと変わるし、上位――つまり俺へ嫌がらせをしていた連中が居ないので、こんな表現になってしまう。

 ただし、これは俺に負けたことを認められない奴らのやっかみがあるので、こんな風になってしまっている。

「凄いっ! おにーちゃん、凄いよ! いつの間に、そんなに強くなっていたの!?」

 俺の成績が上がったことを、妹はケーキを見たとき以上に喜んだ。

「幸徒くんって、本当は凄かったのよ」

「そうだぞ、ヒトミ。私もユキトの活躍を見ていたが、他の奴らなんて手も足もでなかったぞ」

 宮前さんとクラエスが、一緒に俺の功績を褒めてくれた。それが、嬉しくてなんだかこそばゆかった。

「それで、どうなるの?」

 いったん切れてしまった話を、宮前さんは質問することで続きを促した。

「Eクラスとはいえ上位になったから、序列を決める制覇大会にも参加できることになりました!」

「制覇大会!? えっ? 大丈夫なの!?」

 先週まで最下位組Eクラスの最下位だった俺が、強くなったとはいえ他のクラスと序列を巡って戦うことになる制覇大会に挑んで大丈夫か、と妹は暗に聞いてきた。

 制覇大会とは、校内の序列を巡って魔力核式神器を使用し強化素体で戦う大会だ。

 普通は上位を目指すためには一人一人、生徒を倒して上を目指さなければいけないが、この大会ではランダムになってしまうが上位者と直接、対決ができる。

 実力差があるのに成績下位者が成績上位者と戦っても無駄だろう、と思ってしまうが、竜核と同じように相性があり、その相性が抜群に合う相手とぶつかれば成績下位者であっても上に行くことが可能だ。

 ただし、次の日には元の位置に戻っている可能性の方が大きいが、神代学園で「上の方へ行った」という箔をつけることができるので、例え次の日にランクが下がっても挑むだけの価値がある。

 俺の場合はEクラスなので、1合目から山頂まで一気に駆け上がらなければいけない。

「当たり前だろ? クラエスも宮前さんも言っていただろ。実は、俺は強いんだよ」

 笑顔で答えると、妹は怪しい販売員が持って来た、幸運の壺を見るような目で俺を見てきた。

「その顔は、信じてないな? そんな奴は、こうだ!」

 疑わし気な目で俺を見る妹の鼻を、昔みたいに潰して引っ張ってやった。

「むぎゃー! 止めてよね! 鼻が潰れてペチャンコになって、これ以上、ブサイクになったらどうすんのよ!」

 鼻を掴む俺の手を叩き落とし、埃が立たない程度に暴れて俺に抗議して来た。

「鼻が潰れたくらいで、ヒトミがブサイクになるわけないだろう?」

「そうよ、そうよ」

 クラエスの否定と宮前さんの援護を受けた妹は、顔を真っ赤にしてうつむいた。

 いつも「可愛くなりたいなぁ~」と言っているくせに、いざ人から言われるとこうして恥ずかしがるなんて。

「とりあえず、この大会で一気に上へ行くつもりだ。上に行けば、瞳にももっと楽を――いい生活をさせることができるから、それまで我慢していてくれよ」

「別に、我慢なんかしてないよ。病院は不便だけど、おにーちゃんがお見舞いに来てくれるし、最近はクラエスさんも一緒に来てくれる。それに、今日は宮前さんも一緒に来てくれたし。だから、私のためって言うなら、おにーちゃんに無理をしてほしくない」

 その言葉になぜか恥ずかしくなってしまって、妹の頭をぐしゃぐしゃと撫でてしまった。

 無遠慮に撫でられた妹は「髪が痛む!」と振り払ってきたが、その顔が先ほどと同じくらい真っ赤になっていたのを見逃さなかった。

「無理なんか、1ミリもしとらんわ。見てろよ。一気に、Aクラスまで行ってやるからよ」

 俺の宣言に、宮前さんは驚き笑った。クラエスは、疑うということを知らないように、今からパーティのことを妹と相談していた。

 クラエスからパーティーの話を持ちかけられた妹は少し戸惑ったが、すぐにどんなパーティーにしたいか話し始め、そこへ宮前さんが加わることでちょっと収拾がつかなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る