神器遣いー5

 俺が、Eクラスのトップになってから、周囲では様々な変化が起き始めた。

 身近ところでいえば、クラス内での俺への嫌がらせが皆無になった。この学校では暗黙の了解とはいえ、神器の使い方が上手い奴――成績上位の人間が偉いのはEクラスでも変わらない。

 俺のヒエラルキーが変わってから、ずいぶんと快適な学校生活が遅れている。

 そうはいっても、それを認めることが出来ない一部の生徒が、実技訓練中にちょっかいをかけてくるが、全員もれなく医務室送りにしている。よいデモンストレーションの道具になってくれて助かる。

 他に変化といえば、『竜と太陽の神話会』という宗教団体が活発化してきたことだ。こいつらの主張は、「高出力型神器には竜人の魂が閉じ込められており、人間の欲望のまま使役する悪逆非道の道具である。故に、我々はそれを開放するために努力は惜しまない」というものだ。

 クラエスと出会うまでは、竜人は都市伝説だと思っていたので、「またおかしな奴らがおかしなことを言っている」程度の認識だったが、今では竜と太陽の神話会が少なからず正しいということが分かる。

 だからといって、俺はこいつらに加担する気はない。確かに、竜人の――クラエスの家族や仲間たちの魂を開放したいとは思うが、それを成すためには多くの課題が残っている。

 それに、この竜と太陽の神話会は武力行使も厭わないので、その悪すぎる行動力が気に入らない。

 今朝だって、竜と太陽の神話会こいつらが起こした事件がテレビを賑わしていた。

「いつの時代でも、自己主張が激しく他人のことを考えない奴らが居るんだな」

「そんなもんだろ。話し合って解決できる人間ばかりなら、争いなんて起きないよ」

 バターロールにマーガリンを塗っていたクラエスが、テレビで扱われている事件を見て吐くように言った。

 「竜人クラエスたちを思って行動している人間が集まった集団だ」と竜と太陽の神話会のことを説明したら、クラエスは「頼んでいない」と一蹴した。

 それもそうか。他人ひとの名前を使って暴れている連中なぞ、信じるに値しない。

「その点、ユキトがこの竜と何とかの会の人間じゃなくて良かった」

「うちは、基本仏教だけどクリスマスもやるし、初詣にも行くしな。父さんは行けなかったけど、厄年になればフンドシで神輿も担ぐって言っていたし。だから、そんなのとは関係ないから、安心してくれ」

 宗教のごった煮だけど、皆、似たような物だから気にする人は居ない。ただし、竜と太陽の神話会は、竜人以外を称えるのは良くないとされている。

「フンドシは知っているぞ。一枚のタオルを、股に巻き付ける下着だ」

「良く知っているな」

「ネットで調べた」

 フンス、と胸を張るクラエスが持っているのは、俺と同じ機種の携帯だ。

 クラエスは竜人という特別な存在だし、先ほどの竜と太陽の神話会といった過激な集団が事件を起こしているので、もしもの時のために簡単に連絡が取れる手段があった方が良いだろう、と宮前さんが買ってくれた。しかも、通信料は全て宮前さんが持ってくれるらしい。

 俺は、契約で一番、安いプランだからネットなんて必要時以外できないけど、クラエスの契約しているプランは無制限の物なので、暇を見つけては疑問に思ったことを調べていた。

 おかげで、無知とまでいかないが知識が乏しかったクラエスも、俺と変わらないくらいの常識人になっていた。まぁ、俺基準だから、他のところで通用するか分からないけど。

「そろそろ時間だろう。片づけは私がやっておくから、先に学校へ行け」

「う~ん……。ちょっと早い気もするけど、もう出かけるか」

 テレビに表示されている時間は、普段の登校時間よりも5分早かった。しかし、この5分をダラダラ過ごすよりも、学校へ行って神器の練習に使った方が有益だろう、と判断して立ち上がる。

「ガスの元栓と戸締りはしっかりとしておいてくれ」

「分かっている。いつも通り・・・・・、しっかりとこなしておく」

「それじゃあ、行ってきます」

 玄関を開けて外に出る。人が歩くと面白いように揺れる外廊下を歩いて階段を下り、一階へたどり着く。すると、同じタイミングで真下の階の住人も出て来た。

「あらっ。おはようございます、獅童さん」

「おはようございます、如月さん」

 俺の部屋の真下に住んでいるのは、如月早希という20代前半のOLだ。

 ゆるっとしたカールの髪に人の警戒心を引き下げる優しいタレ目、おっとりとした口調から商社で働いているOLというより、近所の優しいお姉さんといった見た目をしている。

 しかし、自他共に認める警戒心の強さで、俺以外のアパートの住人と話しているとことを見たことがない。そもそも、俺がストーカーといった嫌がらせを受けていた時に、片っ端から通報してくれていたのは、この如月さんだった。

「最近、楽しそうに笑うようになりましたね」

 自転車通学の俺と違い、バスで通勤している如月さんだが、時間が合えばたまにこうして途中まで一緒に行くことがある。

 その道すがら、如月さんはそんなことを言った。

「すみません、うるさかったですか?」

「いえ、全然。この間まで、獅童さんはとても辛そうだったんで、心配していたんです」

「すみません。ありがとうございます」

「いえいえ、そんな。私は、何もできていないので」

 お礼を言うと、如月さんは恐縮したように顔の前で手を振った。

 しかし、如月さんの言う通り最近の俺はよく笑うようになったと、自分でも思う。それは、クラエスが来てからだ。

 それまでの俺は、肉体的にも精神的にもいっぱい、いっぱいだった。

 我慢して学園生活を送り卒業をすれば、普通の高校に通うよりも良い未来が待っている、と言い聞かせて過ごしてきたが、無理していることには変わりなかった。

 しかし、ここ最近はそんな煩わしさもなくなり、とても過ごしやすい毎日を送ることができている。

「そういえば、友達の弟で獅童さんと同じ学校に通っている子が居るんですけど、最近、獅童さんの神器が強くなったと聞いたんですけど、本当ですか?」

 今まで何度か会話したことがあるけど、俺の学校生活の話を如月さんが振ってくるのは初めてだった。

 もしかしたら、学校での俺の立場を知っていたので、あえて話題に上らないようにしていたのかもしれない。

「強くなったというか、神器を修理に出しただけですよ。今までぶっ壊れていたんですけど、やっと直してもらえたんで」

 そういえば、俺の神器は胸にくっつかないので、今まで引ったくりを考えてロッカーにしまって帰っていた。

 だが、修理してから胸にくっつようになったのでそのまま持って帰っていたのだが、ある日、ロッカーがバールのような物でこじ開けられた事件が発生した。

 犯人の魂胆はバレバレだし、俺がどこに神器をしまっているか知っている奴の犯行だ。

 もちろん、そのことは学校にも報告したが、予想通り「被害もなく、生徒も反省しているので不問とする」の一言で終わった。まぁ、上へ行けばそんなことやらせないし、言わせないがな。

「じゃあ、やっと本気が出せたってことですか?」

「本気……ですかね? まぁ、今のところ本気です」

 正直、Eクラスの実技訓練で本気を出したことがない。父さんが居なくなるまで、ずっと教育を受けていたんだ。世界最高峰の神器遣いの技術を、幼い頃からみっちりと。

 おかげで、俺が本気を出せば今まで以上に酷いことになる。だから、力をセーブしている。いわゆる、舐めプだ。

「なら、今度の制覇大会も期待できそうですね」

「はい。今まで伸び悩んでいたんで、一気に上へ行ってやりますよ」

「まあっ。じゃあ、彼女さんに、何かお礼の品を送らないといけませんね」

「彼女……?」

 突然、この人は何を言い出すのだろうか……?

「あら? 一緒に住んでいる方は、女性ですよね? 彼女さんと同棲を始めたんじゃないですか?」

「いやいや、そんなまさか。クラエス……一緒に住んでいる女性は、父の知り合いですよ。色々とあって、一緒に住んでもらっているんです」

「えぇっ!? そうなんですか? すみません。私、女性と一緒に住んでいるから、てっきり同棲を始めたんだと……。しかも、一緒に住むようになってからずいぶんと明るくなられたんで、『良い女性ひとと巡り合えたんだな』って友達と話していたんです」

 流出する個人情報!

 でも、言われてみれば身内じゃない女性と一緒に住むといったら、如月さんも言った同棲くらいだろう。

 宮前さんに頼んで寝具一式買ってもらい、「竜人の方が体は頑丈だ」の一言でクラエスが床で寝るようになってから、一緒のベッドで寝ることは無くなったけど、同じ空間で過ごしていることには変わりない。

 もしかすると、もしかしなくても同じアパートに住んでいる人たちには、俺とクラエスのことを如月さんが勘違いしていたようなことを考えているのかもしれない。

「勘違いですんで、そのお友達にも訂正しておいてもらって良いですか?」

「もちろんです。元は、私の勘違いだったので、きちんと訂正させていただきます」

 心強い返答を貰うと、如月さんは「あっ、私はここまでですね」とバス停の方へ向かって歩き出した。

 俺と別れてバス停へ向かっていった如月さんは、バス停で先に並んでいた知り合いと合流して、他愛のない話に花を咲かせ始めた。いつも通りの風景だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る