豪結ー1
堰神と八東に訓練をしてもらうようになってから、早3週間が過ぎようとしていた。
最初は、Eクラスの俺がAクラスの上位2人と一緒に訓練をするなど、不遜であり失礼だという抗議が飛び交っていた。しかし、当の2人はそれらの抗議を一蹴した後、こう高らかに宣言した「最下位に追い抜かされるのが怖いからって、文句を言うな」と。
さすがにこの言葉には、序列持ちだけではなく他の生徒たちにも響いたようで、多くあった抗議のほとんどは次第に小さく消えていった。
それと共に小さいながらも、湧き上がって来たものもあった。それは、俺の存在を肯定する人たちが現れたことだ。
インターネット上には、まだ数多くの悪辣な言葉を並べる者が多い中、少しずつだが増え始めていた。それがとても嬉しい。
そんな小さな、しかし、確実に変化が起こり始めたというのにも関わらず、学校での俺の立場は酷いもんだった。
「はっ……?」
担任の先生から言われた言葉が理解できず、聞き返そうと言葉を発したつもりが、気の抜けた呼吸音しかでなかった。
「ですから、制覇大会には斎藤君に出場してもらうことになりました」
制覇大会出場は、俺が目標としていた、一気に成績上位に駆け上がるために必要な資格だった。
このような大会に、なぜEクラスの人間が出場できるかというと、最下位を出さないためだ。
例えば、10人出場して10位と付けば、いくら出場できる人間が限られている大会と言えど心証が悪くなる。だから、そこにEクラスから数名出して優秀な生徒に最下位を取らせないようにするための、心温まる処置だった。
しかし、負けるからといってEクラスだったら誰でもいいという訳ではない。各クラスの
つまり、今現在、Eクラスの成績優秀者はトップの俺だ。
「意味が分かりません。Eクラスで現在トップなのは俺です。なんで俺じゃなくて、2番目の斎藤なんですか?」
順位を口にすると、斎藤が舌打ちをした。しかし、そんなことに構っている暇はない。
「確かに、今このクラスのトップは貴方です。しかし、それまでは斎藤君がトップだった。彼は貴方よりEクラストップとしての
「意味が分かりません。その作法とは何ですか? 自分に
「覚える必要はありません。制覇大会に出場するのは、斎藤君に決まったのですから」
そして、話は終わった。先生の視界――いや、意識にはすでに俺という生徒は存在しておらず、クラスに向いていた。
Eクラスの作法とやらは、聞かなくても分かる。
Eクラスの生徒がどれだけ頑張っても、まず授業内容からして差が出ているので、制覇大会に出ても他の生徒に勝てる見込みはない。
しかし、俺の場合は序列持ちの堰神と八東に訓練をつけてもらい、訓練について行くどころか、たまにではあるが追い詰める場面もある。
八東だけではない。序列1位の堰神も例外ではない。
そのため、俺がまかり間違っても上位に行くという予想外の出来事を排除するための措置だろう。
この学校は、ここまで腐っていたか。
□
「それで、もう訓練はいい――と?」
いつも通り、放課後の訓練をするために待っていた堰神と八東に、もう訓練の必要がなくなったことを告げると、堰神から冷めた声で言われた。
「そうだ。2人には無駄な時間を使わせるだけになってしまって、申しわけないと思っている」
謝罪し、頭を下げると八東が慌てたように否定した。
「そこまでしなくてもいいよっ! だって、先生から言われたんでしょ? 仕方がないよ」
上ばかり見過ぎて世間知らずになってしまった堰神と違って、そこら辺のことを理解している八東はすぐに理解してくれた。
「何で抗議をしないの? そんな勝手なこと、いくら学校だって生徒の人権を無視していいわけないじゃない」
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ!」
「ちょっと抗議してくる」と腕まくりしそうな勢いでいきり立つ堰神を止めた。
「堰神の気持ちはありがたいけど、抗議は無駄だ」
「言わなければ、抗議があったかどうかも記録に残らないわ」
「安心しろ。言ったところでそんな記録、まず残らない」
「――――――!!!!」
たまにおかしくなる以外は物静かな堰神だが、俺の言葉に反論しようとするも言葉が見つからないようで、泣きそうになったときとは違う、荒い息を吐く抗議を始めた。
「2人のこれからに傷を付けたくないから、抗議とかはせず今まで通りの生活をしてほしい」
「獅童君は、それでいいの?」
心配そう――というには軽い調子で八東が聞いてくる。
「良くはないけど、従うしかない。
危惧すべきは、堰神と八東を情緒不安定にさせたとして停学、ないし退学させられることだ。今までそんな心配はしていなかったが、学校側がこうも強硬手段に出てくるのであれば、その可能性も考慮しなくてはいけない。
「そう。分かったわ。貴方にやる気がないことが分かったから、もう訓練はお終いね」
「あぁ、そうだ。すまなかったな」
「本当ね。無駄な時間を過ごしたわ」
安い挑発。世間知らずだが、優しい堰神は挑発して俺を鼓舞し、一緒に抗議をしに行く口実を作ろうとしているんだろう。
しかし、今まで受けて来た悪意に比べたら優しすぎて欠伸がでてしまう。
「お詫びといっちゃなんだが、堰神が欲しがっていたあの技のやり方を教えるよ」
パン、と鋭い音と共に、頬に痛みが走る。
「ツッ!」
強化素体を装備していても、神器が起動していなければ、それはただの重たい服だ。
だというのに、高高速タイプというのは伊達じゃ無いようで、重い服を着ていても俺が反応できない速度で堰神は平手打ちをした。
「施しのつもり!?
言うだけいうと、堰神は目を涙で潤ませ、早足で去っていった。泣きそうになっていたのは何度も見たが、今までとは違ったのでどう対処すれば良いのか分からなかった。
「なに……?」
だから、こんな間抜けな言葉しか出なかった。
間抜けな俺に同情――したわけじゃないだろうが、八東は俺の肩に手を置いた。
「普通だったら、『追いかけなさい』とか言うシーンなんだろうけど、そもそも、内容が内容だからねぇ……」
八東が言った行動は、恋愛ドラマの中での話だ。それに、感情的になった強化素体を着用者に、生身の人間は絶対に近づいてはいけない。事故になるからだ。
「ちょっと、休憩しようか」
まだ何も始まっていないというのに、休憩に誘われてしまった。
「まいったねぇ~」
水飲み場の近くに併設されている自販機でジュースを買い、近くのベンチに八東と共に腰かけた。俺は飲むつもりは無かったが、八東に押し切られる形でお茶を奢ってもらうことになった。
「ネットが騒がしくなっていたから、何かあるかなぁ~って思っていたけど、まさかこんなことをするとは思っていなかったよ」
「何かあったのか?」
「あれっ? ネットとか見ない人?」
「悪意しかないからなぁ。何か特別な出来事が無い限り、覗こうとは思わん」
「確かにね」
通信料が高いということもあるが、書き込みを見てヘイトを貯めるのも良くないから、なるべく見ないようにしている。
最近、見たのは堰神が俺を擁護するときに、抗議に来ていた生徒たちに対して言い放った時だ。
「さっきは、ああ言っていたけど、本当にもういいの?」
「なるようにしかならん。俺に対する悪意の見立てが甘かった」
「Eクラスだから悪いって言うんだったら、他のクラスと対戦を申し込んで勝てばいいじゃない」
「もうやったよ」
Eクラスだからダメというのであれば、自分よりも成績が良い――順位が上の生徒と対戦して、自分の順位を上げてから参加すればいい。
「対戦は、三週間後。制覇大会の後だ」
対戦は通ったが、運営から制覇大会があるため待ったがかかった。
俺に対して悪感情が無かった対戦相手は運営に聞きに行ってくれたらしいが、納得できる返答を得られないまま、大会がある、の一点張りで終わってしまったらしい。
「さすがに、国宝を盗んだという疑いをかけられた人を父に持つから、って、いち個人――しかも、ただの生徒に対してこの対応は行き過ぎよね……」
「まぁ、こんなもんだろう」
「何でそんな他人事なの?」
堰神ほどではないにしろ、八東も俺の言葉にややイラついたような声色で聞き返して来た。
「いつも通りだからさ。あの日から、攻撃性は低くなったけど、ずっと続いている。こんなことが、ずっと」
クラエスが来てからというもの、日常にちょっとした変化が起き、変われると――変わろうと思って過ごして来た。
成績で見下す奴が居るなら、そいつよりも上に行くことで見返せばいい。悪意ある書き込みは、地道に消していくしかないが今は昔より気にならなくなった。
しかし、その道筋を潰されてしまっては、変わろうにも変われない。
俺の気の無い返事を聞いた八東は、「う~ん」と何かに迷う素振りをしてから、俺の方を向いた。
「このままじゃ、あの子が変な人に見られちゃうから、イリヤの名誉のために言っておくけど……」
と変な前置きをしてから、八東は語り始めた。
「イリヤは、獅童君に頼って欲しかったんだと思うよ?」
「頼る? 何で?」
そこまでして、俺の技が欲しいのだろうか。いや、それならさっきの平手打ちの意味が分からない……。
「細かい理由は分からないけど、イリヤって獅童君のことをたまに気にかけていたから」
「どういうこと?」
「私、てっきり見学の時に2人が初めて会ったとばかり思っていたんだけど、イリヤの話……あっ、これは直接、聞いた訳じゃなくて私が勝手に聞いて想像した話なんだけど、イリヤが獅童君のことを話しているのを聞いていると、何か昔っから知っているような話をたまにする時があったから」
そこで八東から「知り合いだったの?」と質問されたが、俺の人生で堰神と接点があったのは、八東が連れてきた見学の時が初めてだ。
しかし、それでは俺の頬に平手打ちをして去り際に言った「あなたって、昔から最低ね」という意味が分からない。そのままの意味で受け取るなら、俺と堰神は昔、一度は会ったことがあるはずだ。
でも、その場面を思い出すことができない。そもそも、父さんが現役だったころから俺は神器遣いになるための訓練学校へ通っていて、当時からこの神代学園で行われる授業と似たようなことをしていた。
もし会っていたらそこら辺だと思うが、人数はそれなりに居たから顔を合わせていたとしても、よほど仲が良くないと覚えていない。
「なるほどねぇ」
説明をすると、八東も一応ながら納得してくれた。しかし、あくまで八東は堰神の味方なので、若干、俺に対して視線が厳しめだったが。
「とりあえず、イリヤの方は私が何とかしておくよ」
「すまん。そっちは、頼んだ」
「さっきも言ったけど、イリヤは獅童君に頼って欲しいと思うよ? 確かに、序列1位に変な噂が立ってもらうと困るっていう気持ちも分かるけど、そもそも、イリヤは最近、序列1位になったわけじゃないから、踏み込んで良いところのさじ加減は分かっているから大丈夫よ」
俺が一番危惧しているところは、そこだ。おかしな奴に関わったせいで、無関係だった堰神の経歴に傷がつくのが嫌だった。
「あとそれと」
「――なんだ?」
「卑屈過ぎるのはよくないよ。今まで色々なことをされてトラウマになっているんだろうけど、昨日まであんだけオラついて前に進んでいたって言うのに、ちょっと学校からカウンター食らっただけでこんなにも大人しくなるなんて」
「ほっとけ」
あまりにも酷い言われように、ちょっと語気が強くなり過ぎた。だが、八東は気にした様子もなく「その調子、その調子」と軽く笑った。
「それじゃあ、私はイリヤのところに行くから、獅童君もちゃんと制覇大会に出られるような方法を考えてね」
「そんな無茶な」
「学校が滅茶苦茶やっているんだから、獅童君もやり方を変えればいいんじゃない?」
「それじゃ」と手を振って、八東は走り去っていった。
一人きりとなった休憩所で、温くなったお茶をすする。俺たちに遠慮してから、普段であれば他にも生徒が大勢いるはずなのに、今日は静かなもんだ。
「無茶ねぇ……」
無茶と言われても、俺にはどんなことをやれば良いのか想像もつかない。なら、想像がつきそうな人――宮前さんに聞きに行くしかないだろう。
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