転換ー5
クラエスを風呂に入れている最中、父さんからの手紙を読む。そこには、あまりにも身勝手で、俺たちの生活を脅かす内容が書かれていた。
俺たちが嫌がらせを受けているのは、父さんが博物館から国宝の、『竜王の力が
父さんを擁護する人たちは、「
しかし、手紙には博物館から国宝の神器を盗み出し、本当の持ち主であるクラエスに返した、ということが書いてあった。
ここまで読むだけで、手紙を破り捨ててやりたい衝動に駆られたが、次に書かれていることを読んでしまっては、そんなことはできなかった。
俺に会いに来たクラエスは、最後の竜人らしい。この意味が分からない。
竜人とは、元々ドラゴンだったのが人型になった生き物で、寿命も力も人間と比較にならないほど長く強い。さらに、翼もないのに空を飛べるらしい。
今まで超常現象が書かれた雑誌には登場してきたが、架空の存在だと言われていた。
しかし、今日のランドリーでの出来事を思い出すと、確かにそんな気もしてしまう。
そして、問題は最後の話だ。現在、日本が所有している神器の数は4000程度。その内の120基が高出力型と言われ、さらにその中の20基が
今、俺たちが使っている神器と呼んでいる物の正式名称は『魔力核式神器』と言う。
しかし、現在、高出力型と呼ばれている物は、
さらに、この竜核式神器というのは竜人が作った物らしく、人間には真似できない技術でつくられているそうだ。そのため、他の高出力型ではない人間が作った人工の竜核式神器――つまり魔力核式神器では相手にならない。
その竜核式神器の中でも特別な物――父さんが盗み出した国宝は竜人の王の魂が籠められており、それを持ち主である竜王の娘のクラエスに返したということだ。
父さんが神器遣いとして活躍していた頃に知った事実から、俺たちの前から姿を消した後のことが、この手紙には書かれていた。
そして、最後の一枚は母さんや俺たちにあてた謝罪の言葉がつづられていた。
「クソッ……」
読み終わってから、急に胃がムカムカしてきた。博物館から国宝を盗み出すような真似を、父さんがするはずないと思っていた。だが違った。
この話が本当なら、クラエスの元へ父親の魂を返してあげたのは、美談として語られるべきだ。だが、その結果、守るべき
どれだけ苦労してきたと思ってやがるッ!
「読み……終わったか……?」
読み終わる頃合いを見計らっていたのか、タイミングよく風呂から上がって来たクラエスが、こちらを伺うような声色で聞いてきた。
そちらを振り返ることなく、答える。
「正直、何を言っているのか分からない。高出力型の神器は、竜人の魂を封印した物だなんて、ただの都市伝説だと思っていた。でも、この手紙は父さんの文字だし、父さんは他人の嘘は許すが、自分の嘘は大嫌いな人だった。だけど、そんなことよりも、家族よりも他人を優先した
腹が立つとはいっても、思い出されるのは楽しかった思い出と、格好良く空を飛びまわっていた、神器遣いとしての父の姿だ。
「ナリノリは、ずっとユキトたちに謝っていた。死ぬその時まで……」
「謝って――」
「――どうにかなるわけないだろう」と言おうとした瞬間、嫌な言葉が聞こえた。
「どういうことだ? 父さんは、死んだのか!?」
直接、聞くために後ろを振り返っ――た。
「うおぉッ!?」
振り返った先には、肩からタオルを下げただけの、裸のクラエスが立っていた。
記憶力にはそれなりに自信があるが、今はそれが恨めしい。クラエスの裸が印象的過ぎて、一枚絵として脳内に保存されてしまった。
「どうした?」
「服だな! 服の用意を忘れていた!」
俺がなぜ焦っているのか分かっていないのか、クラエスは不思議そうに聞いてきた。
そのクラエスの服は、汚すぎたので全て洗濯機にぶち込んだ。今は念入り三回洗いコースで洗濯中だ。
「そう、服がないんだ。全部、洗ってもらって申し訳ない」
「いや、良いんだ。それより、上はTシャツを着ればいいけどパンツが無いんだ。一応、新品のトランクスがあるんだけど、男用だから大きくて。そこの黒いジャージが部屋着とパジャマになるから、それを着て今日は寝てくれ」
早口にまくしたてると、「分かった」という言葉と共に、トランクスが入ったビニールを破る音が聞こえ始めた。衣擦れの音が数度すると、再び俺の背後に来る気配があった。
「着替えたぞ」
「ありがとう」
「ん?」
本来はクラエスがお礼を言う立場にあるにも関わらず、俺からお礼を言われたのが気になったのか小さく疑問の声を上げた。
しかし、俺が振り向き話しかけることで、すぐにその疑問も消えたようだ。
「あぁ、良かった。少しダブついているけど何とかなった」
「うん。着心地が良い」
上下黒一色だが、背中と太ももに入っている金糸の刺繍が特徴的なジャージ。俗にいうヤンキージャージだが、値段の割に肌触りが良かったから買ってきた。
羽織っただけのジャージから覗く、何を考えてどこで買って来たのか思い出せないクソダサTシャツがいいアクセントになって、いびつさを増している。
「洗濯も、泊まるところも、服まで貸してもらって、何と言って良いか……」
「気にしないで良いから。それより、座ってくれ」
「分かった。ありがとう」
丸テーブルの俺が座っている横に来るようにクラエスが座った。これで、先ほどと体勢が変わったので先ほどのフラッシュバックは少なくなるだろう。
「まっ、まず聞きたいんだけど、父さんは本当に死んだのか?」
「そうだ。私がユキトに会いに来たのは、ナリノリが死に際に手紙を渡すように頼んできたからだ」
そう言い、クラエスはリュックから布の塊を出して来た。それを、そっとテーブルに置くと包んでいた布を優しい手つきでほどき始めた。
「うっ……!?」
現れたのは、大人サイズの頭蓋骨だった。
「まさか、これが……?」
「ナリノリだ。体は持ってくることが出来なかったので、せめて頭だけでもと思って」
「そう……か……」
父さんが死んだのはショックだったが、そんなショックを吹き飛ばすほどショッキングな光景が今目の前にある。
火葬場で燃やした骨は見たことあるけど、目の前にある頭蓋骨よりももっと白かったはずだ。ちょっと湿っぽい、クリーム色っぽいのが妙に生々しい。
持って来たクラエスは本人は気持ち悪いとは思わないのか、先ほどから父さん(頭蓋骨)の頭を撫でている。
「それで、ここに書いてある――父さんが盗み出した竜核っていうのは、クラエスの父親なのか? そもそも、竜核には竜の魂が封印されているっていうのは本当なのか?」
にわかに信じ難い話に詰め寄るように聞く。
「そうだ。ユキトたちが使っている、神器と呼ばれる物は、元々、竜人の技術だった」
「そんなもん、何に使っていたんだ?」
「戦争だ。人間もそうだろう?」
さも当然、と言わんばかりにクラエスは言った。
「竜は、仲間の魂を使って戦争をしているのか?」
「それは違う。中に封印するのは、自らの魔力だ。魔力は有限。一度に出せる分も、それぞれ量は異なるが有限だ。そこで、日ごろから核に魔力を溜めて、戦う時に使用する」
通常の神器によって装着するものが強化素体と言われ、高出力型の竜核式神器を使用する神器遣いがまとう装備は、
強化素体は簡素な、その名の通り身体能力を強化するだけの物だが、
『「
これが、国家の闇という奴だろう。父さんは、とんでもない土産を寄越してくれたもんだ。
「それで、クラエスはこれからどうするんだ? ってか、この手紙を渡した後は、何をする予定?」
「ナリノリから、自分の家族を守ってほしい、と言われている」
「家族……?」
「そうだ。調べたところ、ユキトの母君は亡くなられているらしいな」
「そうだ。世間様から玩具の様に扱われて、死んじまった」
辛い思い出を語ると、クラエスは小さく「そうか」とつぶやいた。
「妹は入院している、で間違いないな?」
「良く知っているな」
「だから、調べたと言っているだろう」
まぁ、調べるといってもネットで調べれば、ポポンと出てくる。中には監視をしている奴だっているしな。
ネタ集めをしている記者や素人は、アパートの一階に住む女性が、片っ端から通報してくれたおかげで、このアパートは平和なもんだ。
「病院は、警備が厚かった。そこで、ナリノリの願いに一番、近いのはユキトだと思ったから、こうして会いに来た」
「まぁ、手紙も渡さなければいけなかったしな」と小さく付け加えた。
そして、付け加えた言葉に、さらに付け加える。
「できれば、お母様の魂も連れて帰れたら、と思っている」
「おいおい、マジかよ……」
博物館にある国宝の神器は二つある。一つは父さんが盗み出したと言われている――いや、盗み出した神器だ。これは、先ほどの話からクラエスの父親だと分かる。
ならば、もう一つの国宝の神器がクラエスの母親だろう。
「止めてくれよ。やるなら、俺と関わった証拠を全て消してからやってくれよ……」
現時点で、酷く辛い生活を送っている。今は嫌疑でとどまっているけど、これが本格的に露呈した上に、さらに知り合いとなってしまったクラエスが国宝を盗み出したら、もうこの国で生活はできなくなるだろう。
「もちろん、分かっている。今日一日しかユウトのことを見ていないが、とても……その……辛そうだった。見ていて、とても悲しくなった」
「見ていたのかよ……」
ランドリーでの洗濯中に偶然やって来たのかと思ったけど、ずっと監視されていたらしい。もしかしたら、朝のあの時に会う前から見られていたのかもしれない。
「すまない」
「いや、良いんだ」
「お父様の魂が戻って来ただけで、私は嬉しい。お母様は、申しわけないけどもう少しだけ帰るのを我慢してもらうことにする」
「その方が、ありがたい」
何より、俺が安心して過ごせる。
ホッ、と息を吐いたのも束の間。普段、全く鳴ることがないチャイムが、こんな時間に鳴った。
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