豪結ー13

 しかし、殴られた衝撃は無かった。その代わり、俺の後ろから痛みに耐える呻きが聞こえた。

「なにやってんだテメェ!」

 堰神を殴りつけた松島に掴みかかろうとしたが、俺の左右を固める強化素体の男たちに阻まれた。

「君をそそ抜かしたのは彼女だろう? 余計なことをしなければ、ことはもっとスムーズに進んでいたんだよ」

 堰神を殴りつけた松島は、したり顔で呟く。

「大丈夫よ、獅童君。どうってことはないわ」

 口の端から血を流した堰神が、不敵な笑みを浮かべて答えた。何か秘策があるのか、この状況を全く悲観していない顔だ。

「それより、クラエスさんの心配をしなさいよ」

 そうだった。目先のことにばかり気を取られ、ここへ来た目的が疎かになっていた。

「あぁ、そうだったね。まずは、竜人の彼女に会わせなければ、君も安心しないだろう」

 俺が反応するより早く、松島が答えた。捕まった堰神が来なければ、すぐにでも会わせるつもりだったのだろうか。

 しかし、この倉庫から移動することなく、松島は端末を操作した。そして、操作が終わると共に、目の前にウィンドウがポップした。

「クラエスッ!」

 そこに映し出されたのは、筒をつなげたような拘束具で両腕をつながれたクラエスだった。

「幸徒っ!」

「大丈夫か!?」

「わっ、私は大丈夫だ。それより、幸徒は大丈夫か?」

「あっ、あぁ……」

 映し出されるクラエスに違和感を覚えた。見た目も声も仕草も、全て見慣れたクラエスのそれだったが、何かがおかしい。

「竜人は我々が守ろうとしている存在だ。丁重にもてなしているから安心してくれ」

 再び端末を操作すると、その映像が途切れ消えた。

「会わせる気はないのか?」

「会わせたいが、今はまだその時期ではない。ここは我慢してくれ」

「クラエスはどこに居る?」

「これは辿って、君たちはここへ来たんだろう?」

 ポケットから出したのは、クラエスの携帯だった。シリーズは同じだが、ストラップはおろか新品のため目立つ傷もないので、それがクラエスの物か分からなかった。

「なるほど。クラエスはここに居る――か……」

 周囲をぐるりと見渡すと、何をするのか、と松島や強化素体を着た男たちが身構えた。

「余計なことはしない方が――」

「クラエスゥゥゥゥゥウ!!!!」

 止めようとする松島を気にすることなく、クラエスの名を叫んだ。辛うじて生きている竜人外骨格服アークスマイトスーツのスピーカー機能で大きくなった声は、鼓膜を揺さぶるほどの声量となった。

「無駄なことは止めるんだ。こちらの声が聞こえたとしても、向こうの声はここまで聞こえない。君のその行動が、信頼を損ねているということを、そろそろ分かったらどうだ?」

 ガッ、と胸倉――ではなく、胸部装甲を掴むと、松島は俺に顔を近づけて脅すように言った。

「ハッ――」

 そもそも、互いに信用していないんだから、こんなことを話し合うだけ無駄だ。

「そういった態度をするということは、我々の仲間にはならない、とでいいのかい? ならば、それでも構わない。竜人はこちらの――」

「さっきからごちゃごちゃとうるせぇな。テメェの方が先に裏切ったんだろ?」

「なんだと?」

 『何をする気だ?』といった表情で俺の出方を伺う松島だが、俺が何をしようとしているのか想像できなかったのか、腕を動かし、神器に触れるまで呆けた顔で俺を見ているだけだった。

巨爪の化け物ロノ・ペルロ解除」

 神器の核に触れながら、囁くように言うと竜人外骨格服アークスマイトスーツは消え、強化素体に切り替わる。

 ピースメイカーの影響を受けない強化素体は、今まで感じていた重さが無くなり、それ以上に体が軽く感じだ。出力制御のために備え付けた切り替え式神器だが、こんなところで力を発揮するとは思わなかった。

「なっ!?」

 驚く松島が構える前に、その胸倉を掴みあげ倉庫の奥まで思い切りブン投げた。その投げるとほぼ同時に振り返り、堰神を捕まえている強化素体の男二人を殴りつける。

「ゴガッ!?」

 しかし、相手もそれ相応の訓練をしているので、一人目を殴り二人目を殴打するのとクロスする形で、俺の顔面にもいい拳がめり込んだ。

 カランカラン、と痺れる顔面の痛みを堪えている俺の耳に、金属の物体が地面に転がる音が聞こえた。

「ふせてっ!」

 堰神が俺の地面に転がし、その上に乗っかってくるのと同時に周囲に眩い閃光が広がった。

 閃光弾だ。覆う堰神の隙間からでも強い光が入り込んでくるので、その強力さが伺えた。

「早く走ってっ!」

 俺の上から退くと、堰神は竜人外骨格服アークスマイトスーツを引きずるように立ち上がった。

「遅い!」

 本人は急いで立ち上がっているつもりだろうが、機能していない竜人外骨格服アークスマイトスーツは動き辛く、ノロノロした動作になっていたので抱きかかえて物陰まで走った。

「何だそれはッ! 聞いていないぞ!」

 遠く、物陰から叫んでいる松島の怒鳴り声が聞こえる。

「言ってないからな! それに、先に裏切ったのはお前らだろっ!」

「何が裏切っただ! 我々は常に真実しか言わない!」

「あのクラエスは偽物だッ! 舐めるのもいい加減にしろ!」

「なんだと!? どういうことだ、それは!」

 あの映像を見た時の違和感は、早い話、クラエスと思えなかったからだった。

 神器の核には、竜人の魂が使われている。桜花総合病院や学校の屋上で初めて八東と話した時に彼女が言っていた『もやもやする感じ』が無かったからだ。

 そして先ほど、クラエスの名を呼んだ時も、相手に聞こえなくても神器の核を通して向こうに何かしら分かる反応があるはずだった。しかし、それが無い。

 ならば、結論としてここにクラエスは居ない。あの映像の人が気になったけど、まずはこの身を守ることが先決だ。

「ちょうど良いわ」

 叫んでいる松島を余所に、堰神は腰のホルスターから神器剣仙に装備されていない拳銃を取り出した。

「何だよ、それ」

「拳銃よ。鉛玉を飛ばす道具」

「知ってるけどよ……」

 俺の心配をよそに、堰神はコンテナの影から顔を出すと拳銃の引き金を引いた。

 パララララ、と予想外の連射を見せる堰神の拳銃――マシンピストル。その弾丸は、こちらへ飛びかかろうとしていた連中に当たったようで、強化素体に当たったと思われる甲高い音が耳を刺した。

「やっぱり、9mmじゃ軽すぎるわね」

 前段撃ち尽くしたのが、堰神は手慣れた様子で弾倉を交換すると、再び敵に向かって撃ち放った。

 しかし――。

「きゃあっ!?」

「おい、馬鹿ッ!」

 向こうも、ただやられているだけではない。体勢を立て直し、堰神が顔を出した瞬間を狙って反撃してきた。

 近くで爆ぜた弾丸に驚き声を出す堰神を思い切り引っ張り、こちらへ連れてきた。

「火力が違い過ぎるだろ」

「あのピースメイカーさえ壊せば、竜人外骨格服アークスマイトスーツが再起動するのよ」

 俺が強化素体で戦い、堰神の竜人外骨格服アークスマイトスーツが役立たずになっている原因。それが、あの発電機のような機械――ピースメイカーだった。

「そうだった。堰神に気を取られすぎて忘れていた」

「なっ!? 私のせいだっていうの!?」

 ガミガミと怒鳴る堰神を無視して、俺は強化素体の左腕から爪を顕現し、コンテナを引き裂いた。あまり大きな破片にすると、強化素体でも動かせなくなるので、50kgぐらいの鉄塊になるように角を切り落とす。

「セイッ!」

 3つの破片にしたコンテナの角の内、2つを敵が居そうな所へ蹴り込み、残りの1つを移動途中だったピースメイカーぶつける。

「クソッ! 壊れん!」

 ゴガン! と鈍い音がするが壊すまでに至っていないようで、堰神の剣仙は力を取り戻すことは無かった。

「お前は隠れていろ!」

「無茶しないでよ!」

 コンテナの破片に驚いた敵が態勢を整える前に、俺はコンテナの影から飛び出す。

「うわっ!?」

 様子をうかがうために、敵が少しだけ物陰から頭を出した瞬間を狙い、思い切り蹴り上げる。相手が驚いている内に、別の敵へ2打、3打と殴りつけ行動不能にしていく。

「クッ!?」

 背後に動く気配を感じ飛びのくと、今まで立っていた場所に弾丸の雨が降り注いだ。だが、それがこちらには好機だった。

 倉庫内に居た人間の数は限られている。扉から入って来た様子もない。ならば、残りの敵は今弾丸の雨を降らせた奴らだけだ。

 そして、ピースメイカーは俺が蹴り飛ばしたコンテナの破片によって台車から落ちたので、場所が変わっていない。

 銃で狙われているのも構わず、ピースメイカーに跳びかかると顕現した爪で引き裂いた。

「堰神!!」

 怒鳴るように叫ぶと共に、竜人外骨格服アークスマイトスーツ巨爪の化け物ロノ・ペルロを顕現する。

 すると、目の前の強化素体を着用し、銃を構えている敵の顔が絶望に染まった。竜人外骨格服アークスマイトスーツを抑えていた枷であるピースメイカーが機能しなくなった今、俺たちに勝てる奴はこの場に居ない。

 ゴンッガンッ、と俺の眼の前を大雑把に切り刻まれたコンテナが飛んでいく。

「全く、酷い目に遭ったわ」

 力を取り戻した剣仙をまとう堰神が、大きくため息を吐きながら刀型の粒子刃フォトンブレードを構えて立っていた。

「よぉ、大丈夫みたいだったな」

「当たり前でしょ」

 そう答える時には、堰神は瞬き一回分の速度で、この倉庫に残っていた――俺の眼の前に居た敵を一掃していた。

本当ホント、あなたのせいでひどい目に遭ったわ」

「おいおい、そりゃこっちの――と言いたいところだけど、確かにそうだな」

 言い返そうと思ったけど、堰神の頬に残る青あざを見て言い返す気が無くなった。

「馬鹿ね。このくらいの傷、いつものことよ」

 怪我を見られるのが恥ずかしかったのか、堰神は俺の視線から逃れるようにそっぽを向きながらそう言った。

「――そうだ! 松島は!」

 この事件を起こした松島がどこにもいないことに気付いた。ああいった輩は、部下に殿を任せて、自分はとっとと逃げるのが定石だろう。

 早く後を追わないといけない。

「大丈夫よ」

「えっ?」

「あいつ、もう捕まっているわ」

 通信は入ってきていないにも関わらず、堰神はそう言い切った。

 どういうことか、と聞き返す前に、扉が開き警備部隊がなだれ込んできた。

「なっ!? これはいったい!?」

 強化素体に身を包んだ警備部隊は、俺や堰神が倒した敵を拘束していくと次々と船外へと運び出した。

「二人とも無事ぃ?」

「宮前さん!?」

 慌ただしいこの場に似つかわしくない女性の声が聞こえ、そちらを向くと神器研究者の宮前さんがこちらに向かって歩いていた。

「お疲れ」

「はい、お疲れ様でした」

 しかも、堰神と知り合いなのか宮前さんと仲良さそうに挨拶をしあっている。

「幸徒くんもお疲れ」

「えっ、あっ、お疲れ様です……。いや、それより松島は!?」

 警備部隊が突入して来たのは良いが、ここには元凶の松島が居ない。あいつをどうにかしないと、根本的な解決にはならない。

「それは大丈夫。外に逃げ出した時に捕まえておいたから」

「――だそうよ、獅童君」

 軽く答える宮前さんと、やや疲れた様子で言う堰神。

 何が何だか全く分からない。

「詳しいことは、戻ってから話すわ」

 「ついて来て」と警備部隊を割って歩き始める宮前さんについて行く。

「あぁ、そうそう。クラエスさんは、研究所でのんびりしてるから安心して」

「あっ、はい」

 あの映像のクラエスが偽物だと分かっていたけど、なら本人は何処に居るのか、と心配していた。しかし、結果として予想通り無事だったようだ。

 早く、研究所で顛末を聞かなければいけない。

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