神器遣いー8

 バウッ、と圧縮されたような空気が吹き出す音と共に、フィッシャーは屋上の俺たちの目の前に降りて来た。そして、対面はすぐに始まった。

 青と緑が映えるカラーリング。その形は、直線的なデザインの多い機械的なフォルム。竜人外骨格服アークスマイトスーツの基本的な形だ。

「こんにちは~。お邪魔しま~っす」

 ピンク色のバイザーを跳ね上げると、中からは女の子が顔を出した。

 神代かみしろ学園序列20位。高出力型――竜核式神器のフィッシャーを駆る2年A組八東やとう奏美かなみ。性格はお気楽と言われるほど軽いが、このように休み時間や休日であっても学校まで来て神器を遣う練習をしている努力家だ。

有名人・・・と部外者が居て、気になっちゃった」

「なるほどね」

 Aクラストップの連中とEクラスでは、制覇大会が無い限り、まず生徒が関わり合うことがない。問題が起きても困るし、要らぬ怪我をしてもらっても困る。

 だから、AクラスはEクラスと関わらないし、EクラスはAクラスに近づくことは無い。

 だから、こうして向こうから近づいてこられると困る。

「ビジターカードで入っているから、一応、部外者じゃないぞ」

 そう言い、クラエスの首にかかっているビジターカードを見せる。分類は、宮前さんの部下で俺の身内ということになっている。

「本当だ。珍しいね」

「そうかな?」

 まぁ、お客さんを招き入れ行事もないのに、こうやって外の人を連れてくるのは珍しいかもしれない。

「でも、それだけじゃないんだよなぁ~」

 チチチッ、と指を振る八東。

「君たち二人って、桜花総合病院の屋上でも、私のこと見てたでしょ?」

 別にやましいことはしていないのに、心臓がドキリと跳ね上がった。

 高速で飛行していても、竜人外骨格服アークスマイトスーツであれば地上に居る人間の一人一人の顔も識別できる。だからといって、下に居る人間を一人一人確認しているかといえば、そんな訳はない。

 無駄な情報だし、それをすることでごくわずかだが、核に負荷がかかって行動が遅くなる。そういった無駄なことは、Aクラスであれば一番、嫌うことだった。

「もちろん、たまたま見たりとか、ずっと下の人を見ながら飛んでいた訳じゃないわ。その理由は、よくわかんないけど、ザワザワ・・・・したから」

 初めは、「何を言っているんだ、こいつは?」状態だったけど、その不安定な心境の理由はすぐに思い至った。それはクラエスも同じようで、クラエスも俺のことを、チラリと横目で見てきた。

 フィッシャーのなかみはクラエスの叔母だ。クラエスが、あの日の屋上で叔母の存在たましいに気付いたように、八東もフィッシャーが竜人クラエスに反応していると思わないまでも、何かあると感づいたらしい。

「へぇ? Aクラスの人間は合理的な機械みたいな奴らだとばかり思っていたけど、そんな不確定な気持ちの問題・・・・・・でも動くんだな」

「何か、頭の悪い勘違いをしているみたいだけど、私たちAクラスだって人間なんだからね? 調子がいい時もあれば悪い時もある。ただ、常日頃からこうしてたゆまぬ訓練を重ねることで、他のクラスでは追いつくことすらできない地位を手に入れてるの」

 どやっ、と不敵な笑みを浮かべる八東。Aクラスの奴が、こんな話を自分からしてくるとは思っていなかったので、少しだけ焦ってしまった。

「それで、ここで何をしているの?」

「昼食をとっていたところだ。訓練の邪魔になるのであれば、もうすぐここを出ていくつもりだったから、安心してくれ」

 空になった弁当箱を振り、すでに食事が終わったことを八東に見せる。それを見せられた八東は、やや焦りながらかつ申し訳なさそうにかぶりを振る。

「別に、屋上で食事をしていたのを責めている訳じゃないわ。確かに、ちょっとだけイラッとする光景を見せられてチクショー、とは思うけど、そこはどうでもいいの」

 不穏な空気を放つ八東に、なら何のために降りて来たんだ、と頭の中で呟いた。

「私が興味を持っているのは貴方よ、獅童幸徒君。博物館から国宝を盗み出し、裏切り者と呼ばれる、かの有名な神器遣いの獅童成典を父に持ち、その血を受け継いでいるにも関わらずEクラスという底辺に居続ける貴方に、私は興味があるの」

「それは、光栄なことで」

 悪い意味で有名な俺に何の興味があるというのだろうか。まぁ、こういった輩は大体、父さんが本当に国宝を盗んだのか。実は居場所を知っているんだろう。といった話ばかり聞いてくるだけだが。

「最底辺だった獅童君が、最近、突如としてその頭角をメキメキと出し始めたのは有名な話だけど、そこら辺はどうして?」

 なるほど、そっちだったか。学校内でのローカルネットでも、最近、話題に上り始めたな、と思っていたけどAクラスでも気に掛ける奴が出て来たか。

「それこそ、努力の賜物だろ? 何も特別なことはしていないさ」

「そうなの? そっちの人が関係あるんじゃない?」

「家事の負担が減ったっていう意味では、確かにそうかもしれないな。でもそれが、成績の上がった理由としては弱い」

「ふむふむ、なるほど」

 顎に手をおき、まるで全てを悟ったように頷く八東だが、知れ渡っている性格が本当なら、たぶん分かっていないだろう。

「こっちから質問だけど、有名になり始めたからって、何で声をかけて来た?」

「それこそ噴飯ものの質問だね。有名人の子供が、新しい神器を手に入れた瞬間から、一週間もしない内にEクラスのトップに来た。もう、その神器が怪しくてしょうがないわよ」

 制服で隠れている俺の胸についている神器を、八東は正確に指さしてきた。さっきは、クラエスのおかげとか見当違いのことを言っていたのに、実は分かっていたんじゃないか。

「クラスメイトにも言われるんだけど、この神器は特別製じゃないぞ? 一般的な、他の皆も使っている神器と同じだ」

 中身はちょっと変わっているがな、と心の中で小さく呟く。

 それを聞いた八東は「ふぅ~ん」とさほど興味もなさそうに鼻を鳴らした。そして、空中にウィンドウをポップさせて、それを俺たちの方に向けて来た。

「心拍数や体温に変化はなし。嘘をついている訳ではなさそうね」

「おいおい。さすがにそこまでして疑うのは失礼じゃないか?」

 場所が場所なら裁判沙汰に発展するやり方だ。まぁ、この程度で裁判を起こす奴は居ないと思うけど。

 それにしても、ウェアラブルデバイスを使って調べればいいのに、わざわざ竜人外骨格服アークスマイトスーツの機能を使って調べるなんてな。

「Eクラスって、午後から実技?」

「そうだけど」

「どこの運動場でやるの?」

「第4」

「分かった」

 それだけ聞くと、八東はピンクのバイザーを閉めた。

「それじゃ」

 挨拶をしてからジャンプし、数メートル飛び上がったところで一気に上空へ駆けあがった。

 戦闘時に行われる、緊急上昇スクランブルだ。普段は、神器と竜人外骨格服アークスマイトスーツの摩耗を抑えるために、あまりやらないように言われている。

 しかし、サービス精神旺盛な神器遣いは、観客が居るとやってくれる。もしかしたら、今のもサービスの一環だったのかもしれない。見られて嬉しかったし。

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