神器使いー7

たたたたたたた…………」

 こういう時は、ほっぺたを抓られるか、妹にやったように鼻を抓まれるのが常道だと思っていたけど、今、俺はクラエスに両まぶたを引っ張られている。

 生きている内に、格闘家でもなければ怪我をしにくい部位が、引っ張られるうえに目を閉じることができず、目が乾燥して痛いという地味なダメージを受けているので何とも情けない。

 なぜこんな非道を甘んじて受けているかというと、腕力でクラエスに勝てないからだ。

「反省していないだろ?」

「反省してまたたたたた、痛い痛い痛い!」

 心は折れぬように頑張って来たけど、さすがに耐えられなくなってきた。

「分かった、分かった。もう、喧嘩しないから! 無駄な争いもしないから!」

「絶対だな?」

「絶対! 絶対!」

 俺の宣誓をやっと聞き入れてくれて、クラエスは俺のまぶたから手を放してくれた。

 乾いた眼球に乾いたまぶたが張り付いて、激痛一歩手前の痛みが襲ってくる。当分の間、目を開けることができないだろう。

「全く。家でどれだけ冷や冷やしていたか、お前には分からんだろう」

「いや、仰る通りで……」

 俺の胸に着いている神器を通じて、俺が今なにをしているかがクラエスには手に取るように分かるらしい。

 そのため、今朝の斎藤との喧嘩の時に、クラエスは家で助けに行こうかどうか、とても迷っていたらしい。

 なぜそんなにも迷っていたのかというと、最近、クラエスが昼食を作って持ってきてくれるようになったからだ。その昼食を作るか、俺の加勢に行くかで迷っていたらしい。

 しかし、俺を信じて一人でも何とか困難を乗り越えるだろう、と子を千尋の谷に突き落とす獅子のような心で、先に昼食を作ることを決心したそうだ。

 そして、学校に来て俺の顔を見たら、朝のことが怒りとなってフツフツと再燃してきたらしい。まさにとばっちりである。

「午後は、そいつと戦わないといけないから、できたら先にご飯を食べさせてほしい」

「ムゥッ……。無駄に戦ってほしくはないが、訓練とやらであればやらないわけにもいくまい」

 「ん」と差し出されたプラスチックのカゴを開けると、中にはラップにくるまれたおにぎりがぎゅうぎゅうに入っていた。そして、水筒には熱々のお味噌汁が入っている。

 炊飯ジャーの操作方法から作り方まで、一通り覚えて作れるようになった唯一の料理だ。

 料理初心者の時は、おにぎりもまともに作れず、手水でボロボロになったおにぎりらしき物体を食べさせられていた。

 それに握れるようになってからも、焼きおにぎりにするため味噌を塗るところがピーナッツバターを塗るといった、ベタな失敗もしてくれた。でも、一週間もしない内にどこにだしてもおかしくないおにぎりが作れるようになった。

 以来、俺の昼飯はクラエスが持ってきてくれるおにぎりとなった。

「午後からの演習だが、私が近くに居なく大丈夫だろうか?」

「どうした? どこかに行くのか?」

 おにぎりをパクパクムシャムシャと食べていると、クラエスが申し訳なさそうに言ってきた。

「アンナが声をかけてきてくれてな。ちょっと、様子を見に行きたい」

「アンナ……?」

「友人の内の一人だ。叔母イニージアと同じく、魂のみになってしまっているが」

「あっ……、あぁ……」

 イニージアとは、この学校でフィッシャーと呼ばれている神器のことだ。残念ながら、アンナがなんていう名前で呼ばれているか分からないので、検討がつかないが……。

「大丈夫だ。こっちは、負けるようなことは絶対にない試合だからな」

「油断は禁物だ。ユキトは格下相手だと手を抜く傾向があるから、それが命取りになる」

「重々承知しているよ」

 俺とクラエスは、クラエスの魂を介してつながっているので、俺がEクラスの生徒相手に舐めプをしているのも伝わっている。クラエスはそれを言っているんだろう。

「本気で戦っていたら、トップの奴らに警戒されちゃうだろ? ちょっと背伸びして頑張ってます~ってところをアピールしておかないと、対策されちまう」

「その程度の対策で負けるようでは、先が思いやられるな」

「違いない」

 対策といっても、何か傾向と対策が確立している訳ではない。

 攻撃方法が限られている竜核式神器であればその限りではないが、制覇大会で使用されるのは普通の魔力核式神器だ。

 その場合、必要となるのは相手の生徒がどんな技を、攻撃方法を得意としているか程度だ。

 俺の場合はその能力が知れ渡っていないので――そもそも、宮前さんが開発した魔力核式神器という体で行くつもりだけど、そのおかげで、俺の対策はされていないので若干、有利となる。

 まぁ、今回、上に行くための制覇大会は、全部、魔力核式神器をしようすることとなっているので、神器遣いの対策のみを考えればいい。

「それで――」

 話を続けようとしたクラエスだが、空を見上げて固まった。

 俺もつられて空を見上げると、上空には先ほど話にあったフィッシャー――クラエスの叔母であるイニージアが空を飛んでいた。

 しかし、今回はあの病院の時と違った。病院の時はこちらを見ることもなく高いところを飛んでいたが、今は低いところを飛んでいる。目が良ければ表情が分かるくらいの距離だ。

 飛行しているところジッと見ていると、上を飛んでいたフィッシャーが俺たちの方を見た気がした。呼んでいなければ大きく動くといった、目立つような行動もしていない。

 そこまでならまだ良かったが、空を真っすぐに飛んでいたフィッシャーは方向転換すると、俺たちの方へ向かって降りて来た。

「どうする?」

「どうするも何も、俺たちは屋上で昼飯を食っていただけだ。何も悪いことはしていない」

 こっちに一直線に降りてくるフィッシャーから目を離すことなく、次の行動を聞いてくるクラエスに答えた。

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