楽しい異変ー2

「うっはー! 見てよ、色違いの歯ブラシがささってるし、歯磨き粉は一つ! こっちは、色違いのペアマグカップ! わっ!? 座布団も! あわわっ!? オフトゥンまで一緒!?」

 玄関から部屋まで移動する間に、八東はことあるごとに指さし驚きの声を上げる。

 歯ブラシもマグカップも座布団クッションも、一番、安い物で揃えれば同じ物になるのは当たり前だ。それに、お布団オフトゥンはクラエスの煎餅布団を畳んで、俺のベッドにおいているだけだ。

「どっち飲む?」

 如月さんから貰ったジュースは、オレンジジュースとレモンティーの二本だった。それを、二人に見せてやると堰神はオレンジジュース、八東はレモンティーを指さした。

「見事にバラバラじゃないか……」

 両方、1.5リットルのペットボトルだったので、絶対に飲みきれる気がしない。でも、オレンジジュースを開ければ八東が変な勘繰りするし、レモンティーを開けたら堰神が泣くだろう。

 なら、両方開けるしかないじゃないか……。

「これ飲んだら帰ってくれよ」

 二人の前には、プラコップを置き、俺とクラエスは普段使いのマグカップを置いた。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 なーんか、気まずいな……。確かに、ジュースを飲んだら帰れ、とは言ったけど、さすがにここまで沈黙してもらうと対処に困る。

 普段、クラエスと何を話していたか、と思い出してみるけど、特別、何か目的があって会話をしていた訳でもなく、日常会話程度なので二人に対して何て話をすればいいのか分からない。

「そっ、それっ! やっぱ、男の子ってそういう物、好きだよね!」

 俺と同じように、この空気に困っていた八東が棚の上を指さしながら聞いてきた。その指をさした先にあった物を見て、心臓が止まりかけた。

 棚の上に置かれた、小さな座布団の上に鎮座している父さんの頭蓋骨。

 クラエスが言うには、作ったばかり・・・・・・なので、乾燥させるために風通しが良いところで陰干しをしなければいけないらしい。

 だから、今も陰干しをしながらクラエスが毎日、欠かさずに磨いている……。

「ああああああ、あぁ、そうだな! やっぱり、スカルアクセサリーとか結構、好きかもしれないな」

「趣味が悪い……」

「はぁ!?」

 人の趣味――いや、嘘だけど――を、堰神が馬鹿にしてきた。先ほどまでグズっていたのに、今は練習試合の時のようなすまし顔だ。

 その言葉に、一番、反応したのがクラエスだった。

「趣味が悪いとは気に入らないな。あれはナリノ――むぐぅ!?」

「はい、ちょっと黙ろうね~」

 危ない、危ない。危うく、死体遺棄の罪でとっ捕まるところだった……。

 それを見て、八東が再び黄色い悲鳴を上げて、堰神が軽蔑するように俺を見て、クラエスが不服そうに俺を睨む。どうすれば良いんだよ……。

「やっぱ、そっちの人って獅童君の彼女さん?」

 ニヤニヤ、とした笑みを浮かべながら八東が聞いてきた。

「違う。こい――クラエスは父さんの知り合いで、ちょっと色々とあるから一緒に住んでもらっているんだ」

「獅童成典……さんの知り合い!?」

 父さんの名前が出た瞬間、堰神が身を乗り出すように聞いてきた。その目は好奇心などではなく、何かを狙うようなギラギラとした光が瞳に入っていた。

 テーブルを乗り越えそうな勢いで聞いてくる堰神を、隣に座っていた八東が「どうどう」と抑えている。

「そうだったとして、序列1位になんか関係あるのか?」

「私の名前は、堰神イリヤよ。序列1位とか、そんな無機質な名前で呼ばないで」

「はいはい。なるほど、失礼しました。堰神……ざん”ッ!」

 わざと敬称を遅らせて言うと、理由を察した堰神が再び、キッと睨んできた。

「もう、本当に止めなよ、二人とも。イリヤも、喧嘩をしに来たわけじゃないでしょ?」

 睨む堰神の頭を、八東はグィーと押しやることで、視線を切った。仲が良いんだろうけど、序列1位堰神に対してかなりラフなところがあるな。

 1位といえば、その能力と容姿から巷ではかなりの人気を誇っている。噂では、芸能事務所からスカウトが来たとか。

「さっきから言っているように、あの技は教えたくないし、あの技が無くても堰神さんは問題ないだろ?」

「あぁ~、違う、違う。戦える、戦えない、の問題じゃなくて、イリヤが獅童君のパパの技を知りたがっているのは、ただのファンだからよ」

「ちちっ、違う! 私、そんなんじゃ……ッ!」

 違うと否定していても、堰神の顔は真っ赤になった。

「あの女が言っていることは、8割がた本当だ」

「マジで?」

「嘘を吐くと臭いが変わる。発汗量も尋常ではない。ワキ汗も凄いぞ」

 堰神の否定をさらに崩す話しがクラエスから入った。ってか、ワキ汗とか恥ずかしくなるから止めろよ。

 今の話が堰神に聞こえていないようで良かった。聞こえていたら、泣くか騒ぐかの二択だろう。

「ファンでもなく、技量に申し分ないんだったら、なおさら教える必要もないな。それとも、俺に残された唯一の、上に行ける可能性を摘むのが目的か?」

「そんな訳ないじゃない。貴方が、上に来ようと下がろうと、特に気にしてないわ」

「うわ~、ウザい~」

「なっ!? ウザいって何よ? 本当のことを言っただけじゃない」

 本気で「何を言っているんだ?」といった顔をされてしまった。

「ちょっと、お宅のお子さん、空気読めなさすぎじゃないんですか?」

「まことに申し訳ない。勉強のし過ぎで、ちょっと人付き合いが苦手な子に育っちゃって……。でも、根は良い子なんです!」

 話が通じない堰神にこれ以上、言っても仕方がないので、堰神の隣に座る八東に怒りをぶつけた。八東は、その性格から堰神と違い乗って来てくれた。

 しかし、八東の言葉を聞いた堰神は、まるで裏切られた子供のような表情になってしまった。

「ちょっと……何で奏美までそいつの味方するのよ……?」

「さすがに、今のはイリヤの口が悪すぎるよ……。もうちょっと、穏やかに行こうよぉ」

「穏やかって……。さっきから、こうして頼んでいるじゃないの。何がダメなの?」

 八東に向かって堰神は聞くが、どう言えば良いものかと答えに窮している。答えが得られなかったので、今度は俺の方に向かって「何がダメなの?」と聞いてきた。

 あっ、これはかなりダメな子だ。

「イリヤは、獅童君がやったあの技を知りたい。そうね?」

 堰神は八東に聞かれて頷いた。

「獅童君は、自分のオリジナルの技だから、イリヤに渡したくない。それは、今度の制覇大会で使うつもりってのと、自身の価値の為に」

「そうだ」

 それだけではないが、概ね正解なので頷いておいた。

「この場合、イリヤに獅童君が教えるにあたって、何もメリットが無いってのが問題だと思うの」

「なるほど、分かったわ。つまり、彼にメリットがあれば良いのね?」

 そういうと、堰神は携帯を取り出して操作をし始めた。そして、数分後に俺の携帯にメッセージが届いた。

「なんだ?」

 俺の携帯には、妹からのメッセージしか届かない。最近は、クラエスや宮前さんから届くようになったけど。

 そんな俺の携帯に届いたのは、学校からのメッセージだった。内容を検めると、そこには『〈堰神〉より試合の申請が届いています』というものだった。

「なんのつもりだよ?」

「1位になりたいんでしょ? なら、今から試合をして私が負ければ1位になれるわ」

「八百長をやるってことかよ……」

 馬鹿にするな、と普通ならキレるところだけど、俺と堰神のやり取りを見ていた、頭を抱える八東を見ては怒る気にもなれない。

「イ~リヤァ~。それは無茶な話だよぉ~」

「なっ、なんで!? だって皆、私を倒して1位になりたいって言っているじゃない!?」

「だからって、八百長をやるなんて相手に失礼じゃない……。イリヤはもう少し、相手の立場で物事を考えるようにならないと……」

 悪気はないんだろうけど、だからこそ性質が悪い。堰神の態度を見れば分かることだが、いつもあんな感じで話、そのつもりはなくても周囲に喧嘩を売っている状態なんだろう。

 孤高の華のようなことを言っているけど、まさか自身で起こしている現象だったとはな。八東の苦労を思い知らされる。

「とりあえず、申請拒否しとくぞ」

「お願いします。本当に、すみません」

 拒否する、と言ったのにも関わらず、当の堰神は不敵な笑みを浮かべるだけだ。まさか、拒否しても第二、第三の手が残っているのだろうか?

 とはいえ、拒否することには変わりないので、八東の謝罪を聞きつつ携帯を操作して、堰神からの申請を拒否した。携帯を操作してから数十秒で、堰神の携帯が鳴った。

「なっ!?」

 今まで静かに俺と八東のやり取りを見ていた堰神が、携帯に届いたメッセージを見て驚いている。

 いや、今までのやり取りを見ていて、何で驚くのか理由が分からない。

「何で拒否できるの!?」

「はっ?」

「申請された試合は、拒否できないはずでしょ!?  なんで拒否できるのよ?」

「お前と俺のランクを考えろよ」

 堰神がなぜ驚いているのかはすぐに分かった。

 学校が行う大会以外にも、個人で行う野良試合で序列を変えることが出来る。下位ランクの者が上位ランクの者に試合申請を行った場合、上位ランクの者は基本、申請拒否ができない。

 それは、実力主義を謳う神代かみしろ学園として、上の物は常に強者でなくてはならないからだ。下の者に負けることなど、あってはならな――と。

 ただし、試合は3週間以内に行えばいいことになっているので、上位ランクの者はその間に申請して来た相手のことを調べて対応策を考える、といった具合で試合が行われる。

 逆に、ほぼありえないが、上位ランクの者が下位ランクに試合申請することもできる。

 この場合は、下位ランクの者は上位ランクの者に勝てないという考えなので、下位ランクは理由の有無に限らず、その申請を拒否できる。

 まぁ、練習だけなら序列は関係なく、ただ単に練習をすればいいだけだからな。まず、上が下に対して序列云々で試合をすることはない。

 序列1位となり、今まで申請拒否できなかったことによる弊害だろう。

「申請を拒否したのか?」

 クラエスは自分の携帯を見ながら、そう言った。魂を預かっている以上、何かあった時のために、と家族登録をしているので、学校からのメッセージはクラエスの携帯にも飛んでいくように設定してある。

 宮前さんは保護者として家族登録しているので、そっちにも同じく飛んで行っているはずだ。

「じゃぁ、どうすればいいの?」

 クラエスと話していると、俯き沈んだ顔をした堰神が半ギレで聞いてきた。

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